10-1 都市守備隊
「お前意外とのんきなんだなぁ……。自分の置かれている立場ぐらい気にしとけよ?」
菅野が呆れたように言った。
「お前たちは十一番隊だろ?なんで十一かって考えた事は?」
「え?だって十番隊まであったでしょ?その次だから十一なんじゃ……」
菅野の問いかけにカナタはそう答えた。すると、菅野はやっぱりか……と呟いている。
菅野は振り向いて自分たちの隊員に手を挙げて何かの合図を出した。ハンドサインというやつか。
それから歩調が少しゆっくりになったので、そういう合図だったようだ。
「いい機会だ、教えといてやる。普通はな十番隊までなんだよ。他の都市の守備隊もそうだ。どこも十番隊までしかない。お前たちみたいにその後から入った奴らは、十番隊までのどこかに振り分けられるのが普通だ。普通何の経験もない新人ばっかで部隊組ませないだろ?」
言われてみて、初めてそういえばそうかと思った。てっきり気心の知れた仲間たちで組ませてくれたと思っていたが、考えてみればありえないか。感染者と戦う守備隊は損耗率も高く、常に人手不足なのだから。
「でも松柴代表は、なぜか異例の十一番隊を作って、しかも自分の直属みたいな位置に置いた。それを聞けば誰だって代表が手足とするために作ったって思うだろ?そしてそういう特別な立場ってのが気に食わない連中てのがいるのさ。」
「そう言われても、別に俺たちそこまで部隊として特別扱いはされてないと思うけど……個人的にいくらか優遇はされてるかもしれないけど」
「それは外からじゃ分からないからな。それだけならいいんだよ、専属の部隊作ったりとか特別に護衛をつけたりとかあるから。ただお前たちは成果を出しすぎた。」
カナタをまっすぐに見て菅野が言った。それはカナタにとっては意外で、自覚もない事だった。
「俺たちが成果……ですか?」
「そうだ。まずお前たちは多少武器は使えるみたいだが、もともとただの一般人で戦いは素人だ。それに対して十番隊までの特に隊長クラスの連中は元警官だったり自衛隊だったり、中には格闘技の達人てのもいるな。それら守備隊を差し置いて、お前たちはマザーに初めて接触してくる、民間人を救助してくる。今回に至っては一戦交えて何かしらの情報まで得て来たんだろ?代表の私設部隊程度に考えられていたのが、本職の守備隊より成果を上げて来るんだ。そしてその手柄は代表のものになる。面白く思わない連中はいるさ。特に守備隊を掌握して自分の駒として使いたがっているどこかの誰かにとってはな」
菅野に言われて、ようやく十一番隊の立たされている環境をカナタは理解できた。自分たちが上げて来た成果というやつは、どれも偶然そうなったものがほとんどなんだが、確かに面白くはないだろう。
知らないうちに松柴さんの手伝いができていたのはいいが、それによって目をつけられてしまったのか。
「特に今回の作戦は他の都市も注目していた。マザーの情報は今どこの都市でも欲しい所だからな。何しろ次々に出てきやがる。未確認だが、それぞれの都市は領地内に3~4体のマザーを確認していると予想されている。みんな必死なのさ。先んじてマザーを討伐できれば他より一歩リードできる。都市間の交渉でも有利になる。それだけの価値があるんだぜ?お前たちが持って帰って来た情報は」
どこか面白がっている風に菅野さんが言った。そこまで聞いてカナタに疑問が浮かぶ。
「菅野さんは、そんな俺たちにどうしてそこまで教えてくれるんですか?さっきも助けてくれたんでしょう?」
菅野さんが言うような立場に十一番隊がいるなら、親しいと思われるのはよくないだろう。カナタにとってそこが心配だった。助けてもらった上にこんな話まで聞かせてくれて、それで周りから妨害を受けたりするとすれば申し訳なくなる。
そう考えていたカナタの顔を見ていた菅野は、愉快そうに少しだけ笑った。
「なるほど、代表が気に入るわけだな。……俺たち三番隊は、どこの誰であろうと個人的な指示は受けないという立場を明確にしている。俺たちを動かしたければきちんとした手順を踏めって事だな。一番隊と二番隊の事があるから、誰も何も言えない。あくまで中立な立場でいられる。でもどちらかといえば代表寄りといえるかな。嫌いなんだよ、裏でコソコソ動いて誰かを蹴落とそうとする奴。それに報酬とか立場がよくなるからって手を貸す奴。だから、俺はお前たちを応援している。表立って言えないのは悪いが……」
