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工場内でダイゴ達に迫って来ていた感染者の最後の一人をヒナタの短刀が斬り、その活動を停止させた。
「くわぁ~、何とかなった~。ゆず!今回はマジでやばかったぞ~!」
スバルが支給刀を血ぶりして鞘に納めながらも、周りを見て安堵したような、呆れたような声を出した。
「ん、助けに来てくれなかったら正直やばかった。ありがとう」
そう言ってゆずはスバルとダイゴにぺこりと頭を下げる。
まさかそんな素直に認めて、礼まで言うと思っていなかったのか、素直なゆずに面食らった様子でスバルは勢いを削がれ、その後の言葉が言えなくなってしまった。
「まぁ、無事でよかったよ。あんな走ったのはひさしぶりだったけど」
スバルが言葉に詰まったので、ダイゴが後を受けそう言った。
「パン屋さんもありがとう。正直間に合わないかなって思ってた。」
ゆずはシズクにもそう言って礼を言う。伝言は頼んだが、それから都市に戻って、どこにいるかもわからないであろう十一番隊の者を探し出して、ゆず達の状況を信じてもらわないといけない。時間はかかるだろうと思っていたのだ。
正面からゆずに礼を言われ、照れ臭そうにしてパンを作る機械を眺めるふりをしている。
「真知子おばちゃん!」
そして感染者によって、壊されかけたドアの所まで来るとカケルが中に向かって声をかけた。すると、おそるおそる奥の方から音が聞こえてくる。
それはやがてドアの所まで来ると、両手で顔を半分覆って涙を浮かべている40代半ばくらいの女性だった。
「真知子おばちゃん!」
そう叫んで、半壊したドアを乗り越えたカケルが真知子の胸に飛び込んだ。
ゆず達にとって、守備隊として活動していて一番ほっとする場面である。生きて再会させる事が当たり前にはできない世界なのだから……
それから、残りの生存者とも話し深刻な問題はなかったので一緒に工場の出入り口を厳重にした。
「ここは専用の乾燥冷蔵庫があるから、小麦粉は大量に備蓄されている。ほかの材料もあるからコッペパンとか食パンなら普通に焼けるよ。」
真知子はパートリーダーの立場にあって、ろくに使えない正社員を差し置いて在庫の管理までやっていたという。おかげで何が作れて何が作れないかというのがはっきりと分かった。
「ここは電気も来てるし、水もあるから……1ラインくらいなら今いる連中だけでも稼働できると思う。それ以上だと人手がたりないね。」
「とりあえず当面は配給する食料を作れればいいので、一種類でいいと思います。働く人を増やすのは慎重にやらないと、今の時代力で物を奪う人たちもたくさんいますから……」
「そうらしいね。まったく。ここに閉じこもってる間にとんでもない世界になっちまったみたいだねぇ。慎重に増やすことには賛成だよ。人ってのは、苦境にさらされると、意外な本性を見せる奴も多いからね。この工場でも嫌になるくらい見て来たよ」
すでにシズクと真知子は意気投合して、工場の稼働を前提色々と話し合っている。この分なら、シズクを責任者、真知子を現場のリーダーとしてやっていけそうな雰囲気だ。
ゆずが満足そうに見ていると、ダイゴとスバルが出入口の防御を固めて戻って来た。
「食品工場だからか、外との出入り口が少ないのはこの場合良かったな。ある程度の自給自足もできそうだし……」
戻って来たスバルはそう言うと、周りを見ながらそう言った。この工場は敷地内にソーラー施設を持っていて、そこで工場内で使う電気は自家発電できている。もちろん天候にもよるのだろうが……」
「ちゃんと蓄電装置もしっかりしたものが据えられていたよ。環境に配慮した工場だったんだね。水も川から直接くみ取って、浄水器気を通してから工場内に入ってきてたし。これだけ恵まれた施設はちょっとないんじゃないかな?」
実は実家が電気屋で、細かい作業も得意なダイゴはそういう知識も豊富だったりする。
「あとは……外からの感染者と略奪者の対策だな」
それが一番の問題となっていた。ここで食料を生産すれば狙われる事もあるだろう。今回この建物の所有権は探索中に得た物は見つけた者に権利があるいう守備隊の決まりを拡大解釈して、十一番隊の所有物として主張するつもりだ。その上で生産した食料を一定数都市に譲渡する。
それを背景にカナタにとって有利な状況に持っていきたいとゆずは目論んでいる。
「一応私も考えてる。」
顔を寄せ合って防備について話しているダイゴとスバルの所にゆずもやってきてそう言うと話に加わった。
「この工場は、フェンスに囲まれているから感染者は入りにくいし、略奪しに来た人も発見しやすい。もしここが順調に稼働するようなら、都市から守備隊を出してもらうよう交渉できないかなと思ってる。」
「なるほど。継続して食料が生産できるなら、都市にとっても重要な施設と言えるからね。松柴さんに言えば動いてくれるんじゃないかな?」
ダイゴも納得したように頷いて言った。
「でも数で攻められたらどうするよ。」
そうスバルが言うと、ダイゴは口をつぐんでしまった。しかしそれにもゆずは反論した。
「ここは周りからすると小高い丘の上に建っている。周りは深い森だから、たくさんの人の移動には向かない。なんなら森の中に罠でも仕掛ける。そして工場の敷地から外に出る所にはゲートと守衛室がある。そこを頑丈にしてしまえば簡単には入ってこれなくなる」
いつになく力強くゆずは言った。たしかに言う通りにできれば、多人数でここを攻めようと思ったらゲートを越えないといけない。森を通るなら少人数になり、それなら常駐する部隊で対応できる。
「うん、いいな。お前今回はよく見て考えてるな!」
「ん。今回は本気。」
スバルが感心して言うとゆずはそう返した。
「いやいつでも本気出してくれよ」
苦笑いをしながらそう言うスバルにゆずは断言するようにこう言った。
「それは無理」