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7-7

休日のおまけ更新だ!

全員が予定の位置についた連絡が入る。

 カナタのいる場所からは、かろうじて見張りが立っている所が見える。灯りはテントの入り口にかけてあるランタンのみで光量も落としてあるのか薄暗い。立っているのは男性で二十代半ばくらいだろうか、無精ひげを生やし眠そうな表情まで何とか見て取れた。


「ゆず、自分のタイミングでいい。撃つ前に一言だけ教えてくれ。」


 インカムでゆずに話しかける。「うん」と小さく応えがあり、あとはしばらく全員が無言でその時を待った。


「…………撃つ」


 数秒後消え入るような声でゆずが声を発した。次の瞬間、普段使っている小銃とはちがう重い発射音が響く。


 瞬時に立ち上がり、テントに向かって駆ける。もう物音を気にする段階ではない。視線をテントの入り口付近に固定したまま、桜花の鯉口を切る。

 まもなくテントに到達しようという時、見張りの男がぐらりと動くとそのまま倒れた。その時に入り口にかけてあったカンテラを引っ掛けてしまったのか、灯りが消えてしまう。


「なんだ、どうした!何の音だ?くそっ暗くて……」


 その頃になってようやく異変に気付いたのか、テントに灯りが付き入り口から男が一人飛び出してきたが、灯りが消えているため、状況を把握できないでいる。


 カナタ達は当初から最初に灯りを消す計画だったので、目は暗闇に慣らしている。そのためぼんやりとではあるが、動きが見えるのだ。

 対してテントから出てきた男は、灯りを見てしまったのだろう。物音は聞こえているようだが、見えている様子はない。


「ふっ!」


 そのまま止まることなく男に近寄り、息を吐くと一気に桜花を抜いて振りぬく。


 テントからの灯りに反射して、一瞬桜花の刃がきらめいた。


「な、んだ。おまえ……」


 カナタの斬撃は鎖骨を摺り上げるように喉笛を切り裂いていた。男は何か言おうとしたようだが、その後はごぼごぼと溢れる血で声も出せなくなり、その場に崩れ落ちた。


「くそ!何だってんだ。」


 その後ろから克也が出てきたが、カナタと今は血だまりに沈んだ男を見比べ、踵を返すとテントの中に逃げようとした。


 そこで縛られた龍の縄を切っている翠蓮を見る。翠蓮はカナタと逆の方向から近づいていて、入り口で騒ぎが起きた瞬間にテントを切り裂いて中に入っていたのだ。

 その時にヒナタと目が合っていたが、感情を意識の奥底に沈めているヒナタはあまり自発的に行動をしない。翠蓮がする事を黙って見ているだけだった。


「ちっ!」


 龍を人質にできなかった克也は、手に持つ拳銃を構えけん制しつつ翆蓮が斬り開けた隙間からテントを出ながら、ヒナタに何か言っている。

 おそらく敵だから排除するように言ったのだろう。その隙に龍の拘束を解いた翠蓮は龍を背中にかばい、克也たちを警戒しながらテントを出る。すると、ヒナタが龍の小屋から持ってきた刀と、短刀を抜き翠蓮に一歩近づいてきて、翠蓮をけん制する。


その後ろでは、克也がヒナタの背に隠れるようにしながらも翠蓮を撃とうとしていた。しかし横から飛んできた何かに拳銃がはじかれてしまう。


「いっつ!……」


 手に当たったわけではないが、かなりの衝撃が手に残っている。おもわずそっちを見るが、暗闇が広がるばかりで何も見えない。

 ゆずの狙撃である。冷静に状況を見ていたゆずはその場に残り、スコープを使ってずっと見ていたのだ。


「ゆず、ナイスだ!」


 落ちた拳銃を蹴り飛ばし、克也に近づくカナタ。状況を見るに、こいつがヒナタを苦しめいているんだろうと思っている。

 そんな奴を斬るのにもはや躊躇はない。間合いに入った瞬間、袈裟懸けに斬ろうとした。

 ジャリン!という金属のこすれる音が響き、カナタの一撃はきれいに逸らされる。翠蓮をけん制していたはずのヒナタが素早く克也の前に移動して、カナタの斬撃を受け流したのだ。


「ヒナタ……」


 改めて正面からヒナタと向き合い、その様子の替わり具合にカナタは言葉を無くした。

 もともとあまり賑やかな性分ではない。どちらかと言えば感情を押し殺すタイプではあるものの、今のように何の感情も感じさせないヒナタを、見た事がない。


 無表情のままヒナタは、カナタに斬りかかる。


「カナタ様!」


 翠蓮が悲痛な声を上げた。カナタの呆然とした雰囲気から、そのまま斬られてしまうのではないかと思ったのだ。

 しかし意外にも、カナタは慣れた感じでヒナタの攻撃をさばいている。

 けして優しい攻撃ではない。両手に持つ武器を交互に繰り出すヒナタの攻撃は、翠蓮をして鋭いと驚かされるほどの刀さばきなのだ。


怒涛の斬撃を繰り出すヒナタの後ろで、いやらしい笑いを浮かべる克也。カナタ達の様子から関係者であることはすでに感じ取っているようだ。


「ヒナタちゃん、そいつらは敵だ。お兄さんを騙るかもしれないが、そいつらがお兄さんを傷つけていたのを俺ははっきりと見たから!そいつらが何を言っても耳を貸しちゃだめだよ」


