9-3
ハルカとヒナタは、無理に攻めようとはせず慎重に攻撃を重ねている。一緒の道場で修練を重ねた間柄だからか、時には即興でコンビネーションを生かしての動きを見せたりしている。
その少し手前で、カナタは静かに機を窺っていた。居合の構えのまま動きもしない。
直線的に踏み込み、斬っては下がるハルカとクルクルと舞うように動き、攻撃を逸らし続け隙があると鋭い一撃を入れて来るヒナタ。
まったくタイプの違う動きなのだが、時には嚙み合った動きをしたりする。
「ふっ!」
そして二人が作ってくれた隙に、渾身の一撃をカナタが放った。
「ギャアア!」
イラついているのか、声の感じが変わってきているマザーがたまたま振り下ろした場所と、カナタが踏み込もうとした場所が重なり、軌道を修正しながらカナタは桜花を抜き放った。
「ギィイイイッ!」
マザーの叫びが耳を貫く。
カナタの攻撃は、途中で軌道を修正した分の踏み込みが足らず完全ではなかったが、それでもマザーの下腹を真横に切り裂いた。
ズル……ベチャ……
カナタが斬った後から、人の形をした何かが滑るように落ちて来た。
見た目もそうだが、においが特にひどく、思わず鼻を覆わずにはいられないほどだ。しかも驚いたことに、きわめて緩慢だが動いている。
どこか胎児を思わせるそれは、動いていたがしばらくすると痙攣して動かなくなった。
マザーが、他の感染者を喰らう事は前回の遭遇の時に見ていたが、これは食われた感染者の慣れの果てなのか、もしくは胎児を想像させることから、マザーの体内で作られているとしたら……
マザーのコロニーにいる感染者の多くは、急所をやられると溶けてしまう事も判明している。コロニー外の感染者は
斬っても死体は残り、その場で腐り落ちてゆく。
もしかしたらマザーのコロニーの感染者達はマザーが産み落とした可能性も出て来た。謎が増えるばかりだ。一旦カナタは考えるのをやめた。きっと離れた所から見ている喰代博士が何か結論付けてくれるだろう。
そう思って、チラリと博士がいるほうを見てみると、いつのまに移動をしたのかいなくなっていた。危険だから誰か連れて行ったのかもしれないが、マザーの近くから離れるなんて、ちょっと意外だ。
カナタは軽く頭を振って、マザーを睨む。気を散らしながら戦って勝てり相手ではないのだ、集中しなければ……
それからどれほど経ったか……マザーの姿は満身創痍である。片手はまだ生え変わっていないし腹や胸にいくつもの刀傷を負っている。一度大きく態勢を崩した際にヒナタが梅雪を根元まで突き入れた左目もつぶれたままだ。
しかしカナタ達も無傷ではない。感染者達と違い生きた人間である以上、動き続ければ疲れてきて、いつまでも同じように動けるわけではない。
幸い致命的な攻撃は受けていないものの、三人とも傷だらけになっている。
ハルカは強めの一撃を躱し損ね、左肩にうけてしまい今も左手が動かせない。ヒナタは剣技の性質上、常に動いているので、息が上がってしまい何度が整えるために離れないといけなかった。今も少し離れた所で、座り込んで何とか息を整えようと大きく呼吸をしている。
カナタは隙をついて、攻撃したつもりが、誘われていたらしくカウンターでいいやつを貰ってしばし意識を失っていた。
それでもマザーの動きは衰えない。むしろカナタ達に合わせて動くようになってきている気さえする。
全員が、息も絶え絶えであり限界は近いようにみえる。
カナタの攻撃がまともに決まる事がなんどもあり、さすがにこれは致命傷だろうというほどの傷を受けてもマザーは動きを止めない。
誰もあえては言わないが、こいつは不死身なんじゃないか。という考えは頭の中の大部分を支配してしまっている。
いつの間にかずいぶん時間もたっており、間もなく日も沈むだろう。夜になってしまえばさすがに同じようには戦えない。
だが、もしかしたらマザーは暗闇でも変わらず動ける可能性もあるのだ。
だからといって、逃げる事はできそうにない。
どうする……あれだけ斬っても動きがかわらないし、効いてる気がしない。日が暮れてしまえば全滅は必至。
そうなるくらいなら、自分がおとりになってでもみんなを逃がしたほうが……
カナタがそんな事を考え出すくらい、戦況はよくない。
……言ってしまえばみんな反対するだろう。でも何も言わずに捨て身でかかって、相打ちで隙をつくれば否応なしに撤退するのでは…………
頭の中でそう考え始めているカナタが、その機会を探し始めた時だった。
インカムから声が聞こえた。ゆずの声だ。
「何も言わずに聞いて。合図をしたら三秒後に発砲する。カナタ君は伏せる様に二人に伝えて。」
「ゆず?いったいなにを……」
「さん」
「に」
ゆずはカナタの言う事を聞かずにカウントを続ける。マザーに射撃が効果がない事は実証済みだ。ゆずの意図がわからないが、カナタ達の誰かに当たれば即リタイヤだ。
慌ててカナタは二人に声をかけた。
「ハルカ!ヒナタ!何も言わずに伏せろ!マザーから少しでも離れて!早く!伏せるんだ」
ゆずの雰囲気から撃つと言うなら本当に撃つだろう。とにかくカナタは二人に当たってしまうような事だけは避けなければいけないと必死に伝える。
「いち」
二人はカナタが言う事に当初は懐疑的な雰囲気だったが、カナタの様子を見てただ事ではない事を察したのだろう。
大きく身を翻して地面に伏せた。
それを確認して、カナタも慌てて伏せる。
「撃つ」
ダーン。という射撃音と同時にマザーの胸元に血しぶきが舞った。
いつもなら、蚊に刺されたほどの反応もしないはずだ。しかし、胸を撃たれたマザーはピタリと動きを止めた。そして撃たれた部分を見る。心なしか、信じられないといった表情をしているようにさえ見える。
「キェエエエエッ!!!」
そして一際大きい叫び声をあげたと思うと、激しくもだえ苦しみ始める。
「え?なに?カナタ、どういうことなの?」
ハルカが走り寄ってきて問い詰めるが、そんな事はカナタが聞きたかった。
しかしインカムからは、抑揚のない声で一言言われただけだった。
「撤退、早く」
と。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
ブックマークや感想、誤字報告などは作者の励みになります。ページ下部にあります。よろしければ!
忌憚のない評価も大歓迎です。同じくページ下部の☆でどうぞ!