8-12
「バカだよ……なんで降りてきちゃうのよ……こんなとこで死んじゃうんだよ?」
ハルカはもうこらえきれなくなったのか、溢れ出した涙をぬぐいながら震える声でカナタを責める。
「だから、見てらんなかったんだって……目の前で、その……仲間が死ぬのを、黙ってなんて」
仲間という部分でやや言いよどんだものの、やや不貞腐れたようにカナタはそう言った。
そしてその部分に込められた意味をハルカは悟る。
「ごめんね、カナタ。私が意地っ張りだから……置いて行かれたからって、ムキにならないでずっと一緒にいればこんな事にはならなかったのかもね……」
ハルカが自分のせいのように言うので否定しようとしたカナタは聞き逃せない言葉があったことに気づく。
「置いて言ったって……いつの事だよ」
「もう……忘れたの?最初に都市から出る任務の時、私に何も言わないで行っちゃったじゃない。あの後色々聞いて……なんだか居場所がなくなった気がして、その時に獅童さんが世話してくれて。それで六番隊に入ったんだから……」
ハルカは責めるように言うが、カナタとしてはそんなつもりは毛頭ない。確かに伝言を頼んだし、その後も……
そういえば、あの後ハルカと話すことが出来そうな時、必ず邪魔が入ったのを思い出す。
「なあハルカ、俺出る前の日に伝言をお願いしたんだけど聞いてないのか?」
「え?」
カナタがそう言うと、ぱちくりとした目でハルカは見る。その様子から返事を聞くまでもないようだ。
「ハルカが守備隊の寮に入った時からなんかおかしかったんだよな。橘さんは男女で暮らしてもいいような物件を選んだって言ってたし……ほら、寮の同室だった子。なんだったっけ…… あっ、絵麻って子だ。俺、寮まで行って……ハルカを呼び出したんだけどいなくて、同室だって言ってその絵麻って子が来て。ちゃんと時間と場所書いたメモ渡して……そうだ!IDカード使って入ったから記録にも残って……って、もどうでもいいか」
そこまで言って現在の状況を思い出し、投げやりに言った。
そのカナタの言葉にハルカは本気で驚いている様子だ。
「確かに寮に入ったばっかの頃に同じ部屋だった。なんかあんま感じよくない娘だったけど……伝言受けてつたえないなんて。でも、私も何度もカナタ達の寮に行ったんだよ?でも、いつもいないし……あの関西弁の子からカナタは私を危険な目に合わせたくなくて、わざと避けてるって聞いて。落ち込んでるとこを獅童さんが色々世話してくれて、何となくそのまま六番隊に……」
ハルカの言葉に今度はカナタが驚いた。
「いや、俺たちは……って伝言聞いてないならわかんないか。俺たちは松柴さんの実家に行ってたんだよ。そこで色々あって、結構時間かかったから……その後都市に戻ってからはすぐ十一番隊になって、宿舎も今の隊舎に変わったから……すれ違ったんだと思う。」
二人の話を合わせると、なんだかハルカを引き離そうと何者かの思惑が働いているように感じる。でも何のためにそんな事を、誰がやるというのか。
「こうなる前に知ってたら、何か変わったのかもね……」
どこか遠い所を見るような目をしてハルカは呟いた。話している間にも感染者が鉄柵を押す音はずっと聞こえている。そして段々そこにきしむような音が混じってきている。
「なんだよ、まだ終わってないだろ?例えば、あそこにいる感染者を全部倒してしまえば、ここから脱出できるじゃないか。」
何をバカな事を……と、言いかけたハルカはその顔を見て口に出せなかった。諦めてないのだ。今も何かいい方法は無いかと考えてる。そんな顔をしている。
「カナタ……でも、あの数だよ?十や二十じゃきかないくらいいるんだよ?そんなのどうやって……」
自分で言いながら絶望で嫌になってくる数だ。たった二人でカナタはともかく自分の武器はもう役に立たない。切れ味なんてとっくになくなってる。
