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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
終わりの始まり

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1-4

 三人で道場の休憩室に入り、何か報道されていないかとテレビもつけてみたが、今のところ特にそれらしい報道も緊急速報もない。いよいよ途方に暮れてきたところでハルカのスマートフォンが賑やかなメロディを流し始めた。


「あ、とうさんだ」


 そう呟いてハルカがスマートフォンを操作して耳に当てる。


「ちょっと、とうさん?なんなのあれ。いきなり言われたって……え、なに?ちょっと落ち着いてよ。うん……うん、え?どういう……うん、じいちゃんち。うん、わかった。ちょ!」


 電話の向こうで慌てたようにまくしたてるハルカの父の声がヒナタの方まで届いた。何やら一方的に言われているようだ。


「ハルカ、ヒナタ。わしも年かな。よくわからんのだが、これは本当のことかの?」


 ハルカに電話の内容を聞こうとしていたら、晴信の少し呆然とした声がした。晴信はハルカ達がさっきつけたテレビのチャンネルを回していたが、ほんのさっきまでは普段通りの放送だったのに、今テレビの画面には大騒ぎになっているどこかの様子が映し出されている。少し遠いところから映されているように見える映像では、悲鳴を上げて逃げる人々の姿があり、テロップには緊急の文字と(家に閉じこもって施錠し、絶対に外に出ないでください)とある。


「なにがおきてるの?」


 思わずヒナタが口に出すと、隣にきてヒナタの肩を抱きながらハルカが答える。


「さっきのとうさんの電話もそう。なんか須王町の中心の方でいきなり暴れ出す人がいて周りの人に襲い掛かってけがをさせているんだって。それで警察と救急に連絡があったそうなんだけど、現場に行った隊員が襲われて……しかも襲われた人も暴れだしてるらしくて、パニックになってるみたい。とうさんも状況がはっきりわかっているわけじゃないんだけど……場所がわりと近くだから避難指示があるかもしれないって。今じいちゃんちだって言ったら、そこから動くなって。全部カギを閉めて誰が来ても入れるなって……あんなに慌ててるとうさん初めて」


 さすがに顔を青ざめさせてハルカが電話で話したことをまとめて言ってくれた。晴信は話を聞いているうちに稽古の時みたいな真面目な顔になって、道場のあちこちを施錠しだした。


 いきなりの事にうまく頭がついていかないヒナタはとりあえず今も騒がしい声が聞こえてくるテレビの画面を見た。


 テレビではちょうど何かにつまずいた人に、血だらけの人が覆いかぶさっている姿を映していた。その奥にあるオープンしたばかりに見える店舗の真新しい壁に赤黒い模様がたくさんあるのが不気味さを強調している。

 これではまるで映画何かの世界に迷い込んでしまったようではないか……


 さっきまで現場の状況を伝えていたリポーターの人も何やら叫んでいる声は聞こえるが画面内には入ってこない。


「……これって、現実なの?」


ハルカが呟いた声が遠くから聞こえる気がする。ヒナタふと、同じような光景を見た事があるのを思い出した……頭の中にフラッシュバックするのは、ホラー映画が好きなカナタがレンタルしてきたDVD。ゾンビ映画……


「ひっ!」


 隣でハルカが息を飲み、口元を両手で押さえて画面を凝視している。つられる様にテレビをみると、いつの間にか横倒しになった映像に、先ほどとは違い近い距離で血だらけの男性が映り込んだ。首元のシャツが大きく破れ肉がえぐれているように見える。

 しかも、それだけの怪我をしているにも関わらず、地面をはいずるようにして動いていた……そこに、何度も後ろを振り返りながら走ってきた女性がつまずいて転倒し、男はその女性に抱き着くと、いきなり噛みついた……


 画面の中、飛び散る血と身も凍るような絶叫に目も耳も離せない。カメラのレンズにまでさっきの女性のものであろう血が飛び散り画面を赤く染めているのを、どこか遠い世界での出来事のように見ていた。


「やめて、来ないで!」


 カメラには映らない位置ながら、すぐ近くで悲鳴混じりの懇願の声が聞こえてくる。

 やがて耳をつんざくような悲鳴がスピーカーを震わせて、まるで現実ではないような錯覚すら覚える。するとテレビの画面がまた切り替わり、スタジオで真剣な顔をしたアナウンサーが何か言っていたが、もう何も耳に入ってこない。

