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悄然としているヒナタを、ゆずと花音が悲しそうな顔で見ている。そしてそんな二人に気づくと、ヒナタは明るく振舞って見せる。
痛々しいほどに……それが二人にはたまらなく悲しかった。
出会ってからそれほど経ってもいないが、二人はヒナタの事が大好きになっていたのだ。
「ヒナタは優しすぎる……」
そんなヒナタを見て、思わずゆずの口からそんな言葉がこぼれ落ちた。もともと他人に対してあまり関心を持つ方ではないゆずは自分でも驚いている。が、それは心の奥の本音がこぼれたものである。
「えっ?」
ゆずの言葉に少し意外そうな顔でヒナタは反応する。
「ヒナタは何も悪くない!ヒナタが何をしてきたのかは知らない。でもきっとひどい事。それは全部あの男がヒナタの体を使ってやった。全部あの男が悪い!やっぱりあの時撃っておくべきだったのに!」
言っているうちに激高してきたのか、地団太を踏まんばかりの勢いでゆずが言う。
「ゆずちゃん……」
「気にするなとか言わない。でも、……ねぇ私はヒナタの事を大切な友達と思ってる。きっと花音もそう。ヒナタは……」
目に涙を浮かべながらそこまで言うとゆずは俯いてしまう。言葉に詰まったかのように。
そんなゆずの背中を優しくなでながら花音が話しだした。ゆずの代弁をするかにように。
「ゆずお姉ちゃんは、きっと悔しいんだと思うの……その、ヒナタお姉ちゃんの事が大好きだから。私も……」
花音はか細い声で、途切れながらもそう言った。
「ゆずちゃん……花音ちゃん……」
黙って聞いているヒナタの目にも涙が浮かんでいる。周りのみんなは誰も何も言わない。ただ黙って見守る様に、邪魔しないように物音一つ立てないようにしている。
「私は!……私たちにも気遣っているヒナタを見るのが辛い……」
もはや涙をぬぐうこともせず、ただヒナタをまっすぐに見てゆずは言った。右手でぎゅっと花音の手を握っているのは花音もそうなんだという意思表示だろうか。
「ヒナタお姉ちゃんは……とっても強い。でも、ね?もっと甘えてもいいと思うな」
花音がそう言うと、まっすぐヒナタを見ていたゆずは力強く薄い胸を張って、手で強く叩いた。まるで私の胸に飛び込んで来い!と言わんばかりの仕草だ。
とうとうヒナタも、決壊したかのように涙があふれだしていた。
「うん……うん。私ね?自分が怖いの。自分が自分でなくなっちゃうようになる時があって……もしみんなを傷つけたりしたらって思うと……もし、私が私でなくなってしまったらって思うと、とっても怖いの。」
言いながら、地面にぽつぽつと涙の跡を残しながら、ヒナタはゆず達に向かって歩き出した。ゆっくりと、でもそれは物理的にも精神的にも確実に距離を縮めていく。
「私ね?いっぱいひどい事してきた。花音ちゃんは強いって言ってくれたけど、私はほんとはとっても弱いの……自分の中に閉じこもって、ただ言いなりになって人を傷つけて、殺して……私ね、人殺しなの……」
そう言ったところで、ヒナタは歩みを止めた。ここから距離を縮めることが難しいと言うように。
「関係ない!」
しかし、ヒナタが縮めることが出来なかった距離を容易くゆずが飛び越えてきた。
「ヒナタ、ヒナタの刀。人をいっぱい斬ってきた。どう思う?」
至近距離で、ヒナタの腰にある短刀を指し、ゆずは言った。いきなりの問いかけにヒナタは目を丸くしながらもなんとか答える。
「え?それは……別に、この刀が悪いわけじゃないし……」
「それ!」
「えっ?」
「あの男の一緒にいた時のヒナタは、自分の考えとかじゃなくて、あの男の言いなりになっていた。あの男がそうさせていた。つまりその刀と同じ!」
暴論といえば暴論である。ゆずは操られている時のヒナタは、克也の道具と同じだったと言うのだ。ただの道具だったヒナタは悪くないと……
しかし不思議とヒナタの心にすっと染み入っていき、心が軽くなったのをヒナタは確実に感じた。それは言っている内容ではなく、ただゆずへの信頼だったのかもしれない。
そこまで言って自分をかばってくれる二人の友人は、ただヒナタの事だけを見ている。それは下心と利用しようという心で自分を見ていた克也の目を塗りつぶしてくれる。そんな力を感じた。
