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11-6

休日投稿だ!

{ゆずちゃん二階開いてない、三階に向かう}


 ヒナタがインカムで短く伝える。するとすぐにゆずの返答が返ってくる。


{了解。三階を試してみて。引き続き援護はするけど、あまり弾が残ってない。パン屋さんの方はどう、大丈夫?}


 ゆずがシズクのほうに問いかけるが、返事がなかなかない。少し不安になって来た頃にようやく返事があった。


 {はあはあ……ちょ……まって。こっちは今、正面、玄関。今から開けるから}


 {まって!息を整えてから、開ける。下手したらまた走らないといけなくなる}


 {り、了解}


 そしてしばらくすると、またシズクから連絡が入った。


 {ごめん、焦ってた。今正面玄関の前。開けられるか試すね…………だめ、こっちも開かない。私も従業員出入口の方にまわってみるね}


 そう言ってシズクから通信が切れた。また移動を始めたのだろう。ゆずがいる場所から正面玄関の方までは見えないが、しばらくすると遠目に人が見えたので、スコープで見るとシズクが周りを警戒しながら歩いている。


 シズクの前方に何もいない事を確認して、視界をヒナタのほうに移す。

 ゆずがシズクの方を見ている間、待つかと思っていたがもうヒナタは三階の踊り場に差し掛かろうとしていた。足音を忍ばせて昇っていたらしい。


 そしてとうとう扉の所まで行ったヒナタが、ドアノブに手を伸ばす。


{だめ、三階も開かない。どうしよう}


 非常階段のほうは全部だめだった。ほかにないか……ゆずはスコープであちこち探してみた。その時通信が入る。


{開く!従業員入り口は開くよ!いまか……きゃあ!}


 突然悲鳴が聞こえ、ゆずは背筋が冷えるのを感じながら、シズクのほうに視界を戻す。すると、大きく開いたドアから感染者が出て来るところだった。

 幸いシズクはすぐに離れたようで、走って逃げている。それに安心して、照準を感染者にあわせ引き金を引く。


 ダーン!という音と、頼もしい衝撃がゆずの肩にかかる。それでも標的から視点を動かさない。

 スコープの向こうで、弾が顔面に当たり後頭部から破裂したようにいろんなものを吹き出しながら倒れる感染者。

 しかもその後ろにいた感染者も頭を後ろに大きくのけぞらせて倒れるのが見えた。幸運にも貫通した弾丸が後ろの感染者まで貫いたようだ。しかし、音と衝撃に何か違和感を感じた。しかし、今はそれを気にしている暇はない。


 この音に反応して、感染者が出てきてくれれば中の密度が減るのだが……肝心の中に入る事が出来ない。いっそどこかの窓ガラスを割ってでも……そう考えながら非常階段のほうに向けると、ヒナタの姿が見えなくなっている。

 慌てて、二階、一階と探すがヒナタの姿はない。


 焦って顔を起こして肉眼で建物を見てみると、屋上で動く影が見える。もう一度スコープで今度は屋上を見てみると、そこにヒナタはいた。


 非常階段は三階までだった。いったいどうやって屋上に?

ゆずがそう考えているうちに、ヒナタはゆっくりと屋上のドアに近づき、耳を当てて様子を伺いドアノブに手を伸ばす……


 {開く。開くよ、ゆずちゃん!屋上のドアが}


 声を潜めてはいるが、嬉しそうなヒナタの様子が目に浮かびそうだ。


{了解、ヒナタ。一階はパン屋さんが一か所開けてくれて、そこから感染者が出てきてる。いくらかはましになってると思うけど気を付けて。私もそっちに行く}


 そこまで言うとゆずは木から滑り降りる。ちょうどシズクも来たようだ。いきなり感染者に遭遇して、怖かったのかいまだに顔色が青い。

 

 ゆずの所まで来たシズクは、そこでようやく膝に手をついて呼吸を整えだす。


「あなたたち、いつもこんな事やってるの?」


 少し落ち着いたシズクがいきなりそう聞いてきた。


「いや、いつもではない。でもそう珍しくもない」


 ゆずがそう答えると、シズクは何とも言えない顔になる。そんなシズクにゆずは真面目に話す。


「パン屋さん、一人で帰れる?」


「えっ?ま、まあ。何度も行き来したことあるし。まさかあなた達を置いて帰れっていうんじゃないでしょうね!」


 若干気色ばんで、ゆずに詰め寄る。


「そう。そうなんだけど違う。都市に戻って、今の状況をみんなに伝えてほしい。正直な所私たちだけで今の状況はきびしい。」


 そう言われると断れない。それでも納得いかない顔をしていたシズクだったが、最終的には折れた。


「……わかったわ。でも約束して!私が応援呼んでここまで連れてくるまで、絶対無茶な事はしないって」


「…………善処する」


 約束する。そう言うのは簡単だったがゆずの口から出て来たのは違う言葉だった。


「もう……そこは約束するって言いなさいよ。安心させなさいよ」


「できない事は約束しない。でも頑張る」


 真面目な顔でそう返事をした。それでもゆずにとって精一杯の答えでもあった。


「今度、めちゃくちゃおいしいパンを焼く。食べずに死んだらきっと成仏もできないくらいの。これは約束したわよね?」


 いきなり何を言うのかと思ったが、どうあってもシズクは確約を取りたいらしい。めちゃくちゃおいしいって……どんなパンだろうか。考えているうちに、いきなり緊迫した状況になり忘れてしまっていた空腹感まで蘇ってきた。

