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「さっきも言いましたが、私は十一番隊に助けられて共にいるだけの、いわば敗残兵です。私と一緒にいた他の隊員は主力部隊に取り残され全滅しましたので」
固い表情でハルカが話している。それに対しても獅童はいつもの薄笑いを浮かべたままだ。
「だからそれは見解の相違だよハルカ君。僕らは誰も置き去りになんかしていない。あの時はマザーの情報を第一に考えないといけなかったし、ハルカ君たちが取り残されたのは屋敷が僕の指示に従わなかったからだ。まさかそんな事になっていたなんて思いもしなかったよ。」
両手を広げて獅童は言った。途中からしか聞いていないが獅童はハルカたちが取り残されたのは自分のせいじゃないと言いたいようだ。
「それにしてはこちらの情報をよく知ってらっしゃるようで。ここにいる事も良く分かりましたね」
そこに冷たい視線を向けながら喰代博士が言った。
「喰代君言葉を慎みたまえ!一介の研究員が口を挟む権限はない!」
喰代博士の発言に獅童の隣にいる研究員が噛みつく。首から下げているカードには№4の研究施設のマークと桐田という名前が見える。桐田も喰代博士がマザーの手首を入れているケースと同じような物を大事に抱えていて、それが獅童の言うマザーの情報というやつなんだろう。
桐田のしっ責ともいえる言葉に喰代博士は桐田は一度睨んで口を閉じた。
険悪な雰囲気だ。とても帰りたい。カナタの少し後に目覚めたゆずも後から部屋にきたのだが、スッと扉を閉めて出て行きやがった。俺だってできるならそうしたいよ!
心の中で叫びながら、カナタは主題の確認から始める。
「それで、俺の許可というのは?ハルカの合流指示という事ですか?」
カナタが聞いたこれまでの話の流れから予想して言うと、獅童はやれやれといった表情になる。
「まあ、それは当然のことだろうが。ここに来た用件は別にあるのだよ。カナタ君、十一番隊で何かマザーの情報を得ただろう?」
口調は訊ねているが、表情は確信している。この男はカナタ達がマザーの体に一部を持っていることを知っている。すぐにカナタはそう悟った。でもそれならおかしい点がいくつが出てくる。そっとため息をついて心を引き締めてカナタは獅童と向かい合う。
「どのことを言ってるのかわかりませんが?知っての通り俺たちはマザーと交戦しました。その分情報は得たと思います。それが何か?」
苛立ちを表情に出さないよう気を付けながらカナタがそう言うと、獅童はそんな事も分からないのかとでも言いたげな顔で話し始める。
「簡潔に言おう。マザーから得た情報を我々に渡したまえ。以前にも言ったと思うが、君のところと僕の六番隊では信用の度合いが違う。君たちが持って帰った情報は胡散臭い物と捉えられても僕たちが持って帰ればちゃんとした情報として扱われる。結果みんなの為になるわけだ。こう考えれば、僕たちに渡すのが義務であるみたいだと思わないかい?」
臆面もなくそう言い放ってきた。これっぽっちも悪びれる様子もない。余りの内容に二の句が継げないでいると、反論の余地もないと受け取った獅童がさらに話を続ける。
「それにね、君たちに随行している研究員の評判も良くない。彼女は研究員たちの間で何と呼ばれているか知っているかい?見境なく噛みつきに行く喰代ザメといわれてるみたいだよ」
そう言った獅童の隣で桐田が下品に笑った。
「それに比べこちらの研究員は信頼と実績がある。どちらの報告がより真実味があるか、考えなくても分かるだろう?」
「その信頼と実績のある研究員さんのせいでずいぶん窮地に立たされてたみたいですが?現地で逃げ出した隊員を二人ほど助けたんで。そいつらから聞いたんですが」
そうカナタが言うと、獅童と桐田の表情が僅かに固まったのがわかった。
「なんでもマザーの情報欲しさに隊員を切り捨てて逃げたそうじゃないですか。」
カナタがそう言った途端、獅童の顔が真っ赤になった。
「君には分からないことだ。今マザーの情報がどれだけ必要か、それくらい君にもわかるだろう。№4としてそれが必要なんだ。僕だって仲間を失うのは辛いことだ。しかし時には非常な決断を強いられる。君だって隊長だ、そんなこともわからないのか?」
カナタにお言葉にそれほど憤ったのか、やや口調を崩しながら獅童は熱く語った。言ってることは間違いではない。№4として他都市に示す実績として情報は必要だ。どこの都市でも頭を悩ませているマザーの情報はなおさらだ。
部下を見捨てなければいけない場面だってあることはカナタも分かっているつもりだ。
幸いにもまだそんな事態にはいたっていないが、頭の片隅にはいつもある。でも獅童の言う事にはちょっとした矛盾がある。
「で?」
カナタがそう言うと、獅童は何を言っているのかわからないとういう顔をした。
「なにがだい?」
「聞かないんですか?」
「だから何を聞きたいって?君は」
