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8-7

待ち構えていた神社を下り、集落の方へと進む。ここは二年前にマザーのコロニーに飲み込まれた小さい町だ。たった二年人が住まないだけで、これほどか。というくらい傷んでいる。


 特に町を横切るように破壊しながら進んだ跡がひどい。他の感染者は障害物があれば基本避けて通るが、マザーとマザーのとなりにいる嚢腫格は、障害物があっても直進するようで、建物などは破壊し尽くされている。


 「でも、今回に限って言えば、この跡がいい目印になるわね」


 マザーが通った後を詳細に確認していた喰代博士が立ち上がりながら言った。破壊の跡は町をほとんど直線で進んでいる。つまりこの直線の延長線上にマザーはいるという事だ。大きくルートを変えていない事が前提ではあるが、この跡を追っていけばそう大きくは外れないだろう。


 さすがに進路上では、はぐれたのか数体の感染者の姿が見える。今もこちらの移動している先の角から二体姿を見せた。


男性と女性の感染者で、農作業っぽい服を着ていたと思われるが、時間が経ちぼろ布同然になっている。


「来るよカナタ君」


 先頭のダイゴが盾を構えて、警告の声を上げる。

 二体の感染者はすでにこちらに気づいていて、こちらを掴まんと両手を前にあげて迫って来ていた。


 二体の感染者は大人の歩く速度の半分くらいのスピードで歩いてきている。ダイゴは盾を構えたまま近い方の感染者に勢いをつけて、盾からぶつかる。


「ああぁぁ~」


 声にならない声を出しながら、ダイゴを捕まえようと手を伸ばすのをうまくさばいている。


「おりゃっ!」


 ダイゴの脇から素早く出たスバルが、少し回り込んで首筋を後ろ側から支給刀で斬った。

 支給刀ができてから、隊員たちは剣技も学んでいる。スバルも例外ではなく、一応刀を扱えるレベルには達している。

 狙いは外さず、後頭部のやや下。延髄付近に入ったスバルの一撃は、急所まで達したようで、その感染者は膝から崩れ落ちる様にその場に倒れ伏した。


「よっしゃもう一体!」


 うまく一体目を一撃で倒せたスバルが、勢いに乗ってそう言うのと、チン!と言う納刀した音が同時に聞こえる。

 スバルが一体目を斬った時、すでに動いていたヒナタが両手に短刀を持って、二体目に向かっていたのだ。

 カナタが短刀・梅雪を渡してから時間があれば白蓮さんに手ほどきを受けていたヒナタの攻撃は、目にも止まらぬ速さで感染者の首を切り裂いていた。


 ヒナタが納刀してからも数歩歩いた感染者だったが、歩くたびに首がずれていき、ころりと転がり落ちた。

 「うん、ヒナタちゃん。今のはいい感じでした。普通のサイズの刀とは間合いがだいぶ違うので、心配してましたが、すっかり自分の間合いにできてますね~。」


 すぐ後ろで、その様を見ていた白蓮がヒナタに向かって褒めている。


「ありがとうございます。でも長さが短いから刃が当たってる時間も短いし、むずかしいですね。」


ヒナタはまだ納得できるレベルに至ってないのか、首をかしげながら短刀を振る動きをしている。少し離れた所では、ヒナタの切り口と自分の切り口を比べていたスバルが、がっくりと肩を落としていた。


「短刀に負けた……」


 「まあまあ、スバル君。ヒナタちゃんは有段者みたいなものだから」


 ダイゴはそう言って慰めているが、スバルは肩を落としたままだ。スバルは一般的な長さで打刀のサイズである支給刀を使っている。引かないと斬れない日本刀では、深く切り裂こうと思えば対象に接している時間が長いほど深く斬る事ができる。いくらヒナタの使う短刀が良く切れるといっても、長さが短い短刀では傷は浅くなりやすい。


 それに比べ、打刀サイズでヒナタより浅くしか斬れなかったのが少々ショックだったようだ。


「スバルさん、他人と自分を比べてもいい事ないですよぉ?ましてヒナタさんとはいろいろ条件も違う訳ですし~」


 落ち込むスバルに気づいた白蓮さんがフォローしてくれている。スバルには悪いが、ゆっくり落ち込んでる暇もないのだ。スバルもそれは分かっているのか、苦笑いを残して付近の警戒をしながらまた進みだす。


