7-5
翌日は天気も良く、野営ながら気持ちよく過ごすことができた。相手の方も休養なのか場所を移動していないと、偵察に行った白蓮さんが確認してきてくれたので、距離は変わってない。
カナタは、腰の桜花を抜き、仔細を検めた。錆どころか曇り一つない刀身は、薄く黒みがかってまるで薄墨で色を付けたようだ。地味だが安っぽさは感じない拵えは実用一辺倒という感じだが、とても気に入っている。刀身は一尺八寸ちょっと。長さで言えば脇差に部類に入るのかもしれないが、扱いやすい長さだ。目釘を抜いて茎を見てみると荒々しく「桜花」と銘打ってある。
本来なら日本刀は手入れに手間のかかる代物だ。手入れを怠ると多く研ぐ必要が出たり錆が生じたりする。きちんと手入れをしてやりたいが、道具もなければ技術もない。落ち着いたら龍さんに一式譲ってもらえないか聞いてみよう。お願いできるなら手入れの仕方も習いたいものだ。
せめて乾いた布で磨き、もとに戻して横に置く。
次に持ったのは、桜花の片割れとして白蓮さんが届けてくれた刀。詳しい事は聞けていない。鞘をそっと抜くと、桜花とよく似た刀身が現れる。これらの刀はもともと一本の大太刀だった物が折れてしまったのを龍さんが打ち直した。茎を見てみると「梅雪」とあるので、これが銘だろう。桜花が根元の方を使ってあり、腰反りがやや強い。梅節は先端の方を打ち直したもので、全体的に浅く反っている。刀身の長さは一尺あるかないかで短刀と呼ぶべきか子脇差というべきか微妙な長さだが、打刀の拵えの桜花に比べ、梅雪は鍔もなく短刀のような拵えなので、龍さんも短刀のつもりなのかもしれない。
同じように乾いた布できれいに磨いて元に戻して鞘に納める。
さて、番外編だ。こっちは予備として一応荷物の中に入れていた。都市守備隊に支給される打刀の形で鋳造してある、通称「支給刀」だ。この刀には目釘も目釘穴もない。鍔を回したら刀身が柄から抜けて替えることができる替え刃式だ。
切れなくなった刃は、集めて溶かし再利用されている。エコな刀である。
もちろん切れ味は悪く、刀身も鍛えてあるわけじゃないので、粘りも強度もない。すぐ曲がるし折れる。
こっちは大した手入れも必要ないので、さっと拭いて荷物にしまった。
「………………カナタ君。何をぶつぶつ言ってる?」
……いつの間にかゆずが横に座っていた。いつ来たんだ?全く気付かなかった……刀マニアの血が騒いでめっちゃ独り言をいってたじゃないか……
「いつから聞いてた?」
「…?…………桜花が薄墨をどうとか?」
それほとんど最初の方ですよね。……顔が熱い。
「どうした?用事があるなら声をかけてくれれば」
「ううん。用事じゃない。カナタ君が楽しそうだった、なんか嬉しくなって?」
うん、首をかしげて逆に聞かれても困るんだが。まあいいか。
「ゆずは、銃の点検とか終わったのか?残弾とか。」
「一応?あんまり詳しくない。カナタ君は?」
「いや……俺も銃関係はあんまり……刀なら多少自信あるんだけど」
「うん。さっき聞いてて、わかんなかった。こしらえ?なかご?」
やめて、掘り返さないで……思わず苦笑してしまった。
「ふふっ」
わざと言ったのかゆずはカナタの反応を見て楽し気に笑っていた。
「ん~、必要かなと思って来ましたけど、お邪魔でしたぁ?」
急に後ろから聞こえた声に、二人そろって肩を跳ねさせた。もう!そろいもそろって素で脅かしてくるんだから……
「気配を消して近づくのやめてもらえますか白蓮さん……」
「すみませんです。ついです。つい」
カナタが半目で言った文句に悪びれることなく答えた白蓮に、ゆずは思い出したように言った。
「あ、白蓮さん。銃詳しそう、だった?」
「なんで疑問形なんですか?まあいいですけど。そうですねえ、そこそこのガンマニアですよぉ。」
白蓮はそう言うと、ゆずが持って来て自分の隣に置いてある銃を手に取った。
「これが№都市で製造されてるレプリカですね~。3Dプリンターありますから、そこそこの物は作れますか。M4カービンですね。三点バーストは再現できなかったのか、コストの問題か削られてますが」
そんな事を言いながら、白蓮は手際よく何個かのパーツに分解してしまった。それぞれの部分を仔細に見ているが、もうカナタには元通り組み立てることもできないだろう。
