7-6
「皆様のお手を煩わせるような事になってしまい、大変申し訳ありません」
その日の深夜、白蓮と入れ替わりに姿を見せた翠蓮は開口一番そう言って深く頭を下げた。
「いやいや、翠蓮さん!そんなに気にしないで下さい。俺も妹が関わっているかもしれないんだすから」
あわててカナタがとりなす。翠蓮は憔悴しているようにも見えるし、そこまで深々と頭を下げられるとどうにも落ち着かない。
「そうですよ翠蓮さん。俺らでよかったら気にしないで言ってくださいよ!」
スバルもいつもよりやる気を見せて翠蓮を励ますように言う。
「ありがとうございます。では時間もありませんので、状況をお話ししたいと思います。私たちは感染者の襲撃をいったんは耐えて白蓮をカナタ様たちの所に送り出しました。感染者と戦闘している時に横やりを入れて来た者たちがいたのですが、そこにおそらくカナタ様の妹らしき少女がいます。その日の夜にその者たちの襲撃を受けたのですが、卑怯にもその少女を先頭にしてくるものですから、反撃がしづらく……そうしているうちに、先生が捕らえられてしまい従うしかなんくなりました。男たちはどこかで先生の話を聞いてきたようで、刀を要求してきたのですが最後に作ったものは白蓮に預けましたし、手元にはなく差し出すこともできず。恐らく自分の拠点で制作させるつもりなのでしょう。私たちをどこかへと連れて行く途中なのです。そこで先生がみなさんや白蓮が追っているのに気づかれ、それならばお手を借りしようと参った次第です。」
申し訳ない表情のまま翠蓮は事の経緯を話した。龍さんが人質のようになっているので、翠蓮一人ではどうすることもできなかったようだ。
「奴らはこの先の公園で野営しています。私が抜け出て来る時は一人が見張りに立ち二人は休んでいました。私は木に縛られておりましたが、先生は奴らのテントの中で縛られています。見張りを気づかれないように片付けないと、また先生を人質にされかねませんので……」
たとえ数を頼んで急襲しても、見つかった瞬間に同じテント内に捕らわれている龍さんの身が危険になる。見張りに気づかれずに、まず龍さんを助けなければいけないとう状況だ。
「最悪私が身を差し出して見張りの気を引くことも考えましたが……」
「そんなのだめですよ!翠蓮さんがそんな事しなくても俺らがなんとかしますって!」
見張りを誘惑して、そのうちに……と翠蓮は考えていたようだが、それはスバルが慌てて反対している。カナタ達もその作戦は取りたくないようで、肯定的な態度をとるものはいなかった。
「わたしに、任せる。ちょうど貰った。これ、白蓮から」
そんな中、ゆずが声を上げた。肩には白蓮からもらった銃を掛けている。あのあとすぐに改造して再びゆずに渡したのだが、意外としっくりきたのか大変気に入ってしまったゆずは、それからずっと持っているのだ。
「確かに、それで狙撃して突入する時間を稼ぐことができれば可能性はあります。しかし夜の狙撃は難しいです。限られた視界の中、それでも相手に悟られない程度の距離は必要になります。しかも一度撃てば銃声で気づかれますので、二回目の射撃は難しいでしょう。できますか、ゆずさん」
真剣な顔で、翠蓮はゆずに問う。
それに対し、ゆずは真剣な顔でしっかりと頷く。射撃の適性を見る試験の時にアサルトライフルを使い、それの有効射程距離いっぱいの所からの射撃を得意としていた。しかもそこに白蓮さんからもらったライフルもある。
距離や条件はあるだろうが、ゆずには自信があるようだ。
そのゆずの顔を見て、最初は厳しかった翠蓮の表情が穏やかになっていく。
「分かりました。ゆずさん、お願いしますね?大丈夫です、先ほどはああ言いましたが、相手は油断しています。警戒も薄く、こうして私も抜けてくることができるくらいですから」
そう言って最後には微笑んで見せた。
「ん、任せてほしい。近接戦では翠蓮に勝てない、見ててほしい。私、射撃は得意」
ゆずはそう言って自分の胸を叩いた。
翠蓮が来る少し前にゆずは言っていた。以前翠蓮と少しだけ行動を共にした時に見た翠蓮の剣技は強く美しかった。自分に同じことができる気はしないが、目標にしようと思うくらいには……と。
そんな翠蓮に自分の得意分野で貢献できる事ができ、見た目には出ないがとても張り切っているようだ。