「その俺たちが会った仲間の安否を聞かないんですか?辛かったんでしょ。気にならないんですか?」
獅童が何か言おうとするのを遮ってカナタは言った。すると獅童は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「それは……」
「君たちが保護したんだろう?ならば無事に決まっているじゃないか。こっちはそれどころじゃないんだ」
獅童が言いよどむと、まずいと思ったのか桐田が横から口を出してきた。
「いや、保護なんてしてませんよ。彼らさっさと逃げちゃいましたから。」
「なんだって!?君は救助して放り出したのか?それは人として……」
どうなんだと言いたいんだろうが、横から桐田が制した。この話題を続けるのは分が悪いと気づいたんだろう。
桐田はカナタの方を睨みながら獅童に何か耳打ちしている。どうやら桐田が主導しているようだ。もしくは単純な獅童がうまく操られているかだな。
「と、とにかくここで言い争っていても始まらない。貴重な時間を無駄にするだけだ。マザーの遺伝子が解明できればきっと対抗策なども練れるだろうからね」
そこで一瞬桐田が苦い顔をした。獅童の失言に気づいたんだろう。すぐに何事もなかったような顔をしているが、喰代博士も気づいたのか確信めいた顔になっている。
ここにきて大分わかってきた。きっと俺たちか、ハルカかどちらかが見張られていたんだ。自分たちは成果を持ち帰るが、見殺しにしていく味方にも見張りを付けて万が一何か重要な発見をしたら自分の手柄にするために。
「あら、マザーの遺伝子を入手できていたとは、さすがですね。」
すかさず喰代博士がその失言を突いた。獅童はよくわかっていなさそうだが、桐田は睨んでいる。
そして何かを言おうとした獅童を手で制した。これ以上失言を重ねさせるわけにはいかないだろうからな。
「ふん!それは貴様らが手に入れたという情報を手に入れたんだ。ソースは明かせん。手に入れたんだろうマザーの一部を!」
かなり苦しい言い訳をすると、さらに言いつのる。
「いいから早く渡せ!この俺が貴様より数倍は有効的に使って見せる。貴様のような何の実績もない研究員が扱うには過ぎた代物だ!」
とうとう開き直ってきている。
「彼女は優秀な人です。実績は関係ないのでは?彼女がいなければ手に入れる事もできなかったと思います!」
かなりイライラしている様子でハルカが言い返す。
「ハルカ君は黙っていたまえ。君には背反疑惑も上がっている。今は僕が抑えているがあまり逆らうと良くない事になる」
「背反ですって!」
ハルカを黙らせようとして言った獅童の言葉は、我慢していたハルカの怒りの堤防を崩してしまったようだ。ハルカは片膝をついて身を乗り出して食って掛かっている。
「私は部隊のために必死で戦ったわ!屋敷さんもそう!屋敷さんはケガをした隊員をかばって噛まれて……それでも必死に戦って道を開いてくれた。隊長とそこのあなたが手柄を持ち帰りたいから焦って、マザーに不用意に手を出さなければこんな事には……そしたらカナタ達だって危険な目には合わないで済んだのに。それを持ってさっさと帰ればいいじゃないですか!」
怒り心頭のハルカは、桐田が持つボックスを指して言った。それに苦しそうな顔になる桐田と獅童。
「確かに……味方を切り捨てるくらいのものを手に入れたんなら、俺たちがもつあやふやな情報なんか気にせずに帰ったらいいじゃないですか」
カナタがそれ同意して言うと、怒りのためか、みるみる桐田の顔が赤くなっていく。
「そうできたらそうしている!こっちだって貴様らのような半人前集団に頭を下げるような真似をしてまでこんなことはしたくはない!」
どこに頭を下げている要素があったのか問いかけたいところだが、火に油を注いで収集がつかなくなりそうなので止めておく。
「ではなぜこんなことを?」
一人冷静な喰代博士が、桐田を見つめそう訊ねた。
「…………んだ」
「?」
「…………えた……んだ」
「なんです?」
「消えたんだ!私は確かにマザーの脚の皮膚と爪の一部を取って、このボックスに入れた。しかししばらくすると、跡形もなく消えてしまっていたんだよ!なぜだ!なんで貴様らは保存できてる!……いや、消えてるはずだ。貴様らが何を手に入れたのかまでは知らんが、きっと消えてるはずだ!見せて見ろ!ボックスをよこせ!」
そう言って、喰代博士のボックスを奪う勢いで立ち上がろうとした桐田は、万が一の時のために後ろに回っていたスバルとダイゴに止められる。
「くっ、離せ!この……私を誰だと……」
そう言って暴れる桐田にスバルは冷たく言い放つ。
「いや、誰だか知らんけどさ。女性相手に暴力で何かを奪うような真似はどうかと思う。これ以上暴れるなら都市に帰った後、松柴さんに直で伝えるけど?」
さすがにそれはまずいと思ったか、桐田は睨み殺さんばかりの視線をスバルに向けると、荒々しく振りほどいて座った。
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