 黙ってゆずは両手をあげた。そこまでのパンを食べずに死んだら、ほんとに化けて出てくるかもしれない。


「約束する。全面降伏。……パン楽しみ」


 そう言い残してゆずは工場の方に戻って行った。それを見送って、シズクも都市に向かって移動を始める。ゆずをうならせるおいしいパンの構想を練りながら……




「ふっ!」


 ヒナタの右手に持つ桜花が閃き、一体の感染者が膝をつく。それと同時に円を描くように動いて左手の梅雪は的確に次の感染者の急所を捉え切り裂いた。


 血振るいをするヒナタの背後で、折り重なるように二体の感染者が崩れ落ちた。


 梅雪も良く斬れる使い勝手のいい短刀だが、桜花もそれに劣らない切れ味の刀だ。やや短いので強いて言えば脇差のサイズかもしれないが、むしろちょうどいいサイズでもある。

 右手に桜花、左手に梅雪。二刀を構えたヒナタの姿は感染者に自意識があったならば恐怖の対象として語られただろう。少ない動きで感染者の力をいなし、弱点までの最短距離を刀が抜けていく。


 そこまで感染者の数が多くないのがよかった。屋上から建物に入り、階段を下りた廊下には感染者が十体近くいた。その感染者の間を縫うように動き、扱いやすく切れ味も良い刀を夢中で振るっているうちに、気づけば廊下にいた分は全部斬ってしまっていた。


「これ、すごくいいなぁ。とっても使いやすいし長さも重さも私にぴったりみたい。お兄ちゃんくれないかな?……くれないか」


 独り言を言いながら自己解決して、無人になった廊下を進む。途中にいくつも部屋があるがほとんどカギがかかっているか、開いていても会議室みたいな椅子とテーブルしかない部屋だった。

 次の部屋の扉に手をかけると、スッと動いた。


「あ、開いてる。お邪魔しますよぉ~っと」


 小声で言いながら扉を開けると、これまでとだいぶ趣が違っている。まず目の前に重厚な造りの机がおいてあり、その後ろにはたくさんの書類やファイルが並んだ棚がある。


「うわっ!」


 そっと足を踏み入れると、床がじゅうたんになっている。


「は~ん。社長室ね。ん?工場だから工場長?ま、いいか」


 机や棚には特に目に付く物はない。きちんと整理整頓された机と棚の様子に、すごい真面目に仕事をする人が座っていたイメージが浮かんできただけだ。


 あまり広くはないこの部屋はもう一つドアがある。豪奢な造りのドアは社長室のプレートが付いていなかったとしても簡単に想像できたであろう。


「やっぱ社長か。失礼しま~す」


 そっと重いドアを押すと、壁にかけられたたくさんの賞状や写真が目に付く。端に置いてあるガラス製の棚にはトロフィーもたくさん並んでいる。すべてパン関係で受賞したもののようだ。


 左を見ると、大きな窓を背に高そうな机があり、その前には応接セットが置いてある。ドラマなんかでもよく見る、いかにも社長室といった雰囲気だ。そこに溶け込むようにある()にヒナタの目が止まった。

 時間が経って埃に塗れているが、きっとお高いであろうスーツを着て机の向こうで椅子に座っている。外を眺めているのかこっちに背を向けているのだが、それなりに音を立てているにも拘らずヒナタに気づいている様子はない。


 高級そうなじゅうたんは足音をすべて吸い取ってくれるのか足音は全然しないが、ドアを開け閉めしたり独り言を言ったりしてたのに……社長さん(仮)はこっちに背を向けたままだ。


 気づいていないからといってそのままにして、後から襲われるのは困るので対処したいのだが、すっかり調子がくるってしまった。かといってこのまま後ろから~、というのも若干憚られる。

 そこでようやく気付いた。社長さん(仮)がヘッドホンをしていて、そのコードが壁際においてある大きいステレオに繋がっているのだ。

 液晶の表示窓には、曲の時間だろう数字が動いているし音程や大きさを示すバーが激しく上下している。


「間違いない、ここ電気生きてる」


 敷地内にかなり広く太陽光発電のパネルを設置してあったのは見ていたが、ノーメンテで誰も触らないのにずっと発電している事にヒナタは驚いた。

 それと同時に、ここはすごくいい物件なのでは……とも思う。


 とりあえず社長さん(仮)には気持ちよく音楽を聴いている所悪いけど退場してもらう事にする。

 ステレオの停止ボタンを押すと、液晶の表示も止まった。同時にそれまでピクリとも動かなかった社長さん(仮)がゆっくりとこっちを向いた。


「なむなむ」


 全部は振り向くことはできなかった。手を合わせていたヒナタが一歩踏み込んだ時にはもう刀を振りぬいた後の姿勢になっていた。


 ずるりと社長さん(仮)の首が滑るように落ち、体も電池が切れたように倒れてしまった。


 

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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