ハルカが自分の持つ支給刀を見詰めていると、カナタは自分の荷物から包装されたままの支給刀を出した。
「これ使えよ。俺はこいつがあるから。」
そう言って、腰の桜花を軽くこぶしで叩く。カチャンと鳴る音が任せろと言っているようだ。
「でもそれを貰ったらカナタの予備が……」
刀の切れ味はいつまでももたない。とくに人の体を斬ると血と脂ですぐに切れ味が落ちる。支給刀は特にひどいのだ。だから簡単に刃の部分を交換できる造りになっている。
「いや、持ってても使わないから……実際一度も実戦で使った事ないんだよね」
初めて支給刀を渡された時、カナタはすでに龍さんの師匠が打ったという無銘の刀を持っていた。訓練で何度か使ったが、比べてしまうととても使う気にならないレベルだったのだ。
その後桜花に変わってからは、桜花しか使ってない。現に今渡した支給刀も開封すらしないでしまっていたくらいだ。
「そこまで違うんだ……でも、それでもあの数は……」
今にも鉄柵を倒しこっちに入ってこようとしている感染者を前に、ハルカの気持ちは折れてしまっているのかもしれない。
カナタとて、この状況で簡単に生き延びれるとは思っていない。でもハルカに比べ、まだ希望が残っていた。仲間の存在だ。
何か探すと言ったきり戻ってこないスバルだが、きっと必死に考えているはずだ。
通信を切ったきりどうしているか分からないが、ゆずもいる。ダイゴや白蓮さん達も。
その心の支えのあるなしは大きいのだろう。しかし折れてしまった心はもろい。例え勝てるものも勝てなくなる。
「なあハルカ?」
そう言ってカナタはハルカの両肩に手を置いて、自分の方を向かせてその目を見つめる。
「ちょ、ちょっと……なに、こんな時に……そ、それは最後かもしれないけど……」
何やらハルカはひどく慌てているようだが、構わず強く言った。
「十一番隊をなめるなよ?」
「え?」
「まだ俺たちには仲間がいるじゃないか。あいつら何をしでかすか分からないけどさ。頼りにはなるんだ。きっとどうにかしようと動いているはずなんだ。だから俺は諦めない!」
ハルカの目を見てカナタは力を込めてそう言った。
「あ、ああ。そうね、うん、そうだよね……はぁ……」
ハルカはそんなカナタを見て、微妙な返事をすると項垂れてしまった。力づけるために言ったのだが、うまくいかなかったのかな?
カナタがそう考えて、少し慌てだしているとハルカはスッと顔をあげて、カナタの背中を平手で思いっきり叩いた。
「いってえ!」
「ふふ。うんそうだね。私も諦めない、もうちょっと頑張ってみるよ!」
そう言ったハルカの顔は、いくらかいつもの顔に戻っていた。
ただ、何で叩かれたのか納得できないカナタは口をとがらせて文句を言っている。
「うるっさい!ばかカナタ」
文句を言うカナタに、笑いながらそう言うハルカ。
「え~……なんだよそれ」
釈然としないカナタに笑いかけながら、ハルカは自分が使っていた支給刀を鞘ごと外し感染者に向かって投げつけた。
そしてカナタに貰った方を腰に差し、一回撫でると両手でこぶしを作って気合を入れた。
「うっし!」
昔、道場で稽古や試合の前によく見た姿だ。それを見たカナタは少しだけほっとした気持ちになった。
そしてハルカの隣に並んで、今にも鉄柵を破り入ってこようとしている感染者達の方をにらむ。
ハルカもそんなカナタをチラリと横目で見て、同じように向き合った。
鉄柵が破れるまで、もういくらもないだろう。この瞬間にも破りあの集団が一気に襲い掛かってくるかもしれない。
さっきまで折れかけていた心の中に、不思議な一本の強い芯が出来ている事にハルカは気づいた。きっとこの芯はそう簡単に折れないだろう。そしてこれが折れない限り諦めずに戦おう。ハルカは心の中で強く思うのだった。
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