11-7
恰幅の良い人だったので、倒れる音がやけに大きく響く。一応廊下の方まで出て確認したが他の感染者が聞きつけて出てくることは無かった。
それに安心して一息つくと、高そうなソファに勢いよく座った。
軽いヒナタの体でも沈むくらい柔らかいソファは何度かヒナタの体を跳ねさせて勢いを吸収させる。
「ふーん。いいソファだね。高そ」
たいして興味もなさそうに呟く。そもそもそこまでいいソファに座る事もないので、本当にいいものかどうかもわかっていない。
「うまく逃げれたかな?」
ちょうどいい高さにあるテーブルに頬杖をついて、そう独りごちた。ヒナタがなんとか建物の内部に侵入できないか探っている時、シズクが従業員出入口から出て来た感染者に驚き、逃げるのが見えた。
ゆずがサポートしていたので大丈夫だろうが、この世界、想定外はいくらでも転がっているのだ。
そのままぼーっと考える。このまま進んでみるかしばらく待ってゆずが合流してから進むか。
本来なら合流するのを待つべきだろう。建物の中は死角も多く、外から見ただけでもかなりの数の感染者がいるのがわかった。
一人で進むには危険度が高すぎる。ただ生存者の事もある。これまでどうやっていたのか分からないが、なんとかやってこれていたのに、自分たちを見たばかりに騒いで感染者に補足されてしまっている。
「一回見られたらかなりしつこいもんなぁ」
ヒナタが呟くように一度補足されてしまうと感染者はしつこく追ってくる。歩いて追いかけているのにいつの間にか捕まるのは感染者は疲れを知らないからだ。
まして逃げる場所もない建物の中では、感染者の意識を逸らすのも難しいだろう。
「もう少しだけ……」
ここに来る際、自分たちの安全が最優先だ、と決めている。それでも閉じ込められている人たちの事を考えるとじっとしていられないのだ。
ヒナタはそっと社長室を出て、廊下の様子を伺う。
「うん、さっきと一緒。この階にはもういないのかもね」
そう言いながらも集中して廊下を進んでいく。シズクは三階は社長室と会議室があったと言っていた。
廊下の先は、突き当りにドアが一つあって左側は窓が並んでいる。突き当りの所で壁がない部分があるので、その先は階段と思われる。そして、右側にはあと二つドアがある。
「ちゃんと調べないといけないかな……」
なんとなく、前にカナタがやっていたテレビゲームを思い出す。ゲームでは洋館だったが、ゾンビみたいな敵がいるのは一緒だ。ゲームでは銃をバンバン撃ってゾンビを倒していたが現実には腰にある二振りの刀と、ちゃっかり持って来ている鬼丸(鉄パイプ)しかない。
足音をさせないように進んで、最初のドアの取っ手に手を伸ばし力を籠める。
「回る……カギはかかってない。」
呟きながら、そっとドアを開けるとさっきの部屋に比べかなり狭い。感染者はいない様なのでさっと中に入りドアを閉める。
そこは湯沸室みたいで、簡易的な流し台と対面に食器棚が置いてあるだけだ。流し台の前に立って、蛇口をひねってみたらなんと水が出る。
どういう仕組みか分からないが、この建物は電気のみならず水道も使えるらしい。
食器棚も一応見たが特に珍しい物もないようだ。多分事務の人とかが使っていたんだろう。湯呑やお皿なんかがきれいにして並べてあるだけだ。
「ここには何もないっと」
言いながら部屋を出ようと扉を開けて、ふと振り返った。なにか小さい違和感を感じたような気がする。それがなんだかは分からないが、何かが引っかかった。
中に戻り、一通り見てみるが何が気になったのかわからない。首をかしげながら部屋を出て行くのであった。
そのまま探索を続けたが、結局この階はもう感染者はいないようだ。
そっと階段の下を覗いてみたが特に何もない。下に降りるかとも考えたが、外から見た感じではここから先にはたくさんの感染者の姿があった。
「さすがに、これ以上は怒られるよね~。よし、戻ろ。屋上か、社長室でゆずちゃんの連絡を待ってればいいや」
そう言うと、ヒナタは来た廊下を戻りだした。賢明な判断だ、今しがたヒナタが覗いていた階段を下りた所には、感染者がひしめいていたのだから……