「はい、ゆずさんならできると私は信じておりますよ。でも気負わないでくださいね。失敗するときは誰にもあるのですから、気楽に。」
言いながら翠蓮はゆずの頭を抱え込む。ゆずも黙ってされるがままにしているが、ほんの少し……ほとんど分からない程度口元がほころんでいた。
約一時間後、カナタ達は全員で襲撃者の野営している公園の近くまで来ていた。ゆずはここから狙撃をするため、ポイントを慎重に定めている。
花音と喰代博士もここで待機することになっている。
「カナタ様、突撃の前に一つよろしいですか?」
翠蓮が、武器を検めているカナタの横に座り、そう声をかけてきた。
「どうしました?」
「ヒナタ様の事ですが……刀を交えた事がある私から言わせてもらうと、今のカナタ様ではヒナタ様には勝てないと思います。しかも正気であるカナタ様に比べ、ヒナタ様は洗脳状態でカナタ様に対して加減をする事もないでしょう。私としましてはカナタ様もヒナタ様も傷つくのは見たくありません。ですのでヒナタ様と斬りあいになってしまった時には私と白蓮にお任せ願えないでしょうか?」
翠蓮の言葉に答えを返せないカナタ。斬った方も斬られた方も傷つく、そんな戦いを翠蓮はしてほしくなかった。
洗脳がどれほどのものか分からないが、実際にカナタを見ても解けなかった場合、手加減なしのヒナタと斬りあう事になる。もしカナタが相手をするともなればやられないためには、カナタも手加減などする余裕はないだろうことは自分でも理解していた。
もしカナタを斬ってしまえば正気に戻った時にヒナタが、まぐれにでもヒナタを斬ってしまえばカナタが……お互いに傷つくのは明白なのだ。
しかし、カナタとてヒナタを前にして他人に任せてしまえるほど割り切れてはいない。しばらく言葉を選んでいた様子のカナタだったが、静かに答えを返した。
「ありがとうございます。俺たち兄妹の事をそんなに気にかけてもらって……でも黙って見ているなんて俺には出来そうもありません。それに……大丈夫ですよ、ヒナタの相手は昔からしてきたので癖は掴んでるつもりですし、多分俺が全力で戦ってもヒナタにはかなわないと思います。自慢げに言える事じゃないですけどね。」
そう言って、カナタは苦笑する。
「でも、兄妹だからこそ止めてあげる役は俺がやりたいんです。ひなたはとてもやさしい子なんです。洗脳されて人を斬るなんて悪夢から一刻も早く解放してやらないと、あいつ……お願いします、俺が一人でどうにかするなんて、とても言えないんで、手を貸してもらえないでしょうか?」
真正面から翠蓮の目を見てカナタは、はっきりと言った。翠蓮の整った顔にはカナタを気遣う色がはっきりと浮かんでいる。それどもカナタにもここは譲れなかった。
しばらく見つめ合っていたが、翠蓮が先に目を伏せて頷くと言った。
「わかりました。でもこれだけは聞いて下さい。ヒナタ様は普通の精神状態ではありません。洗脳の事もですが、カナタ様の名を聞いた途端に強い感情をあらわにして修羅のように暴れだす。という事もありました。正直カナタ様を直接見て、どんな反応をされるのか想像もつかないのです。私が危険と判断したら、私たちを盾として下がってください。それを聞いて頂けるのであれば、私たち姉妹カナタ様の両腕となりましょう」
さすがにそれ以上は引いてくれそうにないな。とカナタは思い、それを了承した。実際に戦った事のある翠蓮さんの判断に従うと。
そこでちょうどインカムから、ゆずの準備完了の声が聞こえた。狙撃ポイントを決め、すでに相手を照準内に収めているとの事。
襲撃のタイミングはゆずに一任してある。当たっても外れても狙撃を合図に突撃する手はずになっている。
念のため、スバルとダイゴは反対側に回ってもらっている。カナタ達より、少し遅れて襲撃する予定だ。
一度始まってしまえば、止める事はできない。
それは人質の龍さんの身の危険となるし、最悪ヒナタの身にも何かあるかもしれない。
カナタは翠蓮と目を合わせ、どちらからともなく頷いた。ごくりと息を飲む音が聞こえた。翠蓮も緊張しているのか、あるいは自分のものだったのかもしれない。
音を立てないように、予定位置に向かい息を殺し合図を待つカナタであった。
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