8-2
「入るよ」
テントの入り口でそう声をかけて、カナタは入り口をくぐった。
外は朝日で明るくなっているが、テントの中はまだ薄暗い。その奥に寝袋を敷き横たわっている人影が見える。
「お兄ちゃん……」
起きていたのか、気づいて起きたのか分からないが、少しかすれた声でヒナタが声を出した。
「調子はどうだ?どこか痛い所とかないか?」
横になるヒナタのそばまで行き、そこに腰を下ろしながら訊ねる。それにヒナタは首を振って答えた。
「ようやく会えたな。ごめんヒナタ、探してはいたんだけど、こんな世界になっちゃって簡単には見つからなくてさ」
「仕方ないよ。私もあちこち見たけど、ひどい状態だもんね。生きてるのが不思議なくらい……お兄ちゃんが生きててくれてよかった。お父さんお母さんは?」
「父さんや母さんも行方は分かってない。俺は成り行きで避難できたけど……家にも連絡先とか置いてきてるけど今の所は……生きているといいんだけど」
そう言うと、しばらく沈黙が続く。これまであまり考えないようにしてきたし、いろんなことがあってゆっくり考える暇もなかったけど、こうして家族に会うとどうしても考えさせられる。
松柴さんは、美浜集落のようにまとまって暮らしている拠点数か所に無線をおいて連絡できる環境を作っている。カナタ達に気を使ってくれたのかわからないが、仁科道場もその一つに入れてあった。
師匠やハルカの両親、近所に住んでいた複数の家族が仁科道場で生活しているみたいだ。
カナタは家を出る時に№4に避難する書置きを残してきたし、もし両親が帰宅できたなら仁科道場に避難できるような手はずを師匠が整えてくれているそうなので、家に戻りさえすれば連絡はつくと思うのだが、今までとくに情報はない。
きっと生きてるさ。と言うは容易い。しかしこれまで都市外で生活している人たちを何カ所かで目にしてきたが、小規模なグループで長時間生き残るのは、よほどうまくやらないと難しい。略奪を働く輩はどこにでもいるし、少人数では感染者の対応も厳しい。手の届く範囲にある食料や日用品などあっという間になくなってしまうだろう。
ヒナタもあの男に連れられて、あちこち行っていたみたいだから、それを見てきたはずだ。だからか、きっと生きてるなんて軽々しく口にするのが何となくはばかられるのだ。
それはヒナタも同じだったのか、それ以上両親の事には触れずにお互いのこれまでについて話しだした。
カナタは松柴らと出会い、№4に避難して今は守備隊に入って動いている事。
ヒナタは克也と出会ってからあちこちを放浪し、武器や物資を集めながら移動を繰り返していた事。克也に思考を縛られて、洗脳状態になっていたがぼんやりと覚えているみたいで、時折言葉を詰まらせながらもヒナタは最後まで語った。
克也の命令で人を殺してしまう事の時など、苦しそうに話すヒナタに、無理して話さなくていいと止めるカナタの言葉に首を振りながら。まるでそうすることが贖罪であるかのように……
「だからね、私人を殺しちゃってるの。中には抵抗できないような人まで……」
そこまで話すと、ヒナタは口をつぐんで静かに涙を流し始める。
それは優しいヒナタにとってどれだけ重荷になっているのか、カナタにも推し量る事もできない。こんな世界なんだから仕方ない。そう言ってしまえばそれまでなのだが、きっとそれではヒナタの気持ちは晴れないだろう。
巧妙にヒナタの弱みを握り、逆らいにくい環境をつくった上でさらに罪を重ねさせて従わせる。
昔読んだ本で似たような話を思い出した。実際にあった犯罪で、他人が家に入り込んでそれと似たような環境をつくって長い間家族を縛って一緒に暮らしていた、という内容だった。不思議とそうして支配されてしまった人間は、逆らえないばかりか逃げれるのに逃げなかったり、助けを呼ぶことをしなかったりするらしい。
思い出した話を聞かせ、そんな心理状態になってしまう事を言ってみたが、それでもまだ足りないだろう。