それから30分ほど待っただろうか、ようやくゆずからの連絡が入り合流することができた。
「もう、無茶しないように言った。なんで一人で行く?」
合流した早々、ゆずは大層ご立腹だった。屋上から中へ入るドアを緊張しながら開けたのに、その先にたくさんの感染者が転がっていたからだ。
「いや、そこまで無茶してないよ?だいじょぶだいじょぶ」
あっけらかんと言うヒナタに、重ねて文句を言う気もなくなってくる。ゆずだってヒナタの事を信用していないわけではない。むしろ誰よりも信頼してると言ってもいい。
それだけに無茶はしてほしくないのに、目の前の友人は危険なラインをひょいっと気安く跳び超えてしまうのだ。
「普通十体も感染者がいたら、逃げる。なんで向かっていく?」
半目になりヒナタにそう言うと、ヒナタはあごに手を当て、しばらく考えると言った。
「勝てると思ったから?」
勝てると思えるのがおかしいのだが、実際倒しているので何とも言いづらい。それでももう少し慎重になってもらいたいとゆずは思っている。
いくら剣術の達人であっても、体も小さい女の子なのだ。ひとたび掴まれでもしたら、振りほどく事は不可能だろう。
こんな事を言うのは今回が初めてではない。これまでに幾度となく言ってきた事だ。きっと同じような場面に出くわしたら、また向かっていくのだろう。
大きなため息をついたゆずは、黙ってハンドガンの準備をしだした。
それを見たヒナタは怒らせたのかと不安になった。ヒナタも悪気があってやっているわけではない。無茶をすればゆずが心配するだろうと思ったからこそ、階段の所から引き返してきたのだ。
ヒナタにとってもゆずは特別な存在だ。年齢も体格も似ていて、カナタという共通のあこがれもいたりする。
これは前衛と後衛の感じ方の違いもあるし、ゆずとヒナタの性格による感じ方の違いもあるのだろう。ここから先は危険だというラインに差があるのだ。その上お互いの事を大事に思っていたりするので、こんな言い合いが繰り返されてしまうのだ。
ヒナタは黙って銃の残弾などを確かめているゆずを見て、また怒らせてしまったと後悔しだした。こんな事で仲たがいしてそのまま死んじゃったりしたら……と、つい悪い方に考えてしまう。
かなり想像が飛躍したが、あながち的外れでもない。死という物は今やそこら中に潜んでいる。
「ごめんねゆずちゃん!」
悲しくなったヒナタが、後ろからゆずに抱き着いた。
「うわ!ちょっとヒナタ、弾がこぼれる。もう!」
落ちた弾を拾い、しゅんとなっているヒナタに向き合う。その目には涙すら浮かんでいる。こうなるとゆずも強くは言えなくなってしまうのだ。
「もう、ヒナタ。私はヒナタが心配。私とヒナタでは危険度の感じ方がだいぶ違う。でも信用はしてる。ヒナタなら大丈夫って思うのと、万が一噛まれたらって思うのがいつもせめぎ合ってる」
「うん、ごめんね。いつも心配かけて……」
「私とヒナタでは危険だというラインがだいぶ違うと思う。私ももう少しヒナタに合わせるから、ヒナタももうちょっとだけ自重してほしい。……ヒナタ?私は、ヒナタを撃ちたくない。」
撃ちたくない。それは感染してしまった後の事を指しているんだろう。改めて考えると、心に重くのしかかってくる。ヒナタだってゆずを斬るなんて事は絶対にしたくないのだから。
「うん、そだね。わたしもゆずちゃん斬りたくない……わかった。もう少し慎重に動くね。」
シュンとして言うヒナタに、ゆずは笑いかけて言う。
「ん。でも少しでいい。あまり慎重になりすぎて、ヒナタらしくないヒナタも見たくないから」
ゆずが言った言葉にヒナタはきょとんとしたが、すぐに笑顔になった。
「もう!難しいなぁ」
そう言って笑いあう。この二人は年齢や背格好は似ているが、戦闘スタイルや性格は真逆である。それゆえ惹かれ合うのかもしれない。
ちなみに二人ともジャンルは違うがそれなりに整った容姿と、鮮やかに感染者を屠るその技術もあいまって、けっこう人気がある。守備隊第十一番隊のミニマム・コンビとして……
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