8-13
ギシギシといった音がだんだんとひどくなって、鉄柵の余命を知らせている。
ごくりと息を飲む音が聞こえる。チラリと横を見ると、険しい顔で睨むようにしているハルカ。よく見ればわずかに震えているのが分かる。自分だってそうなのだ。
ふと昔の事を思い出して、何も言わずハルカの手を握った。それに対してハルカは少しだけ驚いた表情をみせたが、一瞬だけ表情を和らげさせると、強く握り返してきた。№4に避難した日の夜、移動しているトラックの中で先の見えない不安に襲われ、眠れない夜をこうして過ごしたのを思い出したのだ。
ミシミシ、ギシギシと言った音に、パキン。ゴキン。といった甲高い音が混じってくる。いよいよか……
シュルシュルと言う音まで聞こえだした。
「何の音かしら?」
ハルカの声に我に返った。さっきから明らかに金属製ではない音も混じって聞こえる。
シュル シュル シュル……シュシュシュ。
確かに少し違う音がしている。そして近づいてきている。
そこで感染者の中で、様子が違う者がいる事に気づいた。後ろの方の感染者は違う方向を向いているのだ。
もしかしたら助けが来たかもしれない。音の正体はともかく、感染者の注意を引くくらいの何かがそこにあるのだ。
「ハルカ、誰か来てくれたかもしれないぞ」
カナタがハルカにそう言った瞬間だった。まさに瞬間の出来事。
カナタ達の目の前を白い塊がものすごい勢いで横切ったのだ。さっきから聞こえていたのはそれが出していた音で、遠ざかっていくその音はドオーンという衝突音と共に止んだ。
「え?今の……何かしら」
呆気にとられた顔でハルカは呟いた。カナタにも分からないが、一瞬見えたのは多分軽トラック。白の軽トラックが鉄柵の前でこっちに来ようと固まっている所をなぎ倒していった……
実際に目の前に立っている感染者は一体もいない。
「大成功!ふ、予定通り」
ずっと電源が切ってあったインカムからゆずの声が聞こえた。
「ゆず!!今のなんだあれ」
「話はあと。そこにいた感染者は不幸にもひき逃げにあった。今すぐそこを離れるべき。他の感染者が来るとまた面倒」
「あ、ああ。そうだな」
とりあえず答えてインカムから手を離し、ハルカに逃げようと手を伸ばした。
「え?ああ、うん……」
いまだ呆気に取られているハルカの手を取って、鉄柵を抜けるべく扉を開ける。いや、開けようとした。
「……だめだこれ。あかねえ。びくともしない」
「うそ!ちょっと」
そう言ってハルカも押したり引いたりしているが、完全に噛んでいるのか1mmたりとも動かない。さっき一部分だけ固定してる金具が外れた時に全体がゆがんでしまったのだろう。
「あーすまない。感染者を止めてくれてた扉が今度は俺たちを帰さないつもりらしい。応援を頼む」
インカムで応援を呼んだ。ハルカも諦めて肩で息をしている。
「こりゃ何か道具を使わないとびくともしないな。一番は焼き切るようなものがあればいいんだけど……」
とりあえずカナタ達がいる付近に役に立ちそうな道具はない。インカムからダイゴがすぐに向かうと返事があった。
「ダイゴが来てくれるみたいだ。何か道具を使って、こじ開ければなんとか……」
何しろすっかり変形してしまっている。あらためて感染者の力には驚かされる。
そうしているうちにダイゴがバールを片手に走って来てくれた。その後ろからスバルも来ている。
「カナタ君、少し離れてて!」
ダイゴはそう言うと、格子枠と扉のわずかな隙間に勢いをつけてバールを押し込む。
「ふ!うううううっ……」
見る見るうちにダイゴの顔が赤くなり、腕の筋肉が盛り上がる。
ギギ……
それでも何ミリかしか動かない。そのうちスバルも到着したので三人がかりでやったが結果は変わらなかった。
「だめだよこれ、もっと何か固くて長いものか、鉄切りのこでもあればいいけどちょっと探し……
「キヤアアアアッ!!」
「うわっ!」
「きゃあ!何今の音」
聞いたことない音だった。耳障りなでかい音。
周りを見ていたダイゴの視線が、一点で止まり顔色が今度は青くなっていく。
「ここから離れて!」
突然そう叫んだダイゴ。隣ではスバルがいち早く身を翻している。
とっさに反応できないでいたカナタ達を、ダイゴは柵の隙間から手を入れて強く押しやった。
