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12-1 工場稼働と査問会

「もうできるよ。」


短く真知子が言った。あれから色々と調整しながらもなんとか工場の機械再起動はうまくいき、試運転までこぎつけることができた。

出来上がったパンが出て来るところにみんな集まり、その様子を見ているのだ。


低く唸るような機械音が、段々と近づいてくる。それはパンが近づいて来ると同じ事を意味している。


「来た。」


そう言うと、真知子が進み出て機械のそばに行くと、出て来たパンを取った。なんの変哲もないコッペパンである。それを大の大人が何人も固唾を飲んで見守っている様子は一種異様ともいえるが、それもまた今の世界を象徴しているとも言える。


焼きあがったまだ暖かいコッペパンを二つに割って、外と中を真知子が確認して一つ頷くと、そのパンをゆずに渡した。


「?」


受け取ったものの、どうしたらいいか分からないでいるゆずを見て、ちょっと噴き出した真知子は笑いながら「試食だよ」と言った。


「あ……」


言われて理解したゆずは貰ったパンをさらに小さくちぎって、残りをヒナタに渡した。そうして少しづつそこにいる者の手に渡ると、だれからとなく口に入れた。

ひとかけらの、何の味もついていないパンだ。それでも今まで食べたことが無いほどおいしかった。ゆず達の表情が緩んだほどだ。


「これを食べられる……?」


「ああ、何個作れるかは実際稼働して見ないとわからないが、毎日一人一個くらいは作れるんじゃないかな」


感動したように呟いたゆずに、追い打ちをかけるように真知子が言う。それに続くようにシズクも決意のほどを言葉にする。


「もちろんこれだけしてもらったんです。よりおいしい物を、たくさん作る努力と研究はかかしませんよ!」


シズクの言葉に、みんな顔を見合わせて喜ぶのだった。




……遠くから靴音が近づいてくる。硬質の床を革靴で歩く音。

どんな人物がやってきているのかはわからない。ここに入れられてからずっと暗闇の中にカナタはいるのだから。

ここに連行してきた者は「留置所」であると言った。

しかしただの留置所というレベルではない事にさすがにカナタも理解していた。地下にあるのか、太陽の光は全く入ってこないし、カナタ以外に人がいる気配もない。


昼も夜もわからず、定期的に靴音が近づいてくるのでしっかりと眠る事も出来ないし、そもそも時間の感覚もあやふやになってしまっている。

きっとここにいると、肉体より早く精神が壊れていまうに違いない。そんな事を考えている間に靴音は近付いてきて。そしてカナタのいる所の少し前で引き返していく。


ここに入ってから、日に何度もやられてきた事だ。しかし今日に限っては少し違った。いつもは一度来たらしばらく来ないのだが、さっき戻ったばかりなのにまた足音が聞こえてくる。


暗闇の中、他には何もないのでどうしても意識はそちらに向かってしまう。


「今日は頻繁なんだな。暇なのか?俺の事はほおっておいて遊びに行ってもいいんだぜ?」


わざと強気でそう言ったのだが、実際は大分疲れている。それを気取られない為でもある。


「いえ、とても忙しいです。こちらもいろいろとありまして……」


小声でそう返してきたのは……


「その声……翠蓮さん?」


「はい。すいませんカナタ様、手短に言います。今回の件はやはり自分の権力を拡げたい長野が発端です。目的はマザーの体の一部と喰代博士が持っているデータです。それがあれば№4の中で何歩も抜きんでる事が可能でしょうから。

これからカナタ様は予定通りであれば明後日、査問会にかけられます。カナタ様にも弁護人がつきますが、選ばれている弁護人は小物で、すでに長野に取り込まれていると思っていいでしょう。カナタ様を有罪にしてしまえば、隊長不在で替わりを送り込んでくるか、権力を使って十一番隊の解体や所持している物の供出を命じられるかもしれません」


もしそうなってしまえば拒否は難しい……


「でも諦めないでください、心を強く持ってこんな事で気持ちを折らないでくださいね?他の皆様もそれぞれ頑張って、カナタさんを援護しようとしてくれてますよ。」


そう言うと翠蓮は足音もさせず去っていった。来るときはカナタに気づかせるためにわざと音を出して歩いてきたのだろう。


「明後日か。みんなどうしてるかな……ゆずが無茶してないといいけどな」


そのカナタのつぶやきは暗闇の中に溶けて行った。



「カナタさんは大丈夫でしたか?」


橘が戻って来た翠蓮に訊ねる。


「あまり大丈夫とは言えないかもしれません。相手は勝つのにあまり手段を選ばなくなってます。カナタ様は重犯罪者が入るような地下の監獄ような所に捕らえられていました。一筋の光も入らない場所です、あれは心を折りにきてますね……」

そう言った翠蓮の言葉に、橘は眉を顰め考え込む。


「この都市にそういったものがあるなんて……私たちや、警備隊の目を盗んでそんな所を」


そんな橘の言葉に翠蓮は頭を振った。都市の内部ではなかったのだ。


「まさか……都市外のどこかの番地に?」


「そうです。たしか16番地と言ってましたか。そこに元は市議か県議かが住んでいた屋敷があり、改装して住めるようにしてありました。カナタ様はそこの地下に。」


「いつの間にそのような物を……」


橘は絶句している。作るのは勝手だろうが参考人であるカナタをそこに閉じ込めるのは拉致と言ってもいい。


事件の詳細をまとめた資料にも収監は警備隊管理の建物となっている。問題を避けるために収監された場所は本来公表されない。それを悪用している。


思わず立ち上がった橘の肩を翠蓮が優しく止める。


「どうするのですか史佳?」


「もちろん、カナタさんを引き取りに行きます。これは違法です」


「それを言ってしまうと、他人の屋敷に忍び込んだ私も違法と言われてしまうのですが……」


翠蓮がそう言うと、悔しそうにしているが、なんとか思いとどまった。


「明後日には査問会です。ここはカナタ様にはあと一日我慢していただいて、査問会で追及しましょう。」


そう言う翠蓮も悔しそうにしているのを見て、橘は自分を抑えた。ここで騒いだらこれまでの事が無駄になるかもしれない。そして、ふだん表情を崩さない翠蓮の悔しそうな顔を見て自分だけが悔しいのではないと思ったからだ。


「明後日……その後には何か補填を考えなければいけませんね。代表に叱られてしまいます。」



そして、それぞれの思惑が一つに重なり査問会当日となった。


読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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