11-2
犬も歩けば棒に当たるという。ゆずの頭の中にそんな言葉が浮かんだ。
そしてゆずが歩けばトラブルにあたるらしい。
今ゆずの目の前では、木で簡易的に作った屋台の様な物で花を売っている少女が三人の男性に囲まれている。少女はゆずよりもいくらか上だろうか。二十歳になるかならないかといった容姿で必死に売り物である花をかばっている。男たちは三十代なかばから後半と言ったところだろうか、ガラの悪い明らかにチンピラ然としている。
花屋の少女は先ほどからゆずの存在に気づいていて、チラチラとゆずの方を見ている。
見てしまったものは仕方ない。ゆずはため息をつきながら花屋の少女の元へと歩いて行った。
「女の子が嫌がっている。客じゃないなら解散する!」
その声に一瞬肩をびくりとさせた男たちだったが、振り返ってそこにいたゆずを上から下まで眺めて、さらに後ろに誰もいない事を確かめると、急ににやけ顔になり態度も強気になる。男たちに隠れて見えないが、ダメ!と、逃げて!とか聞こえる。どうもさっきの視線は助けを求めていたのではなく、危ないから逃げろという意味だったようだ。
「あ~ん?なんだってお嬢ちゃん。おじさん良く聞こえなかったなぁ。」
「この辺は治安が悪いから、送って行ってやるよ。家にとはかぎらないけどな!」
「お嬢ちゃんはちっこいから、運ぶのは簡単だけど、その後が……ねぇ。」
「いやいや、こういうのが好きだって奴もいるんだから」
小柄な少女のゆずが一人でいる事を確認して安心したのか、聞くに堪えない言葉を吐きかけて来る。
「確かに治安は悪そう。良く聞こえないなら耳掃除して出直す。送るのは私が警備隊にお前たちを送ってやる」
男たちの言う事にいら立ちも隠さずゆずはそう言い放った。しかし男たちの返事はなく、帰って来たのは爆笑の声だった。
「おいおい聞いたかよ、耳掃除してこいって言われちゃったよ!」
「俺なんか警備隊に突き出すってよ!怖い怖い」
「こんなちびっこに何言われてんだよ、お前ら!」
見た目で判断し、そんな事はできるはずがないと男たちは強気な態度を崩さない。それどころか、大笑いしつつゆずに警戒もせず近づいて来るのもいる。
「了解した。事前に警告はした。お前たちはそれを聞かなかった。証人は花屋さん」
ゆずはそう言うと、自分に向かって指を差している男の手を掴むと、関節を固定し勢いよく前方宙返りをした。
関節を極めたまま勢いよく回転されたら、いくらゆずが小柄であるとしても全体重をかけるのだ、支え切れるものではない。そのままにしていると折られるので、自然と男も回転することになり……派手に転がされた。
自分から飛んだゆずはきれいに着地する。そこから掴んだ手をちょっとひねれば……
「アイタタタタ!折れる、折れるって!」
関節を極める事ができる。
「何しやがるこのチビ!」
もう一人の男がゆずを捕まえようと手を伸ばすが、その時には腰からハンドガンを引き抜いて片手で器用にコッキングすると、男の鼻先にピタリと照準を合わせて同時にセーフティを解除。一瞬の早業であった。
捕まえようとした男も動きを止めてしまう。
「と、都市の中で銃を撃てばてめえが捕まるぞ。う、撃てるはずねえ」
動揺しながらも、強気の姿勢をぎりぎり保っている男にゆずが追い打ちをかける。
「私は都市守備隊、第十一番隊所属。明確な敵対行動に対しての反撃は認められている。」
そう言いながら、地面でもがいている男の関節を極めている手を膝で押さえ、フリーになった手で隊章を取り出し見せる。赤字に黒で十一と書いてある。
それでとどめだった。三人目の男はそこまで見ると、さっと踵を返して逃げ出した。
「おっ、おい!てめえ、一人で逃げんじゃねえ!」
仲間に見捨てられて、罵声を上げる男は目の前のハンドガンが狙っているので身動きが取れないし。最初に転がされた男は関節をきめられ地面でもがいている。
まさにあっという間に鎮圧してしまった。花屋の少女はぽかんとして見ている。
ゆずは隊の中で、近接戦ができないとされているが実はそれなりには動けるのである。ただ同じような事は感染者にはできないし、被害を恐れず向かってくる感染者に対して体が小さく一撃の威力が軽いゆずの攻撃は、感染者を相手にするのは向いていない。何度先に攻撃できても一発喰らったら終わりの感染者相手には分が悪すぎるとしてカナタから感染者に対して近接戦をするのは禁じられた経緯があるのだ。
