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ヒナタはカナタから預かっている桜花をリュックの横に縛り付け、もう一本の短刀を取り出した。ゆずもM14は肩にかけ、ハンドガンを構えている。どちらも狭い室内で使うには向かないと判断したからだ。
従業員入り口から中に入ると、すぐ左に折れてその先は狭い通路が伸びている。両脇に扉があり、少し確認したが従業員のロッカー室だったので、先を急いだ。
狭い通路は戦いにくいが、一気に襲われる事もないので今は助かる。その事にすこしホッとしながら通路を進むとすぐに行き止まり、ドアが一つある部屋に出た。壁にたくさんの注意事が書かれてあり、本来ここから先は決まった清潔な服装で消毒をしてからしか入れないようだ。食べ物を作る工場なので食品衛生上必要な事なのだろう。
今はそんな事関係ないのだが、脇にある消毒液の入ったボトルを押しているヒナタの背中を押して、ドアを開けさせる。
「お邪魔しま……!」
そう言いかけたヒナタが開けかけたドアを素早く抜け、目の前にいた感染者に斬りつけている。後で聞いたが、ドアを開けた瞬間目があったらしい。
両手の短刀を巧みに使って、感染者の姿勢を崩したヒナタが首を斬りつけたが、その後を確認する暇もなく次の感染者に向かっている。
遅れてゆずも中に入ったが、想像を大きく超える状況に一瞬頭が真っ白になった。
まず広い。ドアをくぐると中二階と同じように大きな機械があるが、それを一周囲むように2mほど幅のある通路が伸びており、そこに大量の感染者達が立っていたのだ。
すでに左右から感染者が寄ってきていて、ヒナタはそれを捌くのに必死で弱点部分にまで手が届かないでいる。
「カケル!私の後ろに!」
それだけ言うとゆずはハンドガンで近くにいる感染者から順番に頭を撃ち抜いていく。それでも延髄を逸れた個体は一瞬体をぐらつかせただけで、すぐに迫ってくる。
「ヒナタ、両方から来られると防ぎきれない。どこか一方向からに絞れる場所はない?」
撃ち尽くしたマガジンを掴む暇も惜しく、下に振り落として腰から次のマガジンを叩きこみながらゆずが叫ぶ。
「わかって、るけど……こうっ!一気に来られる、とっ……思うように、進めないよっ!」
ヒナタは返事をするのも辛そうにしている。
少しでもヒナタが楽になれる様にと思って射撃しているが、ハンドガンでは命中率もパワーも感染者相手には物足りない。ゆずほどの腕でも狙いが微妙にそれたり、狙い通りに当たったとしても角度によっては頭蓋骨に阻まれ延髄まで届かない。理想は後ろから、しかも相手が下を向いた状態で撃つのが一番確実なのだが。もちろんそんな機会などないに等しい。
ヒナタの息が上がって動きが鈍くなっていくのが、ゆずからも見てわかるくらいになって来た。ヒナタは後ろにいるゆず達のほうに行かせまいと、大きく動いて刀を振るう。ゆずはヒナタが大きく動くことで、狙いがつけにくい。下手な所を撃てばヒナタに当たってしまうかもしれないと考えると、大きく外した方向へしか撃てない。
しかもさらに後ろにはカケルもいるのだ。そのことが二人の動きを普段より固くさせていた。
「この、ままじゃっ!……はぁはぁ、まずいよ、ゆずちゃん。」
今は壁を背中にして、壁際にカケルを置いてゆずすらも感染者と肉薄する距離で戦わなければならなくなっている。
二人とも必死に応戦しているが、防ぐのがやっとできちんと倒すことができていない。しかも倒せたとしてもその感染者が足元に転がるので、行動を阻害することになる。
「これは……まずいかも」
ゆずは軽率に動いたことを激しく後悔していた。行くと言い出したのはヒナタであっても、カナタの後を託されているゆずは自分の責任として受け止めている。
正直な所、これまで少々の危険は乗り越えてきたし、マザーと戦闘になっても欠員なく帰ってくるだけの実力があり、慢心していたのかもしれない。
十一番隊は個々の実力も高いが、チームとしてのバランスがいいのも強さの秘訣だったりする。前衛に強力なタンクのダイゴがいて、それをカバーするカナタ。純アタッカーとしてヒナタやスバル。アタッカーもこなせるが中衛に身を置いて薄くなった部分をカバーする白蓮に後衛に優れた射手であるゆずと揃っている。
ダイゴは攻撃は得意ではないものの、優れた体格と身体能力で敵の足を止めて、それをカナタが広い範囲でカバーする事でアタッカーのヒナタとスバルが攻撃に専念できる。どちらかが崩れそうになっても白蓮がカバーするし、後衛からゆずがいくらか戦闘を誘導することができる。
実際、ヒナタは感染者の動きを止めるのに必死でとどめをさす余裕がないし、ゆずも威力の弱いハンドガンであまり経験のない接近戦をするはめになっているので、本来の強みを生かせていないのだ。
「くっ!」
そしてとうとう感染者の手がヒナタを捉えそうになる場面が多くなってきている。
「ヒナタ!」
一度掴まれたらもう終わりだ。ゆずはヒナタに肉薄する感染者に倒れるまで銃弾を叩きこんだ。焦っているのもあり、なかなか致命傷を与えられないなか、スライドが開いたまま止まるのと同時に。感染者がようやく倒れる。
その隙に、ヒナタは目の前の感染者を蹴って、その反動で後ろに下がり息をつく。
