9-2
「さっきから試してたの。私がいくら深く斬ってもすぐに傷がふさがっているわ。でもカナタが斬ったとこは治りが遅いみたい」
言われて見ると、さっきから大振りを繰り返して斬りつけていたはずのハルカが斬った跡がほとんど残っていない。逆に援護のためカナタが浅く斬った部分のほうが傷が残っている。
ムキになって斬っているように見えたが、カナタが思うよりずっとハルカは冷静だったようだ。
「刀ね。きっとカナタの持っているその刀で斬った傷が治りにくいんだわ。それしかないもの」
そう言われて自分の刀を見る。
折れてしまった龍さんの師匠が打った刀を、龍さんが打ち直した物だ。確かに変わった色をしているが、何か他の刀とは違う成分でも混じっているんだろうか。
これを渡すときも特に何も言われてはいないんだが……
「さっき指を切り落としたけど、落ちた指はすぐに溶けてなくなってた。カナタが最初に斬った手首はまだ落ちてる。間違いないと思う」
よく見ると、マザーの足元にカナタが斬った手首は転がっている。そして復活もしていない。
ちょうど手首の話をしていた時だ。
「危ない!博士」
マザーの向こう側、ちょうど丘へ登る階段がある方から声が聞こえた。つられてそちらを見るのと、喰代博士が滑り込むようにマザーの手首に飛びつくのが同時だった。
「何して……ちょ!」
それを黙って見ているマザーではない。手先を失った方の腕で喰代博士を殴るようにしている。
「あぶない!」
目のまえで起きている事に思わずそれぞれが、攻撃を仕掛ける。とにかく博士から気をそらさなければいけない。
ゆっくりと狙っている余裕もない。ハルカもカナタも手近な所を斬りつけるがマザーの行動を阻害するには至らない。
「くそ!」
ダイゴの横で、スバルも小銃を持ち出してけん制の射撃をしている。マザーの胸付近にいくつか赤いしぶきが舞う。
「キェエエエエッ!」
周りからの攻撃にいら立ったようにマザーが叫び、体を震わせるようにして両手を滅茶苦茶に振り回す。
その隙にマザーから離れようと喰代博士が走るが、それをマザーの目がしっかり捉えている。
「まずい!」
気づいたカナタがさらに攻撃を仕掛けようとするが、苛立たし気に振り回す片方の手のせいで近づけない。そしてそのまま喰代博士を後ろから殴ろうとしている。
「博士!」
誰かが叫び、喰代博士も必死に走ってはいるがマザーの攻撃範囲は恐ろしく広い。このままではやられてしまう、この場にいる誰もがそう思ったが、いまだ人間側の攻撃ターンであった。
「やあッ!」
裂ぱくの気合とともに、マザーの腕を受け流して回転するように切り刻んだ者がいた。
「ヒナタちゃん!」
さすがにもうだめだと思ったところに飛び込んできた者の名をハルカが嬉しそうに呼んだ。恐らく喰代博士を追ってきたのだろう。
「あっ、ハルカちゃん!よかった、元気そうで」
ヒナタの方もハルカを見て一瞬動きを止めた後、嬉しそうな顔で応じる。
「うん。で、これがマザー?すごいね、なんていうか……もうすこし人間ぽいのを想像してたよ」
そう言いながらも、マザーの攻撃を器用に回転するように逸らして、両手に持っている短刀で続けざまに斬りつけた。
「キヤアアアアッ!」
自分の思う通りに当たらないのが苛立たしいのか、マザーが叫び声をあげる。
「お兄ちゃん!ごめんね、喰代博士をなんとか止めようとしたんだけど……」
ヒナタはマザーに攻撃して、素早く飛び退いてカナタの所まで移動した。そしてここに来た経緯を話し出した。やはり喰代博士が、マザー接近の報を聞いて我慢できずにロープをほどいて逃走、ここまで追ってきたそうだ。
当の本人は、何とかマザーの攻撃が届かない所まで逃げると今度はじっくりとマザーを観察している。その手にはステンレスの密閉できるようになっている箱を大事そうに抱えている。
自分の危険を顧みずマザーの近くに落ちていた体の一部を拾いに行くとか、正気の沙汰とは思えないんだが……これが研究者という人種なのかと、もはや感心すら覚えている。
「ごめんなさい!これが……これだけは本当に必要な物なの!これまで何度も試したけど、すぐに溶けてなくなってた……お願い、私絶対生きて帰らないといけなくなったわ!」
カナタの視線に気づいて、喰代博士は必死な様子でそう言った。あれがあれば研究が進むのだろう。
きっと何を何回言っても、あの人は同じことをするだろう。
「キヤアアッ、キヤアアアアッ!」
俺たちを見てマザーがまた吠えた。これまでと少し違う感じのような気がするが。
マザーは声を上げた後、じっと自分の腹の部分にある傷を見ている。そこには二筋の跡が残っていて、そのうちの一本はもう消えてしまいそうだが、もう一本はすぐに治ることはない。
「ヒナタ、今使ったのは梅雪か?」