「わ、わかった……もう何もしねえ。二度とここにも来ねえしその女にも手を出さない。だから……」
若干声を震わせながら男が言っている。それでもしばらく男の目を睨み続けていたゆずは立ち上がって、膝で押さえていた男を開放すると三歩下がって、男たちに再度警告した。
「今度見かけたら、次は警告なしで撃つ。……行くといい」
ハンドガンを構えたまま顎で示すと、男たちは警戒しながら何歩か下がり、あとは一目散に駆けだした。
「ふん!おととい顔を洗って二度とツラ見せんじゃねぇ……?」
ゆずが言おうとした決めゼリフは、途中からよく分からなくなってきて尻つぼみになってしまった。何とも締まりが悪いが、これも十一番隊の特徴なのかもしれない。
「ありがとう!強いんだねぇ。さすが守備隊、いつもお世話になっています」
そう言うと花屋の少女は深く礼をした。
「ん、まあ……たまたま?」
面と向かってお礼を言われると気恥ずかしくなったのか、頬を染めながらそっけない返事をするゆずに年相応のものを感じて、少女は楽しげに笑った。
「助けてもらっておいて、何もお礼に返せるようなものがなくて……」
少女はそう言うと、周りをキョロキョロと見まわすが、辺りには男達に無残にばらまかれ、踏みつぶされた花しかない。
「気にしなくていい。私の仕事でもある。あなたは花を売ってる……売れる?」
思わずゆずは聞いてしまった。こんな状況でだれがわざわざ花を買うというのだろう。生活にとても余裕のある人がいれば、生活に彩を取り入れるために買うかもしれないが、それでもこんな屋台では買わないと思う。売っている花もどちらかと言えば、その辺の山に入って行けば咲いているようなものばかりだ。
「ごめんね……」
それでも少女は、そう呟きながら男たちに倒され、踏みつぶされた花たちを拾い集める。ゆずも手を貸しバケツに入れると少女は咲いていた所に撒いて来ると言った。
「もしかしたら、種とか残っていたり、根付いてまた咲いてくれるかもしれないでしょ?」
そう言いながら……
「いつもどこに取りに行く?」
「ちょっと離れたとこに小高い丘があるんだけど、そこにお花の群生地があって。それで売れないかな?と思ってやってみたけど……だめだね。」
そう言うと少女は寂しそうに笑った。それを見ているうちになんとなく放っておけなくなってきたゆずは一緒に行くと申し出た。少女が行った場所は、見晴らしがいいのでいきなり襲われる危険は少ないとはいえ、都市外である。
「え、ほんと?うわ~、守備隊の人がついて来てくれるなら安心だね!」
そう言って喜んだ。そして手を出して少女は名乗った。
「じゃあ、改めまして。助けてくれて、それと一緒に行ってくれてありがとう。私は木花雫って言います。でもほんとうにいいの?着いて来てくれて」
「私は大良木ゆず。よろしくシズク、大丈夫休暇中だから」
そう言い合い、二人の少女は握手をした。
「コノハナってめずらしい苗字。だね」
「そうだよね。私も他で聞いたことない。昔の話くらいでしか。あ、近所の人とかはパン屋さんって呼ぶからそれでもいいよ」
そう話すシズクにゆずは頷きそうになって、止まった。
「パン屋さん!?花屋さんじゃなくて?」
思わずそう聞くと、シズクはおかしそうにクスクスと笑いながら頷いた。
「そ、パン屋さん。私ねパンを焼くのが趣味なの。今は材料がほとんど手に入らないからめったにできないんだけど。それで材料を手に入れたらあるだけ全部使っちゃうから、食べきれない分を配ってたらいつの間にかそう呼ばれてた。おかしいよね、誰も花屋さんとは呼んだことないのに、たまにしか作らないパンでパン屋さんって呼ばれるなんて」
シズクがおかしそうに話しているが、ゆずの頭には半分ほどしか入ってこないなにしろ……
「パン……」
ここしばらくパンなど食べていないからだ。どこも物資不足なのは承知しているが、コメはそこそこ手に入るのにパンやパンの元の小麦粉がまったく手に入らないのだ。
食料の生産は広大な田畑を有する№2が請け負っている。田んぼは多いが、小麦畑もそれなりにあるはずなのに。湧いてきたつばを飲み込む様子を見たシズクが苦笑いしながら言わずにはいられなかった。
「こ、今度作ったらゆずちゃんにもおすそ分けするね?」
すかさずシズクの両手を取ったゆずは、シズクの目を見て強く言った。
「ぜひ!」
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