「それは気にしないでください!応援してくれる人がいるってだけで心強いです。こうして助けてもらったり、色々教えてくれたりしてもらってますし……逆にそれで迷惑をかけてしまうのが心苦しいんで、今のままで。ありがとうございます、色々教えてくれて、ほんとに助かりました。」
カナタはそう言うと深く頭を下げた。本当にうれしかったのだ。正直な所、都市で知り合った人にあまりいい人がいなかったので、こういう人もいると思うだけでも気分が違う。
「それじゃ俺たちはここまでだ。気をつけろよ?今、代表は№4にはいない。№2と3の中間にマザーが出現してでかいコロニーができているらしくてな。代表は今あるマザーの情報と一緒にそっちに出向いてる。何か仕掛けてくるなら今だろうからな。あまり大胆な事はさすがにしないと思うが、お前んとこは女子供が多いからな。どうしてもの時には三番隊の隊舎に逃げ込んで来い。間違っても面と向かって逆らうような真似はするなよ?」
菅野さんは中立の立場であると言いながらも、最悪の時には逃げ込んできていいと言ってくれた。俺たちが逃げ込むという事は立場を明確にしてしまうだろうに。ほんとうに頭が下がる思いだ。
もう一度礼を言うと、菅野さんは気にすんな。と笑いながら言ってくれた。そこで都市の入口についたので三番隊と別れて中に入る。俺たちを襲った覆面の男たちは三番隊がそのまま連行して行った。都市の出入り口は二重三重にゲートになっていて、人物の照会から持ち物の確認、そして感染の有無をきびしくチェックされてようやく入れる。
これくらい厳しくしないと、感染した人が都市に入ると取り返しのつかない事態になってしまうからだ。
カナタ達も順番にチェックを受け、都市に入る。新たに来た龍さん達やヒナタや花音なんかは特に厳しくチェックを受けるが、問題なく通る事ができた。
「やっと帰って来たな!」
思わず背伸びしてカナタは言った。もう心から帰って来たと思えるくらいには、ここにも馴染んだ。スバル達も同じなのか、いくら冗談を言ったりしてても心のどこかで警戒していないといけない外では見られないくらいの安堵感が見て取れる。
「では、私はこのまま研究室に向かいますので。これで得た情報はカナタさん達にも必ず伝わるようにします!」
一息つく間もなく、喰代博士はすぐにでも取り掛かりたいとうずうずしているようだ。挨拶をしながらも気持ちは研究室に急行している。
「あ、研究室まで同行しますよ」
すぐにでも向かおうとしている喰代博士を呼び止めてカナタが言った。明らかに狙われているのだ。いくら都市内でも安心はできる状況じゃない。
「ああ、そうですね。…………お願いします」
急にトーンが下がった喰代博士を不思議に思っていると、その答えはすぐに姿を現した。
守備隊の隊服を着た隊員がカナタ達を取り囲んでいるのだ。
「その必要はない。それはこちらで丁重に預からせてもらう」
そう言いながら歩き出てきたのは、獅童と一緒にいた桐田だった。今は白衣をきて研究員らしい格好をしているが、なんだろうか……そこはかとなく似合っていない感じがする。
「移送任務ご苦労、十一番隊の諸君。ここで君たちの任務は終わりだ。ああ、十一番隊が終わりだと言ったほうがいいかな?」
桐田が姿を見せたからには、こいつもいると思ってはいたが……
「獅童……」
獅童はカナタの視線を真っ向から受け止めると、周りにいた隊員に合図をする。それに促されたように銃を持った隊員が大勢でカナタ達を囲んだ。まわりにいるのは六番隊ではない。腕章には警備の文字が入っているので、守備隊のなかでも都市の治安維持の任務についている部隊だとわかる。
警備隊は外に出ないが、都市内部では守備隊の人間も捕まえる権限を持っている。意味もなく警備隊に逆らえばその時点で罪に問われてしまうのだ。
しかし警備隊まで動かしている事に、さすがに驚きを隠せない。それだけの権限をもっているかわりに清廉な人物が集まっているのが警備隊だったからだ。
