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11-1 ゆずとパン屋さん

意識がゆっくりと浮上していくのを自覚しはじめる。段々とはっきりしていく意識は顔に当たる朝日を感じ、煩わしいと言わんばかりに寝返りを打って体の向きを変える。枕元で鳴りだす目覚ましのベルはすでに先ほど瞬殺した。

 ゆっくりと浮上してきた意識が、また降下していくのを心地よさげに感じていると……


「ゆずお姉ちゃん!朝って言ってるでしょ!」


 耳元で、かわいい声で叫ばれる。仕方なく目を開けようとするも、いまだ上下の瞼は離れがたいらしい。

 すぐにくっ付こうとする熱愛ぶりに、ゆずはその邪魔をするのを諦めた。


 しかし、かわいらしい襲撃者は諦めてくれなかったようだ。なんとゆずがかぶっている布団を剥ぐといった暴挙に出たのだ。


「起きなさい!」


「むう……花音、最近私の扱い雑い?」


 半分寝ぼけながら、起こしに来てくれた花音に文句を言う。都市に戻って来てから一週間が過ぎた。まだ翠蓮からの連絡は何もない。

 気は焦るが、ゆっくり待つのも重要な役目と言う龍さんの意見に従い、十一番隊の面々は休暇のような日々を過ごしていた。そんななか、花音は自分の立ち位置をしっかりと作り出していた。十一番隊隊舎の管理及び炊事・洗濯など家事全般である。

 もちろん一人でやっているわけではない。もともと当番制だったので、当番の者と一緒にやっているのだが、これまではそういう分野に得意な者がいなかった。

 カナタ達男性陣は壊滅的、新たに入ったゆずもあまり得意ではない。かろうじてヒナタは一般的なレベルだったが他が全滅なのだ。そこで戦闘の分野では役に立てない花音が自分が専任でやると言い出し、やっていくうちに普通に対話もできるようになり、比較的だらしない者達を叱れるくらいまでになっていた。


 今日も今日とて、花音にたたき起こされたゆずが寝ぼけ眼をこすりながらリビングに降りていくと、朝食を済ませたダイゴが後片付けの手伝いをしていて、キッチンでは当番のヒナタが食器を洗っている音がしている。家が農家で朝が早いスバルはロードワークに出ているそうだ。

 翠蓮たちはおろか、橘にまで腕の違いを見せつけられてスバルのやる気に火がついたらしく、あれから積極的に訓練をしている。


 それはダイゴも同じようで、マザー戦で役に立てなかった事も二人の背中を強烈に押しているようだ。


「おはよ、ゆずちゃん。朝食食べる?」


 キッチンから出て来たヒナタがそう聞いてくるので、ゆずは黙って頷く。現場に出ている時はそうでもないのだが、そうでないときは安心しているのかゆずの寝起きはとても悪い。

 今はゆずが逆らえない花音が起こしているから仕方なく黙って起きるが、十一番隊の男性陣はゆずを起こそうとして銃器を突き付けられた経験をしたことが無い者はいない。

 カナタですらそうなのだ。花音の存在がどれほど大きいかわかるだろう。


 現在十一番隊は隊長不在の理由で凍結されている。本来なら凍結中は隊員も謹慎扱いなのだが、鹿島が手を回してくれて凍結が言い渡される前に休暇扱いとしたのだ。

 それにより、ゆず達の行動は阻害されていないのだが、する事もないのが現状なのだ。


 ぼーっとしたまま、テーブルに着いたゆずの前に、花音も加わり手際よく朝食が並べられる。それを見たゆずが一気に目を覚ます。

 ほかほかのご飯に味噌汁。お野菜の煮物に物資不足の今、手に入りにくい卵まである。


「すごい、これどうしたの?」


 かつての十一番隊では考えられない朝食のラインナップだ。


「すごいでしょ?花音ちゃんとってもお料理が上手なんだから」


 誇らしげにヒナタが言う。その横では、頬を赤らめた花音が味噌汁をすすっている。


「ヒナタお姉ちゃんも作ったんだよ、あたしだけじゃ……」


 そう言う花音の頭をゆずが撫でる。


「花音偉い。すごい、さすが私が見込んだだけの事はある!しかもおいしい。これからもよろしくお願いいたします」


 褒めているうちに、なぜか最後の方はへりくだっていくゆずに花音は嬉しそうに笑って頷いた。誰にも言わなかったが、自分が明らかなお荷物であることを花音は気にしていたのだ。優しくしてくれることは嬉しいが、それに甘えるだけでは生きていけない事を幼いながら花音は身に染みてわかっている。都市外で生活するというのはそう言う事なのだ。今の時代、幼いからといって特別扱いしてくれる者はそういない。


 しかしここのみんなは、全員が幼いからと花音のほとんどの事を許容してしまう。花音もみんなの事が好きになってきているので、それが心苦しかった。それだけに役に立つことが嬉しいのだ。

