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11-3

「わたしねぇ、子供のころからパン屋さんになりたかったんだ」


 歩きながらシズクはそう語った。別に花に興味があったから売り始めたわけではなく、生きていくためにどうにかして稼がないといけないからだ。他に特技もないシズクが探し当てたのが花の群生地で、それを売ってみようと思ったという訳だ。


「最初はね、物珍しかったのか割と買う人いたの。でもすぐに売れなくなっていって……最近は三日に配給カード一枚稼げるかどうかくらい」


 配給カードは一枚で大人一食分換算の価値を持つ。それが三日に一回なら商売として成り立っているとはいえない。一応都市に住む者には、食料の配布があるが少なく満足できる量とはとても言えない。それですら都市間会議でマザーの情報をネタに何とかもぎ取ってきているのだ。


 噂では№2に住む住人は食料を作ると、決まった量ではなく自分たちの分は取った上で残りを納めればいいというやり方をしていて、それで農業従事者を集め、驚異の自給率を保っているのだとか。

 もちろん細かい決まりはあるんだろうが、食べるに困らなくていいなら危険を冒して都市外部に食料を求めて出ていくよりよほどいい。それに№2の守備隊は農地の防衛にかなり力を入れているらしいので、安心して農作業ができる環境なのだろう。


 №4でももちろん食料も作っている。しかし生産量は№2より送られてくる分の三分の一にも満たない程度の量しかない。


「もし小麦粉がたくさん入ってくるならなんとしてでもパン屋さんやってたんだけどねぇ」


 そう言ってシズクは遠くを見た。小麦粉はたくさんの食材に使われるので需要が高い。個人で求めてもほとんど入ってこないだろう。


「小麦粉……」


 ゆずもなんとか手に入らないか考えてみたがいい案は浮かばない。それでもパンは食べたい。これは部隊に戻って共有する必要があると心の中で重要の判を押した。


「ここだよ」


 それから十五分ほどなだらかな草原を昇ったところにそれはあった。もともとは自然公園かなにかだったのだろうか、広大な広場に様々な花が咲いている。ここまで来る間に感染者も見かけなかったし花音を連れてみんなでピクニックもいいかもしれない。

 それもカナタが戻ってきてからの話だが……


「どうしたの?ゆず」


 カナタの事を考え、表情に影がさしたのを気づいたシズクが心配そうに声をかけて来た。


「ん……ごめん、ちょっと問題を抱えてて……思い出してた。ごめん大丈夫。きれいな所」


 取り繕うようにゆずは言ったが、それは本心でもある。たくさんの花が風にたなびく様は荒んでいる心に優しく染み渡っていくようだ。


「うん……お気に入りの場所。私二番地に住んでるから、割と近いんだよね。見晴らしがいいから、もし感染者が来てもすぐに逃げれば十分間に合うしね」


 安らかな顔で周りを見ながらシズクはそう言った。二番地は都市と隣接していると言っていいほど近い場所にある。それは、人の住める領域の拡大をモットーに掲げてやっている守備隊の主な活動で手に入れた人間の領域。それを確保した順に番号を付けて~番地と呼んでいる。

 シズクの言うように、ニ番地はこの丘からすると都市の手前に位置する。アクセスしやすい所に商品になるものがある。

 目の付け所は悪くなかったともいえる。売れれば何の問題もないのだろうが……


「シズク、今度から十一番隊の隊舎にお花を配達してくれる?都市に来た時だけでいいから。」


 ゆずが言うと、シズクは驚いたような悲しいような表情になる。


「嬉しいけど……悪いよ。そんな知り合ったからって、義理で買ってくれなくても……」


「ううん、うちの部隊には女の子が多い。中には私なんかより女の子らしいのもいるから、きっと喜ぶと思った。それだけ」


 嘘ではない。ヒナタや花音はきっと喜ぶだろう。費用対効果は気にしない事にする。命の危険が常にある守備隊はそのかわりにそれなりの実入りもある。

 もしかしたら隊員の心のケアとかで、隊の予算で通してくれるかもしれないという打算もある。それに自分も少しだけ買えば足しにはなるだろう。


「ごめんね、ありがとう。じゃあ、今度配達に伺います!お客様」


 おどけて言うシズクにゆずはわざと尊大な態度を装い、大きく頷いた。


「うむ、働き次第では、他の番隊への推薦も考えよう。良い物をいれ給え」


 そう言って、ひとしきり笑いあうと、どちらからともなく戻ろうかという話になった。

 来た道をのんびりと今度は下っていくと、シズクが一点を見つめているのに気づいた。


 そこは何かの工場の跡で、駐車場にはたくさんの車が墓標のように停まっている。しかし屋上にはソーラーパネルが設置してあり、すぐ隣には清流もあるから電力も水も確保できるようになっているようだ。