 だが、その時ヒナタの耳に小さくだが聞き逃せない単語が届いた。


「カナタ……」


 ポツリと呟いたハルカの言葉を聞き、ヒナタは頭から冷水をかぶせられたような気持になった。


「ハルカ!?お兄ちゃんがいたの?テレビの場所に?ねえ!」


 思わず肩をつかみ強くゆする。しかしハルカの視線は何事か話しているアナウンサーが写っているテレビの画面に固定されている。


「ハルカ!お願い聞いて!」


 叫ぶようにヒナタが言うと、ようやくハッと我に返ったハルカは一瞬泣きそうな顔になり、言いにくそうに呟いた


「さっき……ちらっとテレビに映って……開店したばかりのゲームセンター。今日カナタ達が行くって……話してた……」


 それを聞いてヒナタは息を飲んだ。

 半分ほど聞いた時点で頭の中が真っ白になり、それと同時に芯の方がスウッと冷えていくのがわかった。


「ヒナタちゃん!」


 次の瞬間には動いていた。先ほど晴信が閉めたばかりの入り口のカギを開け、蹴破らんばかりの勢いで開ける。


「待って!!」


 後ろでハルカが呼ぶ声がしたような気がする。すでに意識は前にしか向いていなかった。普通なら中学生の女の子が高校生の男子を助けに行くなんて発想はでてこないだろう。しかし、この時のヒナタ頭の中にはカナタの元に行かなければいけない。この事で塗り潰されてしまっていた。


ハルカはヒナタが駆けて行った先を呆然と見ていた。不用意な発言だったかもしれない。でもあそこまで過敏な反応をするとは想像できなかった。


「あたしの、せいだ……私がもう少し冷静に、考えて話していれば、きっとヒナタちゃんだって……」


 思わず強く唇を噛む。少し不器用だが一本気な性格で兄思いの優しい子なのだ。その兄が危険と聞けばヒナタなら助けに行ってもおかしくない……まして、最近兄の事で悩んでいたのだ。

 さっきまではハルカも強く動揺していたが、先にヒナタが暴走した事で、逆に冷静になっていた。


「助けなきゃ……ヒナタちゃんだけを危ないところに行かせるわけには。」


 テレビの報道が真実なのであれば、かなり異常な状況だ。

 さっき見た映像の女性は急所を噛みちぎられていた。すぐに治療を受けることができればいいが、あの状況だと難しいと思える。きっとすぐに出血多量で……

 

間違ってもヒナタをそんな目には合わせるわけにはいかない……


 強く歯を食いしばる。


小さい頃から一緒にいる事が多く、兄弟のいないハルカはヒナタの事を妹のように思い、かわいがっていた。

また、ヒナタも異性の兄に相談しにくい事などはハルカに相談したりして、ヒナタもまたハルカを姉のように慕っていたのだ。


「ヒナタちゃん……お姉ちゃんが助けてあげるから!」


 そう考えると不思議に気合が入った。さっきのテレビの様子から現地は混乱の極みにあるだろう。そして女の人に嚙みついていた血だらけの男。思い出しただけで身震いするその姿は、とてもまともな人とは思えない。


 身を守るものは必要だ。すぐにそう判断したハルカは道場の壁にかけてある木刀から自分のものとヒナタのものを取る。

 打ち合いでは使わないが、素振りに使う木刀。重みが欲しかったハルカの木刀は特注で芯材に鉄芯を入れてある。

 

 ――必要ならこれを振るう事もためらわない。ヒナタちゃんをあんな目にあわせるくらいなら……


 ハルカは木刀を構え一振りすると、手に伝わってくる確かな重みに口を引き締めて、ヒナタの後を追って走り出した。

 

 すでにヒナタの姿は見えない。町までは普通ならバスを使う距離だ。

 道場の稽古で一緒にランニングするときなど、おしゃべりしながら町までの距離くらい二人は走っているが、急ぎたいならバスを使うはず。そう考えたハルカはバス停に向かって走った。


 ……ここで考えが食い違ってしまっていた。

 急ぎたいからバスを使う。というハルカの考えと、急いでいるからバスがくるのを悠長に待ってられないと考えたヒナタとの。

 

 結局この日、ハルカはヒナタと合流することができず、がっかりして戻る途中で大量の感染者と遭遇する羽目になるのである。

読んでいただいてありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

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