その警備隊が数名、カナタの周りを囲むように動いた。
「カナタ君、何をした?今ならまだきっと間に合う。ごめんなさいすればきっと許してもらえる。私も一緒に謝ってあげるから……」
「おいゆず、お前……」
相変わらずというか……空気を読まないゆずにカナタは二の句が告げなくなる。と、同時に少し安心もする。警備隊に囲まれたときから、もしカナタが拘束されるようなことになればゆずが抗ってあばれるんじゃないだろうかと危惧していたのだ。
呆れたような、安心したような複雑な気持ちでゆずを見ると、そのゆずの肩に手を置いてカナタに話しかける者がいる。
「あら~、カナタさん?面会にはいきますからぁ。あ、ちゃんと差し入れもしますから。後は任せてください~」
場違いにニコニコとしながら、白蓮さんがゆずに肩に手を置いたままカナタに言った。ただ、ニコニコとしているが、時折真剣な目でカナタを見ている。たぶんゆずを抑えてくれたのも白蓮さんさんだろう。白蓮さんの隣には龍さんと、翠蓮さんもカナタをじっと見ている。
「もう、白蓮さん。勝手に刑務所に入れないでくださいよ。でもそうですね、差し入れとか……もろもろお願いしますね?」
カナタはあえて冗談っぽくそう言うと、持っていた荷物を下ろすのに紛れて、桜花をヒナタに預けた。これも獅童に渡すわけにはいかない。
小声で後を頼むとヒナタに伝え、不安そうにしながらもしっかりと頷いたヒナタの頭を撫でて、警備隊の元に向かう。
「わかりました。同行します。」
両手を広げて武器を持っていない事をアピールしながら近づくと、二人の警備隊がカナタの両脇を抱え連行しだす。
「別れは済んだのかい?もう会えないかもしれないよ。いいのかい?僕はやさしいからね、もうしばらくなら僕の力で時間を与えてもいいんだよ?」
わざとらしく獅童がそんな事を言った。そういう獅童が懐の深い人物にでも見えているのか、周りから女性の黄色い声が聞こえる。
それに気分を良くしているのか、この前とは大違いの態度で接している。きっと今までは普段からこういう環境だったから本性が見えにくかったんだろう。
単純な男だ。本性を知っているカナタ達から見れば呆れるしかない。そんな男に願い事をするなんか死んでもしたくないが、これだけは聞いておかないといけない事があった。
「必要ない。すぐに復帰するからな。それよりお前……ハルカをどうした」
獅童を睨みながらカナタはそれだけ言った。
その態度に、一瞬鼻白んだ様子を見せる獅童だが、すぐに持ち直して大袈裟な身振りで話し出した。
「君にお前などと呼ばれる筋合いはないし、うちの隊員であるハルカくんの事を教えてやる謂れもないんだが、まあいいだろう。ハルカ君はいま謹慎中だ。幾度となく僕に反抗的な態度を取るし、越権行為をしようとしてね。独房で反省しているよ。困ったものでね、君のせいでこうなってしまったが……まあ、この問題が片付けばハルカ君の目も覚めるだろう。なにしろ……」
「おい……」
調子に乗って来たのか、さらに話続けようとする獅童をカナタが遮る。無視できないほどの力を込めて……
「もし、ハルカに何かあったら、何がどうなろうとお前を殺す。忘れるな。両手足刻んで感染者の群れの中に放り込んでやるよ」
言葉に殺気を込める事が出来るなら、間違いなく今のカナタの言葉には殺気がこもっていただろう。そう感じさせるほどの圧力をその場にいる全員が感じた。
背中に冷たいものを感じ、その光景を明確に想像できた獅童が思わず言葉に詰まっていると、見かねた警備隊の隊員がカナタに進むように促す。
「おい、進まないか!」
獅童を睨んだまま、それには逆らわず歩き始めたカナタだったが、見送る獅童はそれ以上言葉が出なくなっていた。しばらくして我に返った獅童は、歯を食いしばって憎々し気にカナタが行った方向を睨んで、地面に落ちていた石を思い切り蹴飛ばす。
「くそ、あのガキ!いつもいつも僕の事をぉっ!ふーっ、ふー……」
そこでようやく自分がどこにいるのか思い出したのか、余裕気な顔を作って取り繕っていたが、心の中は煮えたぎっていた。
また、そんな獅童を少し離れた所から見つめていたゆずは、なんとなくだが予感がしていた。こいつは私が撃つ。と……。