カナタはヒナタに訊ねた。図らずとも目の前ではっきり比較して見る事ができた。マザーの傷から見て、これでヒナタが梅雪を、左手に持って斬った。というなら、先ほどのハルカの仮定はほぼ間違いないと言っていいと思う。
「え?うん……そうだけど。ほら」
そう言ってヒナタが見せた梅雪は左手に持たれていた。
「そっかー……ハルカ、刀替えるか?」
「バカ言わないで。そんな事してどうするのよ」
カナタの中では、刀を使い戦うなら自分はハルカに遠く及ばないと思っている。それならばハルカが使った方が有効的なのでは。と、考えたのだが帰って来た答えは、にべもないものだった。
「使い勝手も違うし、刀にだって相性はあると思ってる。私が使ってへそ曲げちゃったら大変でしょ?ここからは私がひきつけるから、おいしいとこはあなた達に任せるわよ。」
ハルカはそう言うと、刀を右手に持ち腰から鞘を引き抜くと左手に持った。
「あれ、守りに入るときの構えだよ。ハルカちゃん本気で自分にひきつけるつもりみたい」
ハルカの姿を見て、ヒナタがそう説明した。ここまでの戦いではカナタが弱いが隙ができにくい攻撃で相手をひきつけて相手を誘い、ハルカは隙ができるが強い攻撃を放つというやり方だった。
ハルカの方が強いのだから当然のようにその役割で動いていたのだが、桜花や梅雪に意外な力がある可能性が強くなってしまった。
それならば、カナタやヒナタが集中して攻撃するべきだとハルカは言っているのだ。
野球で言うなら自分より打てる打者を差し置いて四番に座るような気持ちだ。
「お兄ちゃん?ハルカちゃんがあそこまでやるんだから、みっともない所は見せれないよ?」
いたづらっぽく笑いながら言うヒナタに少し気分が楽になったのがわかった。さっきまでは気負っているのが自分でも分かっていたくらいだった。
「まあ、私がやっつけちゃうかもね~」
くるくると短刀を器用に回しながらヒナタがあおってくる。どうやら力が入りすぎていたのが丸解りだったのだろう。
ヒナタは、あまり力をひけらかすような事を言うタイプではない。
カナタは両腕を回して肩をほぐすと、あえてその言葉に乗った。わざわざ気を使ってくれているのだ。
「何言ってんだ?どう見てもここの主役は俺だろ?脇役は任せたからメインは俺に任せたまえ」
おどけた風にカナタが言うと、それを見てにっこりと笑ったヒナタがスチャッと回していた短刀を止めて構える。
「うん!任されたよ」
そう言ってマザーに近づいていく。すでにハルカは細かい攻撃を仕掛けては大きめに下がるという戦い方に変えて攻撃を仕掛けていた。
大きいダメージは与えていないし、傷をつけたとしてもすぐに修復している。ただ、明らかにマザーはイラついている様子だ。
さっきから大振りの攻撃を繰り返している。そしてそんな攻撃では守りに入っているハルカには当たらない。
「やあっ!」
かわいらしい気合の声を出しながら、そこにヒナタも加わった。声はかわいらしいが攻撃は鋭く、わずかにでも崩れたら的確にそこを突いて来る。ヒナタと試合を終えた人がそう言っているのを聞いたことがある。
白蓮さんから教えてもらった短刀の技術は、手数が多くまるで舞うように動いて相手の攻撃を捌き、狙いすました一撃を叩きこむというものだ。
短刀を使うようになってから、ヒナタの守りが固くなった。どう打ち込んでも逸らされる。強く打ち込んで逸らされたら態勢が崩れるので、気づいたら急所に一撃。しかも舞うような足さばきは予測しづらく、自分のリズムを狂わせられる。
今でも、一回でも当たってしまうと小柄なヒナタはひとたまりもないであろう、マザーの攻撃を直線と曲線のからみあった複雑な動きで逸らしつづけている。
完全に躱しているわけではなく、逸らしている。マザーの大振りな攻撃に逆らわずに、短刀を添えるようにして力を逸らしているのだ。ただ避けるよりもはるかに難しいだろう。
避けているわけではないので、隙ができるとそのまま攻撃に転じれるというわけだ。
今は、あまり無理に深入りして攻撃しようとはせずに、軽く攻めるに留めている。それでも梅雪で斬った箇所は確実に傷を増やしていっている。
マザーに感情があるのかは分からないが、もしあれば怒りまくっている事だろう。自分の攻撃はかわされ続け、チクチクと嫌がらせのような攻撃をされ続けているのだから。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。今日何気なくランキングを見ていたら、なんと!9/14現在で日間2位にランクインしてました!驚きです。これも読んでくださる方や、評価やブックマークなどのリアクションをしていただいた方達のおかげです。これからも読みたいと思ってもらえるように、脳みそ雑巾絞りして書いていきますので、【ばいでふ】をよろしくお願いします!と、いう事で嬉しさのあまり、ゲリラ更新です(笑)