9-1 マザー
いつも読んでいただいてありがとうございます!本日SFパニック部門において日間5位にランクインしてました。嬉しすぎて更新しちゃいます。
これからもばいでふをよろしくお願いします!
カナタとハルカが何者かの気配に固まっていると、ゆずから通信が入った。
自分たちは感染者のコロニーの中にいると……
周りを見る限りそんな様子はない。見える範囲に感染者などいないのだ。それでもカナタとハルカも何かを感じている。
「逃げよう、二人とも!」
もうなりふり構っている余裕もないのかもしれない。そう考えたダイゴはカナタ達を両脇に抱える様にして逃げ出した。
ダイゴには、この二人がそれほど恐れるものを感じ取る事はできない。それでもここまでの反応をするカナタ達を見るのは初めてだ。
なにより、ダイゴは二人の事を信じている。それならば自分にできる事をするだけだ。
「キヤアアアアッ!!」
あの音がまた辺りに響く。ただこれまでと違ったのは、その音と同時に破砕音が後ろで聞こえた。そこでダイゴは思わず振り返ってしまった。
そこにはしっかりとこちらを見据えたマザーが、まるで出会えたことを笑うかのように大きく口を開けていた。
「うわああぁ!」
周りに響き渡るほどの異音。異常に怯えるカナタ達。囲まれているという割には姿を見せない感染者達……それらの事からマザーの事を連想しないわけではなかった。ただ口にしなかっただけだ。
だからいくら至近距離でマザーと遭遇したとしても、最低限の心構えはできていたはずなのだが直接に見たマザーの圧力の様な物にダイゴは負けてしまった。
一度平常心を失ってしまえば、取り戻すのは容易ではない。まして原因が目の前にいる。
さすがのダイゴも慌ててしまい、もう登り始めていた階段から足を踏み外してしまう。全力で走っていた事も災いして、受け身も取れないほどに転がってしまう。
そしてそれは抱えていたカナタとハルカも放り出してしまうという事だ。ただ、ダイゴと一緒にもつれるようにして転がったカナタは、その痛みのおかげでいくらか我に返る事が出来た。
改めて間近で見るマザーは異様の一言に尽きた。まるでカニのように四本の脚を器用に使い、ゆっくりと階段を上がってきている。
異様に発達した両腕は、カナタの胴体ほどもある。太い胴体にある裂け目は何か飴でもしゃぶっているかのように蠢いていた。
後ずさりしながら、ハルカを助け起こす。ダイゴはこけた拍子に少し離れたところまで転がってしまっている。そして……マザーは、獲物と定めたのかカナタを見て、口角を不自然な角度まで上げた。
「っ!……笑ってるつもりかよ……」
それを見たカナタの中で何かが吹っ切れた。こいつは自分を狙っている。これから逃げるとしても大きさの違いもあって向こうの方が移動速度は速かった。
「……戦うしかない」
カナタは、マザーの目を正面から見据えゆっくりと桜花を抜いた。
「カナタ!」
それを見たハルカが信じられないというような顔で、カナタに縋りつく。
「ハルカ、こうなってしまったらこいつから逃げるのは無理だ。こいつ……俺を見て笑ってやがる。なんとか逃げるくらいの時間はもたせる。早く逃げるんだ。上にいる奴らにもそう伝えてくれ」
なるべく強がって言ったつもりだったが、声が震えるのは止められなかった。でも言った事は本気だ。
「い、や。嫌だ!カナタを置いて逃げるなんてできないよ!」
髪を振り乱しながらハルカが叫ぶように言うのを見て、思わずカナタは片手でハルカを抱き寄せた。
「!」
驚いて固まったハルカの頭をぎゅっと抱きしめる。冷静で気丈なハルカが泣きそうになりながら自分を置いては行けないと叫ぶ姿を見て、とても愛おしくなったカナタはハルカに対する感情に気づいてしまった。
普通なら素直に感情を表わすことも照れや周りを気にして、とてもできないだろう。
それでもこれが最後と思えば何だってできるものだ。ハルカの頭を抱いていた力を緩めると、少し離してカナタを見上げるハルカ。
その頬に朱が差し、濡れた瞳はカナタをまっすぐに見つめている、やがてハルカの顔が、ゆっくりとカナタに近づく。内心ドキドキしながら、カナタも受け入れるべく顔を下げて……
「ゴン!」
「いったぁ!な、な、」
ハルカの額がカナタの額を打った。頭突きである、油断していたカナタは首がもげるんじゃないかと思ったほどだ。
いたずらが成功した時のように、一瞬だけニカッと笑ったハルカは軽くカナタの胸をこぶしでつきながら言う。
「ばかカナタ……余計に置いていけるわけないじゃない。それにそんなセリフは私より強くなってから言ってほしいわね。……私も戦う。誰かに守られるのは嫌じゃないけど、その後を一人で後悔して生きるなんてまっぴら!」
そう言うと、ハルカはカナタを一回だけ抱きしめると、離れて隣に並ぶ。
