8-11
カナタ達が見下ろしている小路はゆずの言う通り先は袋小路になっている。恐らく個人のお宅へ行くための道なんだろう。逆に視線をやると、表の通りに面したところにちょっとした格子の柵があり、仕切られている。そこが境界なんだろうが、そこに数えきれないほどの感染者が先を争うように群がっているのだ。
柵は鉄製で高さ2m近くあり真ん中に人が通れるような扉がついている。錆びてはいるもののまだしっかりしているようではある。もともとかけてあったのか、ここに逃げ込む時にかけたのか扉には鎖が掛けられていて、30cmほどの隙間しか開かないようだ。
現在その隙間に体をねじ込むようにして感染者が無理やり入って来ていて、すぐにその後からも入ろうと体を隙間にねじ込んでいる。
入ってきた感染者は、すぐさま柵の内側に立つハルカが切り伏せている。
幸い一度に通れないし、一体通るのにも時間がかかっている。そのためなんとかなっているが、柵は丈夫でも柵を固定してある部分は木製の壁で、もう何本かのビスが浮いており蝶番もぐらついているのが見える。
もし、柵が倒れでもしたらその時点でアウトだ。
カナタは屋根の端まで行き下を見る。昇る時にはそう思わなかったが、妙に高さがある。そう思ったら、下の道は道路からだいぶ下り坂になっている。とても一人では屋根の上に上がるなんて事は出来ない高さだ。それでも上から引き揚げればなんとか……考えながら、屋根の上から屈んで下で刀を振るうハルカに声をかける。
「おい、ハルカ!」
声に気づき、はじかれたように振り返るハルカの表情には疲れと諦念がはっきりと浮かんでいた。
「カナタ!?」
「ハルカ、ここに飛ぶんだ。引き上げてやるから!その柵は長くはもたない!」
カナタは屋根の上からハルカを引き上げるために手を目いっぱい伸ばした。そのカナタを落ちないようにスバルが支えている。
それを見たハルカの顔が、一瞬嬉しそうになったがすぐに元に戻った。
「ありがとう、ごめんね。でも、だめなの。この奥の家にケガした仲間がいるの。彼らは歩くのもやっとだから……もう……逃げ道もないんだけど……ごめんね!置いて逃げるなんてできない。」
カナタの姿を見て泣きそうな表情になりながらも最後は強く言った。悲壮な決意をにじませている。きっと何を言っても翻すことはないだろう。
「ごめんね?助けにきてくれたんだよね?私はいいから……奥にいる仲間も連れて逃げるのは無理だと思う。ここで……ううん、なんとかするから、先に逃げてカナタ!」
見つめるカナタから目を逸らし、そう言うとハルカはまた新たに入ってきた感染者を切り捨てる。相手の動きが遅いとはいえ見事な腕だ。それでも所詮支給刀、すでに斬るではなく叩き折っているといっていい。それにいままでと違う動きをする個体もいる。
「カナタ!俺が降りてけが人連れてくるから、引き上げてくれ。屋根の上に逃がせば……」
スバルがそう言って、降りようと下を見て止まった。何もないのだ。カナタ達が乗っている家も小路に面した部分は全面が壁になっているし、足場になるようなものが何も置いてないため、なんとか飛び降りはできても、また昇るのは……しかもここをけが人を連れてまた上がるのはきっと無理だろう。せめてもう二人くらいいれば……
「いいの!私も感染者に囲まれる前に色々考えたけど、無理そうだった。……ケガしてる隊員の中には体の大きい人もいるし……ダイゴ君くらいあるから、無理でしょ?」
あえてだろう。少し冗談めいた口調でハルカが言う。その間にも何か挽回の一手が無いか、必死に周りに視線を動かしていたカナタだったが、無情にも使えそうな物も、いいアイデアも何も見当たらない。
「ごめんね、カナタ。わたし……いつも意地っ張りだよね。最後まで……」
「馬鹿野郎、謝んなよこんな所で!クッソ、何かないか何か……」
顔をそむけたまま言ったハルカの言葉に、思わず叫び返したカナタ必死に頭を巡らせるが、焦る気持ちでいっぱいの頭は何の妙案も生み出してくれない。そうしているうちにも、またむりやり入ってきた感染者を倒すハルカ。
「ハルカちゃん……カナタ……」
隣のスバルも二人を交互に見つめ、立ち尽くしている。
みし……びきっ!……
そこに不吉な音が聞こえてきた。多数の感染者に押されて鉄製の頑丈そうな格子枠が悲鳴をあげている。枠自体は頑丈でも壁に固定されている部分が限界を訴えているのだ。
「まずい……」
スバルが呆然と呟く。
ガシャン!