「はぁはぁ……ごめん、ゆず、ちゃん……」
さすがのヒナタも途切れることなく押し寄せる感染者相手に、息も絶え絶えの状態だ。
それを横目で見ながら、マガジンを交換してスライドを戻す。そして残りを確認しようと手を伸ばし、何も触れない事に背筋がぞっとなる。
「最後の……マガジン」
泣いても笑ってもあと15発しか弾が残っていない。一体当たり想定よりかなり多くの弾薬を使ってしまっている。
目の前に迫る感染者は少なくとも30は切らない。
ヒナタもその様子を見て事態を把握したのか、力のない笑みを浮かべている。それを見てゆずは血が出るほど歯を食いしばった。
「私は諦めない。私が死ねばカナタ君が傷つく。守ると言ってくれたのに……守れなかったと考える。それは……嫌だ!」
叫んで、一歩前に出ると一番近い感染者の頭に銃弾を浴びせる。吹っ切れたのか、気迫によるものか。その感染者は一発で動きを止めた。
「ゆず、ちゃん。私も負けないよ」
それに触発されたヒナタも、二度短刀を振るうと延髄を切り裂いて倒した。
しかし、倒れた者を乗り越えて次の感染者がゆず達に向かって、手を伸ばしてくるのだ……もはやゆず達の命は風前の灯と言えた。
「うぉりゃあっ!」
そんな時、ゆずの鼻先を何かが横切った。どこか見覚えのある鉄の塊……
「良かった!間に合った。無事かい?二人とも」
それは従業員入り口に使ってあった鉄製の扉。額に汗をかきながら微笑みかけるダイゴがむしり取ってきたに違いない。そのダイゴの影に隠れる様にして、スバルが一撃離脱で確実に感染者の数を減らしていく。
「はは……間に合った…………」
思わず膝から崩れ落ちそうになるのを何とかこらえる。ここに向かう前、先に都市に戻したシズクがダイゴ達に状況を伝えて、ここまで案内してくれたのだ。
「ゆず!ヒナタ!良かった、無事で……。はい、予備の弾。ヒナタは支給刀?の替えだよ。」
そう言って重そうに持って来ていた箱をゆず達の前に下ろす。ダイゴ達が準備したという弾薬箱の中には、マガジンに装填された9mmの弾がたくさん入っている。
「ありがと……ほんとに。今回はダメかと思った。」
それを受け取って腰のポーチに入れながらシズクに礼を言う。ヒナタは支給刀は使わないようだが、同じく感謝の言葉を並べている。
「しばらくはもたせるから……一息つきなよ。頑張ったね、二人でこんなに」
ダイゴが感染者の動きを巧みに止めながら、ゆず達に向かって声をかけてきた。ダイゴは防御に徹しながらも、無理に押し返したりしないで、相手の体勢を崩すことを念頭に動いているようで、体勢を崩した感染者はスバルの支給刀が弱点を切り裂いている。
ダイゴに言われ、息を整えながら改めて見るとそこに倒れている感染者の数は十や二十ではきかない。必死で応戦していたが、それなりの数を二人で倒していたようだ。
「もう!無茶はしないって言ったじゃない。でも……こんな子供を一人ぼっちにできるわけないしね。それにここはまだしっかりしてる。機械も動かなくなったらすぐにガタがきだすんだけど、すぐにでも動かせそうなくらい。ここならきっとたくさんのパンを作れると思う。もちろん材料があればだけどね」
シズクは息も絶え絶えになっているゆず達を見て、最初は怒っていたがカケルや生存者の話を聞き、そしてこの工場の状態を見ると怒っていた事も忘れてたようにそう言っている。
「ゆずちゃん、私も戻るね。援護お願い!」
息を整えたヒナタはそう言うと前で感染者の足を止めているダイゴ達の所へ戻った。
「パン屋さん、カケルをお願い。カケル、このお姉さんの言う事を聞くこと。いい?」
カケルが頷くのを見て微笑み返し、ゆずも銃を構える。弾は十分にある。しかも今度はさっきと違い、前衛がきちんと機能している。
頼もしいダイゴの背中を見ながらゆずはヒナタの隣に立った。
「ゆずちゃん、あそこ」
そう言ってヒナタが指す方を見ると、ひしゃげて壊れかかっているドアとそのドアをこじ開けようとする感染者が見える。感染者が執着するということはそこに生きている人がいるという事だ。
きっとあのドアの先に真知子さん達、工場の生存者が立て籠もっているのだろう。
「ヒナタ、しばらくお願い!」
そう言ってハンドガンを腰のホルスターの納めると、スリングを引いて固定していたM14を持つ。
M14の弾も残りは心許ない。しかしここで撃ち尽くすくらいの気持ちでゆずはスコープを覗いた。ダン!というハンドガンとは違う重い音とともに、ドアを壊そうと腕を振り上げた感染者の頭に大穴を開けた。
ゆずはその後を確かめる事もしないで、立て続けに引き金を引く。
「これで……最後」
呟いたゆずが撃った銃弾は例のドアの近くにいた感染者を捉え、感染者はその場に崩れ落ちた。これでドアの周りには感染者はいない。あとはこっちでこれだけ騒いでいるのだ。こっちに来るだろう。
そう考え、スコープから視線を戻すとダイゴの後ろに陣取り、桜花に持ち替えたヒナタが突きを多用した一撃離脱の戦い方に変えていた。これもダイゴという前衛がいるからこそできる戦い方である。
そして、それから十数分後には、工場内に動く物の姿は見えなくなった。
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