「それに、私は後ろよりも横に立っていたい!」
大きな声でそう言うと、勢いよく腰から刀を抜いた。
そんなハルカをマザーが舐める様な目つきで見て、ニヤァと笑ったように見えた。額を押さえて涙目になっていたカナタは、なぜかそんなハルカを見て嬉しくなってくるのだった。
「まぁ、そのほうがらしいか。油断すんなよ」
もうすぐ目の前までマザーは近寄ってきていた。
「ふっ!」
一瞬でマザーとの距離を詰めたハルカが先に動いた。挨拶とばかりに一番近い左の前足に斬りつけた。カナタに貰った新品の支給刀はさすがの切れ味をみせて、左前脚を半分以上斬りこんだ。
振りぬいた残心もそこそこにハルカはバックステップする。寸前までいた所に、マザーの太い手が振り下ろされた。
ハルカが飛び込んだのを見て、カナタは桜花をいったん納刀して鯉口だけ切った状態で神経を研ぎ澄ます。
前足を深く斬りこんだハルカが後ろに飛び退いたと同時に、マザーはその手をハルカめがけて振り下ろした。
地響きと土埃が舞う中、カナタの目は振り下ろしたマザーの右手を捉えて離さない。一瞬の間のあと、踏み込んだカナタは桜花を抜き放った。
「キェエエエエッ!!」
マザーの耳をつんざく声と、手首から先が地面に落ちる音がする。狙いを過たずカナタの剣筋は一番細い箇所である手首を断ち切っていた。
「?痛みを感じるのか……?」
暴れるようにカナタを狙った大振りの攻撃を難なく躱し、カナタはマザーに違和感を感じていた。感染者達は急所である延髄付近以外のどこを攻撃しても効果がない。身体の機能を壊すことはできるので全くないわけではないのだが、痛みで怯んだり、恐怖するようなことはない。
しかし目の前の感染者の親玉とでもいうべき存在は、ハルカに斬られて苛立ったようだったし手首から切り落とされた時などは痛みで悲鳴をあげたようにも見える。
その様子を見たハルカは、意外といけるんじゃないかと思ってしまった。いくら斬りつけても動きを止めないのを想像していたのだ。
それなら。と、ハルカは追撃をしようと先ほど斬りつけた足を再度斬るため、機会を窺う。そして異変に気付いた。
「あれ……。ねえカナタ、私半分以上斬ったと思ったんだけど、どう?」
「ええ?どうって、斬ったじゃないか……斬った、よな?」
二人の見ている先にはマザーの前足が、ハルカが半分以上深く斬りこんだ左の前足がある。
しかしどこにもそんな傷がないのだ。
そんなはずはない。手応えだってしっかりあった。一応他の脚も確認したがどこにもそれらしき傷跡すらない。
「どうして!?」
カナタが斬った部分はいまだ断面をさらしている。なぜ自分の斬った所だけなくなっているのだ。
それに気をとられ、混乱してタイミングを測りそこねたハルカがマザーの振り回す腕に当たり、数メートル飛ばされた。
「くうっ!」
何とか受け身は取ったが、体の芯まで響く攻撃は一撃で足に来ている。
「まずい、ハルカ!」
さらに攻撃を仕掛けて来るマザーにけん制でカナタが斬りつける。それほど深くはないが、脇腹の部分を少し切り裂いた。
その隙に刀を杖に立ち上がったハルカは距離をとる。
分かってはいたが、一筋縄ではいきそうにない。それに比べこちらは二回から三回まともに攻撃を受ければ、もう立ち上がる事はできないだろう。
当たり所が悪ければ一撃も十分あり得る。
周りを見るとダイゴのそばにスバルがいて、ケアをしているようだ。どっちにしても一度折れてしまった心はもろい、戦線に復帰させるのは危険だろう。
「こお……のっ!」
マザーにハルカが攻撃を仕掛けているが、すこし焦っているように見える。無理をしないといいが……
考えながらもカナタも攻撃を仕掛ける。
ハルカの攻撃に合わせて、マザーの狙いを分散させるようにハルカが斬った逆側を斬る。けして深追いはしない。
踏む込みすぎて一撃でももらうと戦線が崩壊するかもしれない。
「ハルカ!熱くなるな。冷静になってくれ!」
マザーの攻撃をかいくぐりながら刀を振り、ハルカにそう声をかけるがあまり効果はないようだ。
「なんでよ!」
悔しまぎれに、力づくで叩きつけた一撃はマザーの脚を断った。さすがにバランスを崩し、マザーは何歩か後退した。
「落ち着けハルカ!らしくないぞ。何ムキになってんだよ」
マザーが引いた隙にハルカに駆け寄ってカナタは言った。
「あれ、見てよ」
そう言ってハルカが指す方を見ると、さっきハルカが斬った足の部分から何か分泌液が流れ出ている。それはみるみるうちに、斬った箇所を塞ぎ何もなかったかのようにしてしまう。
「うそだろ……どうなってんだよ。そんなのありか]
思わずカナタは呟く。これではいくら斬っても勝てない……のか?
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