それと同時に、今度は逆側から大きな物音がした。そっちを見ると、小さな倉庫があるだけだ。そしてそこにはハルカの言うけが人が……
「まさか……」
同じくそちらを見ていたスバルの顔が青ざめる。また新たに入ってきた感染者を斬ったハルカの顔にも苦渋の表情が浮かんでいた。
カナタとスバルが見つめる先の倉庫からゆっくりと姿を現したのは……
「屋敷さん……」
ハルカがその姿を見て、苦しそうに名前を言った。
六番隊の隊服を身に着け、腕にえぐられたような傷があり口元を血に染めた中年の男性だった。
「感染していたのかよ……」
呆然としたカナタの口から思わず言葉がこぼれた。
しかも、ハルカの口ぶりではそこには複数の者が避難しているようだった。しかし出てきた人物の様子を見る限り、おそらく中にいた人はもう……
ハルカは、辛そうな顔をして屋敷と呼ばれた感染者を見つめている。その様子を見る限りハルカにとって大切な人だったのだろう。
その間にもゆっくりと屋敷はハルカに向かって歩いて来る。そして道路の方からも新たに一体感染者が侵入してきている。
「おい、ハルカ!くそっ……」
それを見たカナタは居ても立ってもいられなくなり、飛び降りてしまう。
「おいバカ、カナタっ!」
叫ぶスバルの声を背に、飛び降りざまに抜いた桜花で侵入してきた感染者の頭を割って、その場に転がって着地の衝撃を逃がす。
その音に慌ててハルカが振り返って、息を飲む。
「カナタ!なんで降りてきちゃうのよ!ここ逃げ道ないんだよ?」
ハルカはカナタに縋りついて思わず悲鳴交じりに叫んでしまう。
「うるせ、黙って見てられるか。それよりまずは……あの人、大事な人なんだろ?葬ってやらないと、可哀そうだろ」
カナタの襟首をつかんで、責める様に言うハルカをやんわりと引き剥がし、屋敷と呼ばれた感染者を目線で指す。
それを聞いて、そっちを見たハルカは少しだけ頷いて数歩近づくと、姿勢を正して一礼した。
「屋敷さん……今までありがとうございました!」
そして刀を振り上げたものの、手が震えて振り下ろせない。
それを見たカナタは、そっとハルカの肩を引いて、自分が前に出ると桜花を一閃する。
急所の延髄を砕く感触が手に伝わり、目の前の男性から急速に力が抜けていくのがわかった。
そして崩れ落ちる瞬間、カナタは目が合った気がした。もう自我はないはずのその目が、ありがとうと、告げていたように感じて苦いものがこみ上げてくる……
「ごめん……カナタ。」
未だ震える手を抑え、項垂れたままハルカは小さな声で礼を言った。
「カナタ!今はあいつら入ってこれなくなってる。なんとか上がるんだ!」
屋根の上からスバルが叫ぶ。見ると、さっき壊れた格子枠の一部が外れたせいで全体がゆがんで扉の隙間がなくなっている。
屋根の上から手を伸ばすスバルに向かって、一番低い所からジャンプするが30cmほど届かない。
改めて周りを見るが踏み台になりそうな物もないし、もちろん登れそうなところもない。
「諦めんなよ!俺何か探してくるから……絶対諦めんなよ!」
そう言ってスバルは姿が見えなくなった。屋根の向こう側に何かないか探すつもりなのだろう。
しかし、扉から入ってこれなくなった感染者達の柵を押す圧力は一段と強くなっていて、他の固定してある部分の限界も近そうだ。
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