8-10
カナタ達は元居た場所まで撤退すべく走り出そうとしていた。
「あ……」
そんな時にインカムからそんな声が聞こえる。
「おいおい、どうかしたのか?今の声ゆずだろ」
まるで忘れていた何かを思い出した時の声に似ていて、とても嫌な予感がする……せめて軽微な物であってくれ。カナタはそう祈っていた。
「ごめんつい。……えと、カナタ君逃げるついでに持って行ってほしい。カナタ君から見ては左後方。そう、そのすぐ後ろのごみを入れる箱。その裏側にあるから」
なんとも的を得ないゆずの言葉であるが、みんな聞くのもなんか怖いので、とりあえずカナタは確認することにした。ゆずの言うのは、ごみ置き場に置いてある地区の人がごみをいれる箱だ。今は金網で作ってあったりするが、昔は木で作ってあったのが主流だった。
目の前にあるごみ箱もそうだ。しかもかなり大きめの。その裏……
カナタがそっと覗くと、そこには一心不乱にメモにペンを走らせる喰代博士の姿があった。
おもわず額に手をあてて、天を仰ぐ。
いや、これくらいならましか。ましか?ましと思っとこう。何も考えず感染者に突撃されるよりかは……隠れている分だけ。
どこか自分に言い聞かせるようにまとめると、喰代博士に声をかけた。
「博士!」
「はい?あ、カナタさん。これはすごい事ですよ!走る感染者を見るつもりだったのに、まさかジャンプする感染者までいるなんて……一体この次はどんな感染者が出て来るんでしょうか?」
「いや、これで打ち止めでお願いします。どんなのも出てこないで」
まるで、次が楽しみかの如く話す喰代にカナタは呆れた声で返す。しかも指示に背いてここまでかってにきているのに全く悪びれる様子もない。
……まぁそこはここまでこの人と行動を共にしてきて諦めてしまっている部分があるが……
「ほら、行きますよ。ここは危険なんだから。まったくもう……」
見ると、腰に結んでいた紐は無残にもちぎられていた。切るならわかるのだが、ちぎるとなると難しいとおもうのだが……カナタが紐を注視しているのに気づくと喰代博士は、すっと視線を逸らせた。
……本気でこの人を止めようと思ったら、今度は鎖かなんかで拘束しないといけないかもしれない。
目をそらす喰代博士に白い眼を向けながらカナタはそう考えていた。
「ダイゴ、博士を頼めるか?」
「うん、わかった」
勝手にどっか行かせないためにも、ダイゴに背負ってもらう事にした。この人は放っておくと感染者と腕組んで歩きかねない。
喰代博士をダイゴに任せ、今度こそ行こうとして時だった。
「カナタ君!」
こっちを監視しているゆずの声。先ほどとは明らかに違う緊迫した声だ。
「そこから見て、一本向こうの通り。人がいる。たぶん感染者から隠れようとしていたけど見つかった感じ。……誰かが戦っている。まずいかも、その通りは袋小路になってる。え?…………そいつはどうでもいい。さっき何て言った?」
途中からゆずは誰かと会話しているような感じになって、しかも険悪な雰囲気だ。声をかけづらくスバルと顔を見合わせる。
無言で合図して、ダイゴを先に戻す。喰代博士を安全な場所に送るためだ。
ダイゴが博士を背負って、先にこの場を離れると同時にゆずから再度通信が入る。
「ごめんカナタ君。六番隊のやつが気になる事を言ってたから。」
「大丈夫だ。あいつら無事についたんだな、よかった。」
「良くない。もう一回感染者の中に放り込んでやろうかと思った。詳しい事は後で話す。とりあえずさっき言ったところにカナタの知り合いのハルカさん?がいる。負傷者がでて逃げ遅れたらしい。」
何があったのか分からないが、かなりイラついてる雰囲気のゆずが聞き流せない事を言った。
「本当か?ハルカがあそこにいるのか?」
「うん。六番隊の奴らが言ってる。あいつら自分達だけ逃げてきたらしい。今翠蓮から正座させられてる」
翠蓮さん怒らせると怖いからな。と考えていたら、横から翠蓮さんとマンツーマンで説教とか、もはやご褒美だよな?などと呟く奴が隣にいて、何とも言えない顔になってしまっていた。
「ああ……。と、とりあえず様子はどうだ?そこから見えるか」
気を取り直してゆずに聞くと、大部分は建物の影になって見えないらしい。時折見える様子から判断すると、ハルカが誰かをかばって、守りやすい場所を利用して戦っているようだとの事。
しかし見る限り逃げ道は感染者の集団によって完全にふさがれていて、援軍なしには脱出は無理だろうとの事。
カナタ達はダイゴを送り出してから、屋根の上に登っている。二人なら身軽でもあるので、この方が早い。
「獅童はどうしたんだ?仲間を置いて逃げたりはしないだろう、さすがに」
カナタと獅童は反りが合わず、お互いに嫌っているがそこまでひどい奴とは思っていない。しかしゆずから帰ってきた答えは……
「……今、確認した。少しだけマザーと接触できたらしく、研究者を護衛して先に撤退したそう。」
はっきりわかるくらいゆずの声のトーンが落ちている。これはかなりキレている時の声だ。あの二人撃たれてなけりゃいいが。
しかし、ゆずでなくとも怒って仕方ない事ではある。隊員を残して隊長が先に逃げるなんてあってはならない。と、カナタは思っている。どうしようもない場面に出くわすこともあるだろう。断腸の思いで切り捨てる決断をせざるを得ないのも隊長の決断ではある。
しかし聞く限り、マザーの情報を優先して動いている節がある。たしかに今後を左右する情報だったのかもしれないが……
「よそう。部外者がいろいろ言っても仕方ない事だ。これからハルカたちの救出も試みる。無理なようなら……諦めるが、手は尽くしたい」
それぞれ思う事はあるだろうが、当事者がいない所で何を言っても仕方ない事だ。それをあえてインカムで伝えた。
「了解、こちらもできるだけ援護できるよう動く。」ブッ。
「いや、ゆずは……っておい、ゆず?くそ、あいつインカム切りやがった!」
こっちは非戦闘員を多く抱えてるから、撤退できるように準備しておくように言おうと思ったら、ゆずは言いたいことを言うとインカムの電源を切ってしまった。
きっとそう言われると分かっていたんだろうが……
「ははっ。あいつらしい、帰ったらお説教だなカナタ」
スバルが笑いながら言った。
「まったく……「ダイゴ、聞こえるか?みんなの所に戻ったらいつでも撤退できるように準備しておくように言って置いてくれ」……ああなったら言う事聞かないからな」
ゆずにとってカナタを置いて撤退するなんてことはあり得ないらしく、可能性があるだけで徹底的に拒否してくる。以前も似たような事があって、どうしても聞かない場面があった。帰ってから説教したのだが、今後似たような場面で従うと言う言葉には頑として首を振らなかった。
根負けしてカナタが折れてしまうくらいに。
「了解。伝えて戻るよ」
ダイゴから短く返事があった。
「いや、ゆずがこっちの指示を無視して動いてるからそっちでみんなを誘導して欲しいんだ」
「了解、そう伝えて戻るよ」
「おい」
「…………」
はあ……。
肩を落とすカナタの隣で、声を殺してスバルは笑っている。
「まあ、うちはそんなもんだ。別に隊長命令を軽んじてるわけじゃないから気にすんな!」
そう言ってスバルが肩を叩いてくるが、カナタは憮然とした表情のままハルカがいる通りを目指して、屋根の上を移動し始めた。
そうしてやってきた所は、気が遠くなりそうな様相を呈していた。
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