 それからも数体の感染者を危なげもなく退けたカナタ達は、やがて驚くべき光景を目にすることになる。

 場所は、この町の商店街といったところか、あまり広くない道の両側にシャッターの降りている個人商店の店舗らしき建物が並んでいる。

 昔よくあった風景に懐かしさを覚えるような風景のはずが、あふれかえる感染者で見た事がないような光景になっていた。


「なんだこれ……」


 先頭を歩いていたスバルが、思わず立ち止まって呟いていた。


 「ねえ、あれ!」


 その横に並んだダイゴが何かを見つけ指さした。ダイゴの差す方を見ると複数の感染者に追われるようにして二人の男性がこっちに向かって駆けてきている。


「とりあえず助けないと!」


 そう言って走り出そうとするダイゴをスバルが止めた。


 「待てよ!正面から行ったら、今度は俺らが追われるだけだろうが!こんな時はなぁ……カナタ!指揮」


 スバルの言葉に力が抜けて崩れ落ちそうになったが、コントをやっている余裕もないようだ。こっちに向かって逃げて来る二人の後ろには感染者の集団、およそ十数体だろうか。それに追われているのだが、そこに二体ほど動きの違うのが混じっていた。


「ああ。あれは走るやつですねぇ。姉さんと小屋で戦った時にだいぶ苦労しましたぁ」


 白蓮さんが横まできてそう語った。話には聞いていたが、ほんとに走るのを見ると恐ろしいものがある。もし感染者全員が走るようになったら……


「見た目は普通の感染者と変わりませんからね。いきなり走り出すので対応に苦慮いたしました。」


 声を聞いてやってきた翠蓮さんがそう言う隣で、喰代博士がメモを取っている。


 「あれが……」


 話は聞いていたが、実際見るとなかなか恐ろしいものがある。もし感染者全員が走るようになれば……


 頭を振って余計な考えを振り払う。もしそうなったらなった時に考えればいい事だ。


「スバルの言う通り正面から行くと、後続の感染者にも見つかる。あそこの狭い道に誘い込んで、二人を救出して撤退する。」


 カナタが指したのは、一本の細い道があった。逃げて来る二人からしたら直角に曲がっているので、後ろから来る感染者達には見えづらいだろう。


 カナタとダイゴ、スバルがその道で待機して、他の皆は安全な所から状況を伝える。

 ヒナタもこちらに加わりたそうな顔をしていたが、本格的な戦闘はまだ避けたい。ここに来るまでにも白蓮に積極的に短刀の扱い方を学んだり、ゆずや花音とも仲良く話しているのを何度も見た。

 でも、ふとした拍子に心ここにあらずといった調子になり、その時に話しかけても一二回は聞こえていないという状況がまだあったのだ。本人は明るく振舞い、問題ないように振舞ってはいるものの、その時の目は深い悲しみを感じさせて居たたまれない気持ちになる。きっとそれだけのことがあったのだろう。未だ深い事は聞けていないにだが、帰ったら時間を取ってゆっくりと話さなければとカナタは考えている。全部聞いてその上でゆっくり時間をかけて心を癒して欲しいとも。

 きっと状況がそれを許さない気もするが……


 ともあれ、今は目の前の問題だ。周りを見るとすでに準備はできていて、カナタの号令待ちの姿勢になっていた。


「よし、行こう!」


 カナタは気合を入れて、二人に言った。無言で頷いて了承の意を伝える二人と共に予定の芭蕉へ移動する。逃げている二人は遠目でも疲弊しているのが分かるくらい疲れているようだし、時間をかけるだけ感染者を引き寄せてしまう。


 移動組はなるべく音をたてないように、その場所へと移動していった。

 その場に残されたヒナタは悄然としていた。振るえる力があるのに、当てにしてもらえないことが悔しいし、ヒナタもカナタの力になりたいと思っているのだ。


「ヒナタ、今は休む」


 そう言ってゆずが静かに隣に立った。ゆずはヒナタと背が変わらないので、あえて肩どうし触れあうようにして。


「ゆずちゃん……」


「ヒナタの気持ちはわかる。私もヒナタくらい戦えたらカナタ君の隣で戦いたい。でも、ヒナタは疲れてる。今はカナタ君もそれが心配。私も……」


 ゆずの言葉に、ヒナタは心当たりがあるのでうつむくしかない。克也から解放された今でもまだ、呪縛が残っているのかふと意識が遠くなるような感覚に襲われることが時々ある。怖いのは意識が遠くなっているのに体は勝手にそれまでやっていた事を継続する。

 人は耐えられないくらい辛いことに遭うと、自分の心を守るために第二の人格を作ることがある。と、喰代博士が教えてくれた。克也とともに行動していた時は意識はうっすらあるが、夢の中にいるようで体は勝手に動いている。そんな感覚だったのだ。時折我に返るのは決まって、夜寝る前など一人になっている時だった。自分の所業を嘆いて眠れない夜を過ごすことも多かった。それでも克也の声が聞こえだすと意識が遠くなっていったのだ。

 もしかしたら今でもふいに克也の声を聞いたらそうなってしまうかもしれない。

 ヒナタはそれがとても怖かった……もしそうなってしまえば、隣にいるゆずや花音に向かって刀を振るうかもしれないのだ。


 きっと自分が戦いたいのは、そう言った事を考えたくない、戦いに集中して現実から逃げたい。無意識にそう考えているのかもしれない。ぐっと歯を食いしばってヒナタは心のもろさを嘆くのだった。


 


 

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