 ほくそ笑んだまま克也は、あえてカナタ達にも聞こえるようにそう言った。

 カナタは防戦一方であるし、翠蓮が克也に近づこうとすると、ヒナタはこっちにもけん制の攻撃をしてくる。


「ヒナタ……そいつのいう事を聞いちゃだめだ。お前、騙されてるんだよ」


 カナタが、ヒナタの斬撃を何とか逸らしながら語りかけるが、届いているようには見えない。

 しかも声を掛けようとするたびに、克也が意味のないような事を言って邪魔をする。


「卑劣な……」


 そんな克也を見て、唇を噛む翠蓮だが手を出しづらい状況ではある。ヒナタを傷つける訳にもいかないし、傷つけるつもりでも簡単にはできそうにないくらいヒナタの動きは鋭い。

 余計な感情を封印しているため、動きにも迷いが見えない。皮肉にも洗脳されている状況がヒナタの意識を剣技に集中させ、素晴らしい動きを発揮させている。


 さらに、克也はどこからか大振りのナイフを取り出した。それを声には出さないでヒナタに向かって刺す仕草をしてみせる。

 何かあったら後ろからヒナタを刺す。そう言っているのであろう。


 その一つ一つの動作や、表情などがさらに苛立たしさを激しくさせる。


「この、卑怯者!まともに向かう事もできないのですか!」


 たまらず翠蓮が叫ぶが、そんな言葉も克也にはどこ吹く風である。さらに憎々しい仕草を返してくるだけだ。

 翠蓮の心に焦りが生じて来る。

 今のヒナタに主に狙われているのはカナタだ。これだけの激しい攻撃、いつまでも防ぐことなどできはしないだろう。恐らくカナタから攻撃はできないだろうし、する余裕もないかもしれない。


 このままの状況が続けばいつかは……焦りを含んだ顔で、翠蓮はカナタの方を見た。

 いまは何とか防いでいるが、いつか破綻してカナタが斬られる。カナタを斬らせるわけにはいかないし、ヒナタに兄を斬らせるわけにもいかない。


「…………?」


「……ん?」


 翠蓮と克也。ほとんど同時に異常に気付いた。


 激しく切り結んでいるカナタとヒナタ。目まぐるしく位置を変え、趣向を変えながら斬りつけているヒナタに、加減と言う言葉はない。それを受けているカナタの顔にも余裕があるわけではない。ないのだが……


 克也はこれまで共に旅をして、いろんな場面でヒナタに腕を振るわせてきた。これまでほとんど遅れをとる事もなく相手を切り伏せてきたヒナタの実力に信頼をもっている。

 今までにこれほどの時間を要した事があっただろうか。


 克也の心にわずかに疑念が生まれた。それが余計な一言を言ってしまう事となってしまった。


「ヒナタちゃん!そいつはお兄さんに似ているけど、似ているだけの敵だよ。お兄さんじゃない!ヒナタちゃんのお兄さんは別にいる。僕がすぐに見つけてあげるよ。そのためにはそいつを片付けないといけないんだよ!」


 克也は無意識に兄の姿をだぶらせて攻める勢いが落ちているのでは……と考えてしまった。



 極度に集中しているカナタにも克也の声は聞こえていた。兄を思わせる言葉を連呼するたびに、ヒナタの眉が動き、表情に変化が生じている事にも気づいていた。


 ヒナタの攻撃はカナタにとっても勝てない。とすぐに理解できるものだった。どうしたらいいのかもわからないままヒナタの攻撃を受け流していたカナタは、気づいた。

 なぜ、こんなに捌けているんだろう、と。自分の実力はよくわかっているつもりだ。本来ならすでに致命傷を受けててもおかしくないレベルなのに……


 しかしすぐに分かった。


 カナタとヒナタは小さい頃から仁科道場に通っていた。しばらくしてヒナタが本格的に習い始めてからも、カナタが打ち合いの相手を頼まれる事が多かったのだ。ほかのスポーツで言うならスパーリングパートナーであろうか。得手を伸ばし、不得手をなくさんとするために打ち合うのだ。そこに動きの読み合いや技の秘匿なども必要がない。

 つまり、これまで数限りなくヒナタの相手をしてきたカナタは、ヒナタの繰り出す技や癖が体に染みついてしまっていたのだ。

 ゆえに考えるより先に体が動く。そしてヒナタの意識が薄い事も幸いした。余分な事は考えず素直に仕掛けて来るので、慣れていれば他者よりも捌くことができる。

 さらに、仁科道場に頻繁に通っていた当時、カナタにやたらと絡んでくる鬼のように強い先輩がいて、その先輩のスパーリングパートナーを、半ば無理やりやらされていたカナタは、知らずのうちに防御や受け流しの技術が鍛えられていった。


 まるで申し合わせているようにも見える斬りあいに、先に焦れたのは克也だった。状況は明らかに劣勢であり、もし、万が一ヒナタが敗れるような事があれば、自分は目の前の奴らにどんな目に合わせられるか……

 それを考えると恐ろしかったのだ。

 克也はこれまでにヒナタを使って、出会った人達や隠れて生き延びている人たちから略奪の為に、あるいはただ快楽のために非道な事を平気で行ってきた。


 これまでそれが自分に向く事など考えてこなかったのだが、ここにきて想像せざるを得なかった。

 

 

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