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11-10

「やめておくれ!一階には奴らがたくさんいるんだ。ここの従業員だった者も奴らと同じになって……十や二十じゃきかないんだよ?いいから逃げて……どうか、その子を連れて。その子は私の友人の子なんだ、その子だけでも助けて。友人もきっとそれを望んでいるんだよ」


真知子の声はもう涙声になっている。なんとか逃げてほしいと話し続ける。


「あの日は、仕事終わりに仲のいい連中で集まってバーベキューをする予定だったんだ。それでその子も学校からそのままこっちに来て……ほんとにたまたまその日に。あと一時間あったら帰ってたのに……」


涙ながらに語る話から深い悔恨と悔しさがにじみ出ている。


「真知子おばちゃん、お母さんはおばちゃんも助かってほしいって思ってるよ!」


つられて涙をこぼしながらカケルは叫ぶように言った。話の流れからカケルの母親はきっともう……。今の世界になってから良くある話ではある。あるけど、こうして当人を前にすると辛いものがあるのも事実だ。


「ありがとう……カケル、頑張って生きるんだよ。あんたの母ちゃんは最後までそれを心配していたんだからね」


その言葉には耐えられなくなったのか、カケルはぐっと両手を強く握りしめ俯いてしまった。その両手が震えているのがわかる。

それをヒナタは辛そうな表情で見ていたが、さっと顔をあげると決意の色を瞳に宿していた。


「ゆずちゃん行こう。私この人達を助けたい!」


ヒナタは言うが早いか、階段を駆け上がっていく。もちろんそれに送れるゆずではない。


「ん!行くよカケル。私とヒナタの間にいて、絶対に離れたりしないで」


カケルにそう言いながら背中を押してやると、涙でくしゃくしゃになりながらもカケルはしっかりと頷いた。


「ちょ、ちょっと!」


真知子さんの声が聞こえたが、もう誰も返事を返すことは無かった。



ゆずとカケルが階段を上がると、三階への階段の所でヒナタは止まっていた。ゆず達が来るのを待っていたらしい。


「えへへ、つい突っ走っちゃった。さ、いこっか」


追いついてきたゆずに小さく舌を出して、照れる様に言うとそれをごまかすように歩き出す。

早く行かないとという気持ちが先行してしまったのだろう。思い込んだら一直線に突っ込んでいくのはヒナタの悪い癖である。


「ん、気を付けて」


今回は途中ですぐ気づいてゆず達を待っていたから、ましなほうだろう。それだけ言うと小走りになってヒナタの後に続いてカケルの脚に合わせ、走っていく。

そのまま無人の三階を駆け抜けると屋上に出て、非常階段のほうに飛び移ろうとしてカケルが叫んだ。


「ここから飛ぶの!?」


「…………あー」


 深く考えなかったが、屋上の端から非常階段までかなりの高さがある。建物の構造的な物なのか色んなでっぱりがあるからそれを利用して屋上まで登ってきたのだが、改めて言われると怖いかもしれない。

 というより、ここを問題なく跳べるならさっきのパイプシャフトからも降りれるだろう。


 「えっとね、ここからあそこのでっぱりに跳ぶじゃない?そしたらあそこを掴んでぶら下がったら、そこまで高くないから」


 「無理無理!無理だって、それが出来たらみんなここから逃げてるから!」


 「「あ、確かに……」」


 カケルが言った事に、ゆずとヒナタの言葉が重なった。ヒナタの言うような事が出来たらここからさっさと逃げただろう。


「じゃ、こうしよう。」


そう言ってヒナタが自分のリュックから取り出したのはそこそこの太さのロープだった。


「これ登山とかでも使われるやつで、大人の人の体重も支えられるから」


そう言ってロープを持ってニコニコしているヒナタを見て、カケルは何歩か後ずさる。

しかし背中が柔らかいものに当たり、それがゆずだと理解する頃には体の自由は奪われていた。


「悪いけど今は時間がない。ここでぐずぐずしていると真知子さんが感染者にやられるかもしれない。それでもいいならぐずぐずしているといい」


そう言われ、カケルはハッとして抵抗を止めた。そのうちにカケルの体にロープを巻き付け結ぶと、部分的に残っている屋上のフェンスの脚でしっかりしたところを通して下に垂らす。これは片側を引っ張ると簡単にほどけるが逆をいくら引っ張っても絶対にほどけない特殊な結び方だ。


