11-5
なにか賑やかな声が聞こえてくる……
うっすらと目が覚めていくのをシズクがなんだか惜しい気になりながら、瞼を開いた。
「子供の声?」
昨日見た限り、ここには子供と呼べるのは一人だけいた。花音ちゃんっていったっけ。昨晩の事を思い出しながら、存外に熟睡していた事に驚く。初めて訪れた場所でこんなに深く眠れるなんて……
よほど心地よかったらしい。少し微笑みながらシズクはベッドから身を起こした。
「…………さ~い!」
声はまだ聞こえている。どうも二階から聞こえているようだ。備え付けてあった鏡で簡単に身だしなみを整え廊下に出ると声もはっきり聞こえてきた。
「もー!起きなさい!ゆずお姉ちゃんが起こしてって言ったんでしょ!なんで二度寝するの?」
もうそれだけで全貌が理解できたので、放置してリビングに行くと、ヒナタが朝食の準備をしている。
「あ、おはようございます!ごめんなさい、にぎやかで……いつもこうなんですよ。えへへ」
「ううん。おかげさまでゆっくり眠れたわ。」
そう言いながらシズクも食器の移動を手伝う。それにお礼を言いながらテキパキと用意していくのを見ていると、ようやく騒がしさの元凶が降りてきたようだ。
「もー!起きたって思ってたらいつの間にかまた寝てるんだよ?信じられない!あ、……おはようございます……」
文句を言いながら降りて来た花音がシズクに気づくとトーンを落として挨拶してくる。それに思わず苦笑いになりながら、早く慣れてくれるといいなと思う。
「おはよう、花音ちゃん。朝から大変ね?」
「いえ、私のお仕事ですから!」
笑いかけながら言うと、花音はきりっとしてそう言ってきた。
「そっか。偉いんだね~。」
そう言って頭を撫でると、照れ臭そうにしている姿は年相応に見える。頬を染めながらキッチンに行ってヒナタの手伝いを始める姿はとてもほほえましい。
この家のキッチンは至る所に踏み台が置いてあり、頻繁に使う物は低い位置にまとめられている、花音仕様となっている。
そのため、普通の人は時々邪魔になっているようだが、誰も文句も言わないで受け入れている。大事にされているのが分かり、ほっこりした気分になる。
「おはよう」
「うーす」
朝から鍛錬をしていて、シャワーを浴びて来たスバルとダイゴもテーブルに着き、朝食が始まる、が。
ちらちらと花音の視線が二階に向いている。だんだんとご機嫌が斜めになっていくのが見てわかる。それでも降りてこないゆずにとうとう花音が箸をおいた時、ようやく足音が聞こえてきた。
まだ寝ぼけてるのか、ゆっくりと階段を下りてきてリビングにやって来たゆずは寝ぐせもそのままにしている。
「……はよ」
よほど朝に弱いのか、いまだ覚醒していないゆずに花音が小言を言う。
「ゆずお姉ちゃん!お客さんがいる時くらいちゃんとして。もーほらまず顔洗ってこよ」
そのままゆずは花音に連行されていき、五分ほどで戻って来た時はしゃっきりしていた。
「ご飯済んだら偵察に行ってみる」
開口一番これである。
「最低でも中にいる大体の数は知りたい。外からスコープで見えればいいけど。」
「外階段を昇って屋上から行けば、様子は見れるかも。あそこは一階と中二階になっている部分が製造場や倉庫で三階が事務所とか更衣室とかがあった。多分は社長室とか会議室もあったかな?三階の一部屋が面接する場所だったから。従業員のほとんどは一階と中二階にいるだろうし。何か上から作業してるとこを覗ける通路みたいなのもあったよ」
ゆずがそう言うので、面接で訪れた時の事を思いだしながらシズクは言った。中にいるであろう感染者は、そのほとんどが作業員だろう。偉い人とか事務員とかは十数人程度が二階と三階にいたと覚えがある。
シズクがペンとメモ用紙を借りて、だいたいの間取りも描いてみせる。
食品を扱う所だけあって、外から雑菌やほこりなどが入らないよう部屋は細かく仕切られている。そして作業員は決められた所からしか出入りできない造りになっているから、万が一気づかれても一気に襲われる事はないかもしれない。
「現地を見たら何かいい作戦が思いつくかもしれない。」
そう言って朝食を食べ終わると早速準備して工場に向かったのである。
[あの……あれって」
シズクが呟いている。どこを指しているのかは聞くまでもないだろう。
今ゆず達はこの前に登った丘の上に来ている。工場を遠くから眺めることができる唯一の場所だからだ。それも今回は工場の中を確かめるために限界まで近づいていた。
そこから見てみたら、シズクがそう呟くに至ったのだ。
「生存者?」
一階の一部の部屋と中二階に明らかに感染者ではない人の姿があった。それも十数人単位で。
「あそこを拠点にしてるのかな?」
「いや……中二階はもちろん、あの部屋からも外に繋がる出入口はなかったと思う。割と新しく作られた工場という事もあって、あそこはしっかりした衛生観念を持っている会社だからね。外に出れるところは五カ所あって、主に来客用の正面玄関、出来上がった商品の搬出するトラック用のシャッター、従業員用の出入り口。あとは二階と三階の非常用階段の所。そのどれも間に感染者がひしめいている部屋を通らないといけなかったと思う。」
