7-9
「ほら!立てよ!俺の言う事が聞けないのかよ、この人殺しが!」
克也がいら立ちも隠そうとせず言った言葉に、ヒナタは目をつぶり頭を振ったがゆっくりと立ち上がり、フラフラと克也に向かって歩き出した。
「へへ……そうだ、それでいいんだよ。俺の言う事を聞いていればいいんだ。」
もはや狂気に支配されているようにすら見える克也は、満足そうに頷きながらそう言う。俯いて歩くヒナタの目からは諦念とにじむ涙が見えた。それを見たカナタの頭にカッと血が上る。
(ふざけるな、ヒナタをあんな奴に好きにさせるかよ。こうなったら俺が撃たれても……)
そう覚悟を決めたカナタは、先ほど手放した桜花を目で探す。少し離れた所に落ちていて拾う時間はないだろう。せめて一太刀浴びせたかったが、俺が倒れたとしてもきっと仲間が……。
そう考えたカナタが、克也に向かって走り出した。克也までの距離はおおよそ10m。いくら下手くそでも二三発撃てば当たるだろう。
「動くなって言ったよなぁ!んなら、死ねよぉ!」
克也の拳銃がカナタに向けられる。次に瞬間、銃声が響き渡った。
「うああぁぁっ!熱、あづぃ!」
続けて起きる悲鳴。右腕を抑えて、地面に膝を落としたのは克也の方だった。右手の先には拳銃は無く、それどころか手が原型をとどめていない。
「っ!」
それを見たカナタは、向きを変えヒナタを抱きかかえる様にして克也から距離を取った。そこに走りこんできたのは、小銃を構えたゆずだった。
肩で息をしながらゆずはカナタを見て無事を確認すると、克也を睨み近寄ると、その肩を強く蹴りつけた。
「痛ぇんだよ!くそ、てめえこら!」
半狂乱の克也が口汚く罵り、蹴ったゆずを睨むが、ゆずは全く意に介することもなく、小銃の先端を克也の頭部に向ける。その目は冷え切っており憐憫の色は見えない。
「ちょ!ちょっと待ってくれよ!こ、殺すのか?俺はもう武器も持ってないんだぞ!」
ゆずの顔を見た克也は、その顔に躊躇の色が見えない事に焦ったように、急に弱気な言い方になっていく。
「殺すことないだろ、なあ!もういいよ、何でも言うこと聞くから、う……撃つなよ、頼むからさ」
言葉尻にだんだんと勢いがなくなっていき、最後は懇願にかわっていった。
「こ、降参するよ、人を殺すのか?お願いします撃たないで……」
最後にはそう言って座ったままうつぶせてしまう。
「カナタ君、こいつ……撃ったほうがいいと、思う。きっと同じことをまたやる」
鼻息も荒くゆずはそう言った。肩で息をしていると思っていたが、怒りで息が荒くなっているだけのようだ。
克也はもう顔を上げる事も出来ずに震えている。さっきまでの言動を思うと呆れるほかない。
カナタの腕の中にいるヒナタは、また呆然自失の様子で瞬きもせず、ただ両目から涙を流している。どうやらひなたの洗脳の原因は克也がさっきヒナタに向かって言った言葉にあるようだ。
「いや、ゆずが手を汚す価値もない男だ。おかしな動きをするなら撃って構わないけど、そうじゃないなら……俺が斬る」
そう言ってカナタは、片手にヒナタを支えたまま、さっき手放した桜花を拾う。そして数歩近寄った所で、克也が頭を上げた。
「ひいいぃぃっ!嫌だ、死にたくない殺さないで!なんで俺がこんな事……」
刀を手に歩み寄るカナタを見ると、情けなく叫んで尻を地面につけたまま後ずさる。その股間が濡れてズボンにシミが広がっていく。
「こんな男にヒナタは……」
その姿を見ていると、腹立たしさと情けなさでどうにかなってしまいそうだ。
ゆずはカナタの覚悟をみて、照準は合わせたまま数歩下がった。入れ替わりにカナタがヒナタをゆずに預け、桜花を構える。
「嫌だぁ~!やめ、やめてって……」
泣き叫びながら、後ずさりを続ける克也の手に何かが触れる。
「カナタ君!」
何かを悟ったゆずが叫んだ。