「あそこがどうにかした?」


 ゆずがシズクに視線の先を見ながらそう聞いた。


「あ……。あそこはね?私が就職するはずだった場所。あそこに入るためにいっぱい努力して、受かったんだけど……勤め始める前にパニックが起こって……そのためにここに越してきたのになぁ。なんの工場かわかる?」


 すこし悔しさをにじませてそう言ったあと、おもむろに聞いてきた。


「何の工場って……それは、パン工場?」


「正解!」


 正解も何も今までの話を聞いて、悔しそうな顔をしているのを見ればさすがに想像もつくというものだ。


「猟友パンって聞いたことあるでしょ?そこの本社工場。私の学校では人気で倍率も高かったんだよ。せっかく受かったのに」


 シズクが言ったのは、ゆずも良く聞くメーカーの名前だった。パンと言えばここと言ってもいいくらい大手だ。なんでも昔から猟師の多かったこの辺の地域では、獲物を求めて山に入る猟師たちは場所を決めるとそこに銃を据えじっと気配を殺し獲物を待っていたという。食事や睡眠もそこから動かずじっと獲物を待つ猟師たちが片手で食べられるもので、なるべく匂いのすくない食べ物として、味のついてないパンを好んだという。そこでさらに匂いに敏感な野生の獣に気づかれぬよう一人の猟師が極限まで匂いを抑えたコッペパンを作っったところ猟師たちに大うけして、当時の猟友会が出資までして作った会社らしい。その猟師は当時の猟友会に感謝して社名にも入れて猟友パンとしたという話だ。


 そこでふと思いついた。ゆずが知るくらい有名な会社だ。当然一日に相当な量のパンを作っていた事だろう。それならばあの工場には小麦粉などパンの材料が備蓄してあるのではないかと。

 どれだけパン食いたいんだよ。とカナタがいたら突っ込んでいたであろう。それでもゆずは居ても立ってもいられずシズクに聞いてみた。


「ねえ、小麦粉ってどれくらい日持ちするの?」


「え?保管状況によるかなぁ。一年くらいは大丈夫って聞くけど常温だとカビとかダニが怖いしね。パニック前だと冷蔵しておけば……うんやっぱり一年くらいかな。どうして?一年も経たずに食べちゃうでしょ」


 そう聞き返すシズクに工場の方を差す。


「あそこは?やっぱり一年くらい?」


「あ……あそこなら。いや、でも……うんとね、わたし工場見学で行った事あるんだけど、あそこの工場は海外から直接大量の小麦粉を輸入してて、それを保管できる特別な冷蔵庫もあるの。小麦粉専用で湿度とか温度を完璧に調整して、たしか2~3年は軽く保管できたはず。もしかしてゆず……」


 そこまで言って思い至ったのか、ゆずのほうを見た。どこか自慢げな顔になったゆずが胸を反らす。


「ん。あそこに行けば小麦粉が手に入る。下手したらパン作り放題。シズクも私もパラダイス!」


 めずらしく小躍りせんばかりにゆずは言った。そんなに食べたいのか。


 しかしそれに対し、シズクの表情は晴れない。


「ん~……。でも、ちょっと難しいかも。」


「なぜ?」


「まず、その冷蔵庫がちゃんと稼働しているかだね。パニックから二年以上経つでしょ?保管状況が悪かったらもう使えないよ」


 それは考えていたようで、ゆずがある一点を指さした。


「あそこに太陽光発電のパネルがある。かなりの数があるから自社の電力を賄っていたのかもしれない。あの頃どこもかしこもエコって言ってた。」


「ああ。でも冷蔵庫が無事としてももう一つあるの問題が。ほら駐車場、半分以上止まってるでしょ。つまりパニックが起こった時、就業時間内だったと思う。という事は……」


 二人して、出入り口を見る。ここから見る限り、開いている所は見当たらないし敷地内に感染者がいる様子もない。


「……つまり…………。工場内には、感染者がみっちり?」


 ゆずの言い方に嫌な想像をしたのか、シズクは渋い顔で頷いた。大規模な工場だけあって、その出入口は大きく頑丈そうだ。しかも食品を扱う会社だけに、どこからでも入れるという造りにはなっていない。さすがの感染者もあれは破れないだろう。


「あれを開けた瞬間、雪崩みたいに感染者達が……」


「ちょっと、嫌な想像させないでよ」


 わざわざ声に出して言うゆずにシズクは文句を言う。両腕をさすっているが、鳥肌が立っているのがゆずの所からでも分かった。


「でも考える価値はある。もしあそこが解放出来て、しかも稼働できたら?」


 ゆずの言葉にシズクはハッとした顔になる。そしてかつて調べた資料を思い浮かべた。


「確か……あの工場でフルに稼働した時。たしか分かりやすくコッペパンで換算してあったと思うんだけど……」


「コッペパン。給食を思い出す……あの味気なさもまたいい」


 二人で、工場の上の空を見ながら思いを馳せていた。 

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