「見た感じですが、造りは悪くないんじゃないでしょうか~。ガンオイルあります?」
白蓮がパーツを見ながら言うが、二人とも何を聞かれたのかもよく分かっていない。返事がない事に視線を上げた白蓮と数秒見つめ合った。
「えーと……今度何か探しておきますね?というか、使い方は都市で習うんですよね?」
白蓮がそう聞くとゆずは頷いた。
「手入れの仕方は習わないんですか?」
それには首を振る。
「はあ……雑じゃありませんか?使い方だけ教えるって」
少し憤慨した様子で白蓮は言った。
それを聞いて、カナタはふと思い至った。
「もしかしたらわざとかも。支給されてる武器って№2で作られてるんだけど、都市同士って反目しあってるところがあるから……メンテ不足で壊れたらまた代価を払って購入しないといけないらしいし」
「ああ、なるほど。都市同士協力しあっているように見せて、出し惜しみしてるんですねぇ。これ弾も弱装弾ですよ?」
「ん?弱小弾……弱い?」
少し呆れて言う白蓮の言葉に、ゆずは首を傾げた。それも知らなかったようだ。
「もうふわっとそれで正解でもいいですけど。弱装弾ですね。火薬の質とか量が少ない弾丸の事です。多分自分の所の部隊はフルスペックの物を使ってるんじゃないですか?」
そこまで言うと白蓮は何かを考え出した。腕を組んで数秒、ちらっとゆずを見ると立ち上がってズボンの埃を払う。
「少し、待っててもらえますかぁ?」
そう言い残し、足早にどこかに行ってしまった。ばらしたゆずのM4をそのままにして……
「これ、どうしよう。」
顔を見合わせて、お互いに首を振る。もとに戻す自信はない。なんなら壊す自信の方があるくらいだ。
「ん、白蓮さんを待つ。のんびり」
ゆずはそう言って、あお向けに寝転んでしまった。
「カナタ君も、寝転ぶ。いい気持ち……」
「そうだな……どうせ待機だし。のんびりするのもいいか……」
気持ちよさそうなゆずにつられて、カナタも隣に寝転ぶ。天気は良く、標高が高いためか風が気持ちいい。
「もう少し離れただけなのに、二人して気持ちよさそうに……」
白蓮の声が聞こえたので、起きて思い切り背伸びをする。
「いや、すいません。気持ちよくてつい」
頬をかきながら苦笑いしていると、今度は私も一緒にお昼寝します!と言われた。怒るポイントそっちですか……
「それよりもこれ、ゆずさんにあげます。お姉さんからのプレゼントです」
そう言いながら、白蓮は持ってきた風呂敷に包んである棒状の物を、ゆずに手渡した。 受け取ったゆずの感じではけっこう重たい物のようだ。
「そういえば姉さんから、機会があったらゆずさんに戦い方を教えてあげるよう言われてました~。これはその手始めですね」
そう言えば、二年前に翠蓮の事を気に入ったゆずが、翠蓮を目標にするって言っていた時に妹の方が教えるのがうまいとかって言っていた。
覚えてて、わざわざ伝えててくれたんだ。翠蓮さんも律儀な人だ、ほんの少し一緒にいただけなのに。
感心しながら、ゆずが包みを開けるのを見ていると、中から出てきたのは小銃だった。
「それは、駐留軍の感染者が持っていました。MK14というライフルです。M14という少し前のライフルを改造してあるものです。さっきゆずさんが持っていたM4よりも大きい口径の弾薬を使います。」
話を聞きながらその銃を眺めていたゆずは、マガジンに弾が装填されていない事を確認して構えてみた。
「長いな……」
見ていたカナタが思わず言ってしまう。小柄なゆずが構えると銃身が長いのでひどくアンバランスに見える。言ってしまうと子供がライフルを構えているようだ。
「ふ、伏射なら……」
ゆずが少しムキになって、伏せて射撃する姿勢でかまえてみたが……なんだろう、銃にしがみついているように見える。
白蓮を見ると、目をそらして口を押えていた。そしてカナタの視線に気づくと「やっちゃいました」と言いたげな表情になり、ゆずの傍らにしゃがんだ。
「ええっとぉ……ゆずさん、もう少し調整しましょうか。パーツもいくらかあったから、私がゆずさんに合わせて改造してきます」
そう言うとゆずから奪うように銃を取って、白蓮はどこかへ行ってしまう。
あとに残されたカナタとゆずはなんとも微妙な顔をして白蓮の消えた方向を見つめていた。
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