ヒナタがどうしても縮めることが出来なかった距離を、飛び越えて自分の元に来てくれた二人の友人を見ていると、たまらなくなってヒナタは二人に抱き着いた。
三人とも大粒の涙を流しながら抱き合っているのを見て、一つ大きな問題が解決に向かっていることを確信して周りにホッとした空気が流れる。
ヒナタの事は周りの大人たちも当然気にしていたのだ。しかしとても難しい問題に大人たちは手を出しあぐねていた。もしかしたら時間が解決してくれるとさえ思っていたかもしれない。それをあの少女たちは真っ向からぶつかり、壁をよじ登っていってしまった。
それは同年代ゆえか、若さゆえか……とても眩しいものを見ている気持ちにさせてしまう光景だった。
「はーい、話がまとまりましたかぁ?皆さん仲良しで大変いいことです~。そろそろ監視に戻りましょうか?カナタさん達が困っちゃいますから~」
しかしそんな雰囲気も白蓮にかかってしまえば余韻も何もあったものじゃなくなってしまうようだ。
いつもの調子で、監視任務に戻るようにそれぞれの背中を押して、監視位置まで押して行ってしまった。
「あやつも難儀な性格よの」
龍がそんな後ろ姿を見ながらポツリと呟く。
「はい。でもそれが白蓮ですから」
微笑んで翠蓮はそう返した。白蓮のいつもと変わらぬ雰囲気にヒナタ達は押されながら苦笑いしているが、そんな白蓮はほんの少し前まで滂沱の涙を流し、言葉も出ないほどだったのだから。
ヒナタが自分をさらし、ゆず達がそれを受け入れ周りが安心したあたりからハッと周りを見て、感染者から逃げる二人の男がまだ健在であることを確認してから、涙を拭いて表情を作るとヒナタ達の元に行ったのだ。
つまり、白蓮もその時まで監視の事は忘れていたようだ。
白蓮はそのまま三人と共に監視をするつもりの様で、双眼鏡を手にしている。翠蓮は荷物から床几を出すと龍の方にそっと置いた。
この付近には感染者もいないでしょうが、私が警戒を。先生はしばしお休みになっていてください。またいつ移動が始まるかわかりません。」
そう言う翠蓮に、あまり構わないよう言おうとした龍だったが、己の体力を考え言う通りに腰掛けた。年齢を考えても若い者よりもかなり体力的に劣る。翠蓮の言う通りに休める時には休んでおくべきだろう。動けなくなり足をひっぱりたくはない。
素直に龍が休憩し始めたのを見て、翠蓮は周りの状況を確認する。
「あら……」
そこでようやく気付く。喰代藍の姿がどこにもない事に……
自分たちのいない間にそんな事があっているとはつゆ知らず、カナタ達は目指していた場所にようやくたどり着いた。
同時にインカムからゆずの声が聞こえ、逃げている男性達と自分達との位置関係を知らせてくれる。
「ちょうどいいくらいだったね。」
ポリカーボネートの盾を確かめながらダイゴが言う。軽く頑丈な盾もずいぶん傷んできているようだ。なにしろ感染者達は己のみを顧みず突進してくるので、どうしてもダメージが蓄積してしまうのだ。
「また探さないとな。」
ダイゴの盾を見ながらスバルが言った。表面は汚れと細かい傷はあるが問題なさそうでも、裏側の人が持つほうがぐらついている。これまでビスで増し締めしたり誤魔化して使ってきたが、もう手の施しようがない。
「仕方ないね、ずいぶん守ってくれたからね。今回までがんばってくれればいいよ」
ポリカの盾の表面を拭きながらダイゴはそう言った。これは探索中に見つけた物で、都市からの支給品ではない。きっと在庫もないだろうから地道に探すしかないのだ。
「今度みんなの装備を改めて見繕うのもいいかもな。おっ、近くまで来たみたいだぞ」
カナタがそう提案しているとインカムから再度ゆずの声が聞こえた。もうだいぶ近くまで来ているらしい。
「角のぎりぎりで待ち構えよう。二人をこっちに逃がしてから後続を叩く。うまくやればその後ろに見つからずに俺たちも逃げれるかもしれない」
そう言いながらカナタは、桜花の柄を握って移動する。もうすぐそこに、駆けてくる足音が聞こえてきていた。
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