 ゆずが食事をしている間にも食事を済ませた花音は、精力的に動いて家事をやっていく。本日の当番であるヒナタも家事はできる方なので今日はとてもスムーズに進んでいるようだ。


 それを見るとさすがに自分もある程度は……と思わないでもない。それでもなかなかうまくなれない現状にいっそ花音に弟子入りしてみるか?と半ば本気で考え始めている。


「花音はどうしてそんなに料理がうまくなった?」


 洗濯籠を抱え、干しに行こうとしている花音にゆずは唐突に訊ねた。ゆずの悪い癖である。表情が薄く、無口で頭の中で考えて自己完結してしまう癖のあるゆずは、周りからしてみればいきなり関係ない事をぶっこんでくる存在になる。

 今回は全く関係のない事ではなかったが、それでもいきなり言われた花音は目をぱちくりとさせている。


「え、っと……、うまくはないけど……みんなの役に立ちたかったから、かな?」


 少し考える様に花音はそう答えた。役に立ちたい……ゆずの中にもその考えはある。あるはずだ、きっと。多分……

 いや…あまりないかもしれない。

 ゆずはあまり他人に関心を持ってない。好きな人間にはそれなりに関心を持つが、嫌いのグレードの他人など視界にはいっても意識には残らない。普通のグレードだと、正直めんどい。率直な所、好きな人間以外のために苦手な家事をしようなどとは全く思わないのだ。


「むう、これは致命的?」


 自分を分析して、そう呟いた。それも断片的な言葉なのだが、慣れている花音は理解したようで、かごを足元に置くとゆずに近づいて来る。


「ゆずお姉ちゃん、あたしは料理を作るときは好きな人が喜んでる姿を思い浮かべながら作ってるの。おいしいもの食べさせてあげたい、元気が出る者を食べてもらって頑張ってもらおう。とかね。料理を作る事はあたしもそんなに好きじゃないんだ。本当を言えば面倒だよね?でも他の事と違って、頑張って作った成果が分かりやすいのも家事の良いとこだと思うの。頑張って作った物をおいしそうに食べている姿を見るのって幸せじゃない?」


 そう言われて、ゆずは自分が当番の時に料理をしたことを思い出す。


「うん、確かに面倒。私は……文句が出ない程度に形になるように、出来るだけ簡単に作れるものを作ってた。それを食べている姿は……そういえば覚えていない。」


 料理を出した時点でその仕事は終わりとばかりに気にもしていなかった。


「でもカナタさんに作った物をおいしいって言われたらうれしいでしょ?それを考えながら作ったら少しは楽しくなるんじゃないかな?」


 そう言うと花音はにこやかに洗濯物を抱えると干すために二階へと上がって行った。


言われて見れば、そう考えれば作るのも楽しみが出てくるかもしれない。早速今度自分の当番の時にやってみようと心に誓った。

 そして朝食を終えると、普段は流しに置くだけの食器を洗いだしたゆずであった。


 自室に戻って来たゆずはベッドに腰掛けると一息つく。なぜ今日に限って料理の事を気にしだしたのかというと、やっぱり落ち着かないのだ。ただ待つというのがこんなに気を揉むものだと初めて知った。

 翠蓮たちと約束した期日までまだ時間がある。そして任務からも外されているので時間を持て余してしまう。余計な時間があればついつい余計なことまで考えてしまうという悪循環に陥ってしまっている。


 スバルやダイゴもきっと同じ感じなんだろう。待機中はずっと訓練で体を動かしている。こうしている間にもカナタやハルカは一人独房に入れられているのだ、そう考えるとどうしても落ち着かなくなってしまう。しかもカナタ達が収監されている環境を知らないためにイメージは暗く薄汚い監獄になっている。


 ゆずはどんどん悪くなっていく想像を頭を振って追い出すと、出かける事にした。黙っているとどうしても考えてしまうし、スバル達前衛組のように射撃手のゆずは訓練などそう簡単にできない。

 銃の整備など最初の一日目で徹底的にやって終わってしまっているのだ。


「あ、ゆずちゃん。どこかにおでかけ?」


 玄関に向かっていると掃除をしているヒナタが声をかけてきた。


「うん、ちょっと。散歩?」


「いや、逆に聞かれても……何もできないのって辛いよね。考えないように私は徹底的に掃除をします!」


 ヒナタもゆずと同じような感じに陥っているのだろう。ヒナタは掃除に打ち込むことにしたようだ。


 そして気を付けてね。とゆずに小さく手を振ると慌ただしく行ってしまった。

 それに手を振り返すとゆずは玄関を出た。これまであまり用事も無く都市をうろついたことはない。だいたい決まった所しか行き来していないので、道もろくに覚えていないくらいだ。


「たまには、いいかも」


 そう呟いたゆずは適当な方角に向かって歩き始めた。

 

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