その瞬間激しい衝撃がカナタ達を襲った。たまらず吹き飛ばされて数メートルも転がってやっと止まった。
何が起きたのか、咳き込みながらも先ほど立っていた場所を見ると、何もなかった。
両側にあった壁も、あれほど苦戦していた鉄柵も何も……
何が起きたのかまるで分らないが、隣にはハルカが倒れているし、俺たちを突き飛ばしてくれたダイゴも心配だ。
「大丈夫か、ハルカ」
「な、なんとか……何だったの?」
倒れているハルカに声をかけると、目を覚まして頭を振りながら立ち上がった。そして聞いてくるが、カナタにも答えられない。
ハルカに肩をかして、恐る恐る先ほどの場所らへんまで行くと、大量のがれきと粉々に粉砕された何か。少し離れた所に横たわるダイゴの姿を見つけた。スバルの姿は見えないが、おそらく逃げ切れたんだと思う。
「ダイゴ、おい無事か?」
カナタ達を突き飛ばした分逃げるのが遅れたはずだ。あれだけの衝撃、もし直撃していたら……
そう考えていたら、ダイゴが身を起こした。
「無事かい?カナタ君?ハルカちゃんも」
「ああ、ダイゴのおかげでな。で、何だったんだ今の。」
「分からない。けどすごい勢いだったから……」
言いながら立ち上がったダイゴの様相は惨憺たる有様だった。隊服はあちこちが破れ、下地のプロテクターが何カ所も露出していて、しかもその何カ所かは砕けている。持っていたバールは曲がっているしダイゴ自身も少なくない量の血を頭から流している。
「早く撤退しよう。あんなのがまた来たらもたない」
そう言うが早いか、インカムからスバルの声が飛び込んでくる。
「カナタ!聞こえるか?はやくそこから離れろ!そこはまずい」
やはりスバルは無事逃げる事ができたようだ。それに一安心するも、スバルがこれほど慌てるのは珍しい。そこまで急を要する物があるのか?言われなくても逃げるが。
幸いダイゴも大きいけがはなく、自分で歩けるようだ。そして、みんなが待つ場所へ帰ろうと歩き始める。
「キヤアアアアっ!」
「うっ」
「きゃあ!」
「うわっ}
またあの音が聞こえ、三人とも反射的に耳を抑えた。ひどく耳障りなのもあるが、かなり近くなっている。
「一体何なんだ!」
思わず文句を言ったその時だった。
「カナタさん、早く、逃げてください。高い所に、感染さに囲まれて、ます!
「花音ちゃん?」
「ゆずお姉ちゃんは撃てるとこに、行くって……はやくにげて……」
泣きながら必死に訴える花音の声に動揺しながらも周りを見るが、感染者は見当たらない。囲まれているというからには、それなりの数がいるのが見えるんだろう。
状況が分からないと、やみくもに逃げるというのも危うい行為だ。逃げてるつもりが敵に向かって進んでたなどという事が慌ててしまうと起こりえる。
「カナタ君、そこから見て南……最初に下った階段がある方に、逃げる。他の方向は、絶対……ダメ」
全力で動いているのか、息も絶え絶えにゆずが方向を教えてくれる。しかしさっきの何かが付近を破壊しているので方向が掴みにくい。降りて来た階段がどっちだったか……
周りを注意して見ていると、それらしき階段をやっと見つける事ができ、二人にもそれを伝える。そして、そっちに移動し始める。誰から言うまでもなく足早になっていた。もうやばい予感しかしないのだ。
ダーン ダーン ダーン ダーン ダーン
そこに規則的に銃声が響いた。ゆずのライフルだ。
何を撃っているのかここからでは分からない。今は逃げる事に専念するべきだ。
そう考えているのに……さっさと逃げたいのに、背中に氷を入れられたような冷たさと本能的な恐怖を感じて動けなくなってしまった。
「カナタ君、ハルカちゃん?どうしたの、早く逃げた方が……」
ダイゴは感じないのか、不思議な顔をしてこちらを見ている。
カナタとハルカは同時に、油の切れた機械のような動きで後ろを振り返る。背中を見せていられないのだ。
「ダイゴ……先に逃げろ。こいつはマジだ、やばい。本能が訴えてくる。」
「え、一体何の事さ。とりあえず逃げよう」
言葉でうまく説明できずに、戸惑っていると静かにゆずが話し出した。
「カナタ君、もうだめ。囲まれてる。私たちは、感染者のコロニーの中にいる」
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