「なあ、ヒナタ。俺も人を斬ったし、言ってしまえば感染者達だって好きでああなったわけじゃない。襲ってくるから倒すけど、それを仕方ないとは俺も割り切れてないんだ。でもそれを単純に罪ととらえて自分を縛ってしまったら動けなくなる。何もできなくなるんじゃないかって思う。だから今は生きている人が暮らせる環境を守って、拡げて。そしていつか平和な世界が戻れば、その時に改めて考えて、何かの形で贖罪できればいいんじゃないかなって思ってる。いけないのは、自分で何もできなくなる、何もしなくなるような状況にしてしまう事がなんじゃないかって。だから俺は守備隊に入って、隊長なんて似合わない事やってるんだよ。」
そう言ってヒナタの目を見る。受け入れて納得はしていないが、噛みしめて考えているように見える。
「松柴さんって、世話になってる人がいてさ。すげえ婆ちゃんなんだ。ヒノトリってグループの代表でさ、今は何千人の人が暮らしている都市の代表なんだ。その人の手伝いをする事が、そこで今を生きている人のためになるんだって考えて、なんとか自分をごまかしてる。だからさ、ヒナタは俺より強いししっかりしてるから、ヒナタも一緒にやろうぜ。無理にとは言わないけど……」
「ううん……ほんとはね、制服着てみんなに指示をだしているお兄ちゃんを見た時、っぽくないなあって思っちゃった。でも……うん、そうだね。私も一緒に頑張る」
それを聞いたカナタは、前向きになってくれたことが嬉しいのと、そう思われていた事に思わず苦笑してしまう。
「っぽくないのは自覚してるよ」
言いながら頬をかく。そんなカナタを見て、ヒナタは少しいたずらっぽく笑う。
「そんな事はないですよぉ。私が見た限り、カナタさんはちゃんと隊長してます~」
ふいに後ろからそんな事を言われた。手に固形の栄養食品と飲み物をもっているので、朝食をもってきてくれたんだろうが……
「あ~、この人は白蓮さん。気配を消して近づいて急に声をかけるのが得意技の人だ。」
「どんな紹介ですかぁ」
カナタに持ってきた朝食を渡しながら白蓮は頬を膨らませる。そしてヒナタが起きようとしたのでそれを手伝い、ヒナタにも手渡す。
ヒナタも昔よく食べていた、ひと箱で一食の約八割の栄養が取れるという黄色い有名なやつだ。箱に「カロリーエイト」と印刷してある。
「ヒナタと言います。よろしくお願いします白蓮さん」
そう言ってぺこりと頭を下げるヒナタの様子を見て、白蓮は満足そうに笑った。
「もう大丈夫のようですね~。さすがはお兄ちゃんといった所でしょうかぁ。カナタさん、先生が桜花の手入れも終わったそうです。今、ヒナタさんが使ってた刀も手入れされてますからぁ、もう少ししたらできると思います。朝食が済んだら先生の所に行ってみてください」
白蓮はそう言い残し、テントを出て行った。
昨日ヒナタと激しく打ち合ったので、桜花の具合を見てくれていたんだろう。鞘に納める時も違和感があったので、曲がりもあったのかもしれない。
「白蓮さんって綺麗な人だね。あ、私が使ってた刀。あの人が勝手にもってきたんだった。後で謝らないと……」
そう言いながら、貰った固形食を食べ始めるヒナタ。同じものを食べながらそんなヒナタの様子を見て、ホッと息をつくカナタだった。
白蓮が言うように、いくらかましになってくれたようだ。さすがと言われるような事はできないけど、少しでも力になれたのなら嬉しく思う。
「そうだ、お兄ちゃん」
食べていた手を止め、ヒナタは何かを思い出したようにカナタに向きなおった。そしていきなり頭を下げた。
「えっ?ヒナタ?どうしたん……」
カナタが慌てていると、頭を上げたヒナタは話し出した。
「お兄ちゃん、昨日私に言ったよね。検定の時の事。私も謝らないとって思ってたの。お兄ちゃんがあんな風に思っていてくれて嬉しかった。でも私も自分の事ばっかりだったって。あの時は嬉しくてつい……ごめんなさい。あの後なんか言い出しづらくなっちゃって……私もずっと言えなかったの。でもあれからお兄ちゃん道場来なくなったでしょ、師匠も少し残念そうだったよ?アマネさんとかも」
昨日ヒナタに自分を取り戻してもらうために話した事についてだった。どうやらお互いに言い出せなかったようだ。
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