まずは先にヒナタが降りる。この中で一番動けて、さらに身軽なヒナタはどこかにしがみ付きながら降りるのではなく、そのまま一気に飛び降りた。

そしてさっき自分が言っていた場所に足をかけて段階的に降りて行き、非常階段の所まで降りてしまった。


そして上からゆずがロープを引っ張り、少しづつおろすというやりかたでカケルを下におろした。非常階段でヒナタからロープをほどいてもらっているカケルは少し遠い目になっていたり、小刻みに体が震えていたりしてるが問題ない。ちゃんと降りれたのだ。ここに至って取れる手段はそう多くはないのだ。


ゆずはそのままロープを使ってラベリングみたいな要領で降りた。


「よし、従業員入り口から入れるんだよね。」


そう言いながら非常階段を降りるヒナタ。そのドアから感染者が出てきたためにシズクは逃走することになったのだが……

ゆずがそう考えていると、案の定従業員入り口付近に数体の感染者の姿がある。


「五体、六体かな?」


そう言いながら抜刀しようとするヒナタをゆずは抑えた。


「ここは任せて。もうあまり音は気にしなくていいから」


そう言うと、ハンドガンはしまってM14を構えるヒナタ。特に気負う事なく構えると、続けざまに発砲した。

間を置かずに倒れる感染者達。距離は50mちょっとあったが、銃声と倒れた感染者の数は同じ数だった。


「おお~、さすがゆずちゃん。一撃必殺だね。」


拍手しながらヒナタが言った。その横でぽかんとしてカケルはゆずと銃と倒れた感染者を順番に見ている。


「……かっこいい。」


「ん?何か言った?」


残弾を確認していたゆずがカケルが呟いた言葉を聞きつけ、そう聞いたがカケルは何でもないと首を振るばかりだった。



「この先が問題。カケル、工場の中にどれくらい感染者がいるか分かる?」


ゆずがそう聞くとカケルは間を置かずに首を振って言った。


「そんなの分かんないよ。工場の中は広いし、僕たちが出られないでいる間にも外からパンを狙って何人も人が来たんだ。全員やられちゃったけど……その人たちもああなってるから……」


カケルが言うには立て籠もっている間にも、食料を求めてここに来た人が何組もいたらしい。ことごとく感染者にやられ仲間入りしたから増えてると……


「なんて迷惑な……」


思わずゆずが文句を言うと、ヒナタがまあまあと抑える。


「そんな言ったら可哀そうだよ。食べるものが無くて必死だったのかもしれないし」


苦笑しながらヒナタは言うが、やられるだけなら勝手にしろと言いたいが、この場合向こうの戦力が増えてしまうのが厄介なのだ。


「敵数は未知数……残り時間もないから行くしかないか」


「そだね、まあ私ががんばるよ」


しぶしぶ言うゆずと対照的にやる気のあるヒナタは体のあちこちを回して準備体操をしている。


「あの……お姉ちゃん」


それまで黙っていたカケルが二人の後ろから声をかけて来た。どこか思いつめたような表情のカケルは少し考えていたが、思い切った様子で話し出した。


「お姉ちゃんほんとに行くの?」


その言葉に、二人の動きがぴたりと止まり、同時にカケルを見る。


「どうしたのカケル君。行かないと真知子さんも他の人も助けられないよ?」


「何、怖くなった?怖いなら、ここで待っているといい。」


そう二人から言われ、カケルは俯いて首を振る。それがどっちの言葉に対して首を振っているのか分からない。


「でも、お姉ちゃんたちがやられたら……なんの関係もない人なのに、僕と会ったせいで……」


カケルがためらっているのは、感染者が怖い訳ではなくゆず達が傷つくのが怖いらしい。そしてそれは自分に会ったせいだと思っているようだ。

それに対してヒナタは少し微笑むと、座って目線をかけると合わせて言った。


「あのね、カケル君のせいじゃないよ。まずカケル君や真知子さん達みたいな人を助けるのが私たちの仕事の一つだし、私たちもここの工場が使えると助かるの。おいしいパンが食べたいじゃない」


ヒナタの言葉に顔をあげるカケル。完全には納得はしていない様子だが、ヒナタ達の都合でもあるという事に少しだけ安心したらしい。


「よし、すっきりしたところで行こっか。絶対離れたり、一人で走り出したりしちゃだめだからね?もしそれが自信なかったらここで待つ事。」


そう言われてもカケルの表情は変わらない。ここで待つ気はないようだ。


「じゃあ中に入るよ。」


そう言うとヒナタを先頭にして、一行は入り口をくぐった。










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