後ずさり続け、克也の手に触れたのはボストンバッグ。克也は見覚えのある物だった。略奪した武器を入れていた物……
それに気づいたカナタが踏み込んで、斬り降ろすが寸でで転がって避けた克也の手に丸い物が握られていた。
「なんでそんなもんが……」
唖然としたカナタと、泣き笑いになった克也。その手に握られているのはグレネード。パイナップルと異名をとる映画などでもよく見る形の手りゅう弾だった。
カナタは急いで振り返ると、急いで走り、声の限りに叫んだ。
「逃げろ!伏せるんだ、爆弾だ!急げ!」
先に気づいたゆずは、先にヒナタを連れて走り出しており、カナタの叫びを聞いた白蓮は、翠蓮たちの元に伏せる様に言いながら走っている。
それを確認すると、カナタも叫びながら走るのももどかしく地面を蹴った。
その後ろでは我を失った様子の克也が躊躇せず口でピンを抜く。そして力の入っていない左手で投げた。
トンっと地面に落ちる音がした。伏せながら最後に見えたのは、不格好に走って行く克也の背中だった。その次の瞬間、勢いよく水に飛び込んだように音が聞こえなくなり頭をもがれそうな勢いで吹き飛ばされ転がされる。
背中を激しく打って息が詰まり明滅する意識のなか、こもった音で自分の名を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がした。
克也が苦し紛れに投げた手りゅう弾は、駐留軍の持ち物で市街戦で使いやすいように火薬の量を減じた物だった。それでも結構な威力を発揮したそれは、一番近くにいたカナタを数メートル吹き飛ばす程度の力はあった。
打ち所が悪かったのか、頭から血を流し起き上がれないカナタに気を取られ、克也がどうなったのかは誰も見ていなかった。
普通に考えたら爆風で飛ばされ死んでいるだろう。しかし、のちに周りを確認したスバルとダイゴは死体はなかったという。
地面に転がるカナタに走りようゆずと、ふらふらと近寄るヒナタ。二人とも不安で押しつぶされそうな顔をして、カナタを抱え起こそうと手を伸ばす。
「あ、だめですよ~。動かしちゃ。ちょっと待ってくださいねぇ」
白蓮がそんなゆず達を制し、カナタに近寄ると慎重に具合を確かめる。それを不安そうに眺めるゆずとヒナタに翠蓮が龍に肩を貸して歩いて来ながら声をかけた。
「白蓮は医療をかじっています。そこそこは信頼できます。なので応急処置は任せた方がいいかと……」
「姉さん、そこそこはひどいです。そこはもっと信用できるように言ってくれないとぉ」
翠蓮が言った言葉に不満を言いながら、カナタの傷の具合を確かめ、カナタの目の前で手を振ったり、立てた指の本数を聞いたりしていた白蓮は立ち上がり、ゆずとヒナタに向かって言う。
「脳波とか測れないので~、はっきりとはわかりませんが、脳震盪ではないかと~。傷も大したことありませんし、頭部に激しい衝撃があった様子もないですので」
結局あやふやな事しか言えない白蓮に微妙な顔をする二人だったが、他に信用できるものもない。それを信じるしかなかった。
「しばらく休息してから移動したほうが良いでしょう。あの男が生きていたとしても、すぐには反撃する余力もないでしょうし~。カナタさんの意識がはっきりして自分で歩けるくらいになるまでは」
白蓮の案を全員が受け入れ、思い思いに休憩を取る。安心して一気に疲れが襲ってきたようだ。気を緩めると意識が遠のいていく。声がするのでスバルやダイゴも合流したようだ。ぼんやりとそんなことを考えていると、意識が深く沈んでゆく。自分で思っている以上に疲れていたのか、緊張で精神が疲弊していたのか。
体を楽にした途端カナタは深い眠りに落ちて行くのだった。
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