ゆずが呟いた言葉を、工場に行った事があるシズクが否定する。しかし外にアクセスできないなら、あそこにいる人はどうやって生活しているんだろうか。
「どうする?」
双眼鏡で様子をみながらヒナタが言った。見つけた以上は放ってはいけないのだが、今回は偵察を主に考えていたため、ゆずとヒナタ、シズクと三人しか来ていない。
「さすがに危険だと思う。せめて誰か応援を……」
ヒナタがそう言いかけた時だった。こっちから見ている事を工場の中にいる人に気づかれてしまったのだ。
きっと必死だったのだろうが、窓を開けて何か叫んだり、タオルのようなものを振ったりしている。
「あ、ダメ……」
ライフルのスコープでずっと工場の様子を見ていたゆずが慌てた声を出した。それまではうまく気づかれないようにできていたのだろう。しかしゆず達のほうに叫んだり、派手に動いたりしたことによって感染者にも気付かれてしまったようで、感染者達が一斉に移動を始めてしまった。
「やばくない?ほら、滅茶苦茶叩いてるよ!」
シズクが悲痛な声をあげる。どうやら感染者達が生存者の存在に気づき、そこに至る扉に殺到しているようだ。
ゆずはぐっと唇を噛んだ。今の人数で救出に向かう事はかなり危険だと思う。でも見捨てる選択肢もとれない。それにもし見捨ててしまったら、今後あの工場が再開できたとしてもそこで作ったパンは食べれそうにない。
「あ、中の人が慌てて何か移動して入り口をふさいでる。きっとドアが耐えられないんだ!」
「くっ!やるだけやってみる。無理そうなら諦める。自分たちの命優先で、できるだけ」
シズクが双眼鏡を使って中の様子を声に出して、それを聞いたゆずは我慢できなくなり、そう言った。
双眼鏡から顔を上げ、不安そうに二人の顔を見るシズク。
「私は一階の正面玄関か、従業員出入口のどちらかを開放して見る。中の感染者を外におびき出せれば中の圧力が減るはず。ヒナタは非常階段から二階か三階から入れないかやってみて」
「わかった。ゆずちゃん無理しないで?扉を開けるだけでいいから。無理して誘導しようとしないでね?」
言いながらゆずもヒナタも銃や刀を出して準備を始めた。そんな二人を交互に見て、シズクが覚悟を決めた顔をして言った。
「待って、一階の扉を開けるのは私がやる。開けて逃げるだけでしょ?ゆずはヒナタちゃんと行って!」
そう言いだしたシズクの目をしばしの間、じっと見つめたゆずは迷っていたが最後には頷いた。もしそうしてくれるのであれば、ゆずはもっと適した動きができるからだ。
「……絶対捕まらない、これが条件。いい?」
ゆずが言うと、シズクは真剣な表情で頷いた。
「わかった……二人とも、これ。あとシズクには一応これも」
そう言ってゆずはカバンからインカムを出して電源を入れる。受け取った二人がそれぞれ耳にセットすると、シズクの手にはもう一つ何かを取り出して乗せた。
「使ったことある?」
そう聞かれ、シズクは黙って首を振った。その手にはハンドガンが乗っている。ゆずが個人的に手に入れたハンドガンで日本の警察でも使われていたP2000というオートマチック拳銃で、少し小ぶりのハンドガンだ。手が小さくほとんどの拳銃のグリップが握りにくいので気に入っている。
「大丈夫。両手でしっかり握って撃てばいい。もし狙うなら、鼻を狙って撃つ。もしくは足を撃って時間を稼ぐ。」
急いで使い方を教え、コッキングしてセーフティをかけてシズクに渡す。
「撃つときはこのレバーを動かせば、後は引き金をひくだけ。どうしようもなくなった時だけ使って」
そう言われ、何度もうなずいているシズクの背中をポンと叩いて、自分は辺りを見渡せるポイントを探すと木によじ登り始めた。
その間にヒナタは腰に差していた梅雪と、さらにカナタから預かっている桜花も腰に差して、工場の敷地内に入ろうとしていた。
駐車場には人の姿も感染者の姿もない。周り気を付けながら非常階段に辿り着くと、一度止まってそっと一段登ってみた。
コン……そっと昇ったつもりだが、まあまあ音がする。それに思わず舌打ちしたくなった。非常階段という物はだいたい足音が響く。気づかれたくないときにはあまり使いたくないのだ。
{ヒナタ、出来るだけ援護する。今から階段と逆側の窓を撃つ。破片に気を付けて}
インカムからゆずの言葉が聞こえる。と、次の瞬間にはターン!という銃声と同時に正面側二階の窓が派手な音を立てて割れ、破片が下に落ちていく。
「今!」
きっと音がした方に気を取られているはずだ。そうじゃなくてもゆずが教えてくれるはず。ヒナタはそう信じて、なるべく音がしないように非常階段を駆け上がった。
その間も数回ゆずは発砲して、感染者の注意をそらしてくれているうちに、二階の非常扉の所に辿り着いた。
そっとドアノブに手を伸ばして、ひねる。が、動かない。カギがかかっているようだ。
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