7-4
頭が痛くなりそうだが、獅童と関わるといつもこうなのだ。都市ではさらに取り巻きの女どもが騒ぐから話にならなくなる。
「カナタさん。なんだか面倒な方の様ですが、もうお任せしてしまっては?カナタさんはやる事があるのですから」
白蓮がカナタにそっと耳打ちする。
そうだ、マザーの調査は押し付けてしまおう。どうもあいつと話すとペースが乱されるんだよな……。
「分かりました。俺たちはマザーの調査から手を引きます。後はお任せしますよ」
そう言うと返事も聞きたくないカナタは、仲間たちに向かって話す。
「龍さんたちの事も気になるけど、近辺を調べたい。ヒナタの痕跡があるかもしれないから……」
そう言うと、仲間たちは頷く。そして立ち去ろうとした時にまた後ろから声をかけられる。
「ヒナタちゃんって?」
声をかけてきたのはハルカだった。すこし意外に思いながら、知っている事を話す。すると、しばらく考えていたハルカは白蓮を見ながら訊ねる。
「この人はヒナタちゃんの事を知っているの?」
ハルカの問いに白蓮は首を振る。
「それじゃ、その女の子がヒナタちゃんかどうかわからないじゃない。カナタ、この周辺はいまかなり危険なのよ?そんな所を捜索するとか、無謀すぎるわ」
ハルカはそう言うが、それは承知の上でやろうとしている。かまわず行こうとしたが、また厄介な奴に捕まった。
「ハルカ君。まだ彼の世話を焼いているのかい?優しいねえ君は。でも問題がある、カナタ君、君の今回の任務はマザーの情報収集だったはずだ。」
いらっとする言い方だ。さらにびしっと指さされ、さらにイラつく。この男の態度全てにイラっとしてしまう。
「……だから、それはそっちに任せると……」
「はぁ……面倒な仕事は僕たちに押し付けて自分は好きにしようって言うのかい?それは通らないよ。立派な服務規程違反でもある」
いったいこの男は何を言いたいんだろうか……
本来の任務は自分たちに任せろと言ったかと思えば、押し付けただの服務違反だのと言いだす。さっきからゆずが珍獣をみているような目で見ているぞ。
「服務規程違反はともかくとしても、今は危険よ……」
「じゃあ、ヒナタを見捨てろっていうのか!?」
いらいらしてつい口調が荒くなってしまう。獅童がいるといつもこうだ。
「そんなこと言ってないじゃない。私はカナタが心配で!」
つまり売り言葉に買い言葉が成立しやすくなる。
「出て行った奴が心配することでもないだろ、そんなに俺が信用できないかよ」
「出て行ったって……私は、あなたが!」
「おおっと。いけないなあ、カナタ君。ハルカ君が心配してくれているのをそんな風に言ったら。昔の事まで持ち出すのは少々みっともなくないかね?」
ハルカと言い争いになろとした時、獅童が割って入った。なにがみっともないだ、お前がいなければ……そこまで考えて人のせいにするのは、みっともないかもしれないと思ってしまった。とりあえずここを離れよう。
「とにかく、帰るにしろどうするにしろそっちの部隊にはもう関係ないはずだ。」
その時、視線をそらせた獅童がニヤッと笑った気がする。……やめよう、いらいらが止まらなくなる。ハルカは今も心配そうに見ているが。
「よその部隊の事はほっといてもらっていいか」
そう言い残して、みんなに合図して小屋を出た。ハルカが涙ぐんでいるのを、獅童が慰めているのがみえた。
「なんだか、いやな感じの人ですねぇ」
外に出た途端、白蓮が言う。
「獅童っていうんだけど、いつもこんな感じになるんだよな。都市にいる時なんかあいつの周り取り巻きの女子ばっかだから、今みたいな事言ってたら非難轟々だったな」
カナタの言う事にスバルも横で頷いた。スバルもだいぶ被害にあってるもんな。
「あの人はきっと……いえ、やめときましょう。今はヒナタさんです。小屋の様子からもしかしたらヒナタさんたちの一行が先生たちを連れだしたんじゃないかと私は考えてます」
白蓮はヒナタがいるグループは武器を求めて来たと考えているみたいだ。
「でも、わざわざこんなとこまで、それだけのために?銃ももってたんだろ」
スバルは懐疑的なようだ。ここはかなり山奥だし、歩いて来ると一日ではつかないだろう。そう考えると……
「銃は弾が切れれば終わりですし、いつもは使えません。音がすごいですからね。それにヒナタさんが味方にいたら、刀があれば最強って思う気持ちわかるんです。実際この目で見てますからね。すごかったですよ」
「凄いというなら白蓮さんも翠蓮さんもそうだと思うけど……」
そう呟いたダイゴに、思わずカナタも頷いた。それを見てにこりと白蓮は微笑んで立ち止まった。
「この辺を起点として、付近を探してみましょう。たぶん野営か、休憩くらいはしたと思いますから跡があるかもしれません。感染者には気を付けてくださいね」
そう言うと率先して痕跡を探し始めた。それから全員で10分ほど探した所にあった。
焚火の後や、食べ物の空き袋などが散乱していた。残念ながら行先や個人を示す情報はなかったが、白蓮は近くの木の幹を熱心に見ていた。
気になったカナタが近くによって見てみるも何もない。何が気になって何を見ているのかもわからなかった。
「これは姉からの伝言です。やはり、姉と先生は一緒に連れ出されてたんですよ」
そう言う白蓮さんは少し嬉しそうだ。それだけでも少し良かったなと思う。
それから、翠蓮は休憩したり、しばらく待機したり、時間があればそれを残しているようで、こちらの追跡の精度がかなりあがっただろう。
それから数カ所それを追い続けていると、伝言に変化が出てきだした
「これは……姉も私たちが追っているのに気づきましたね」
高台や見晴らしのいい場所もあったりするので、たまたま後ろを見て気づいたんだろうと白蓮は言う。
それから暗号の中に同行者の数などの情報を入れてきているらしい。
「先生と姉さんのほかは、少女が一人、これがヒナタさんらしき人ですね。後男性が三人。全員銃で武装しているようです。姉さんも反撃の機会を窺ってるみたいで、もしタイミングがあえばこれに書いておくそうです。」
「龍さんと翠蓮さんは味方として、銃もちが三人と、ヒナタがどう動くかだな。ヒナタの様子とかはないんですか?」
何気なく聞いてみた言葉に、白蓮は過剰な反応をみせた。
「え、なんか書いてあるんですか?」
と、カナタが聞くが白蓮は答えたがらない。カナタの心に不安が募っていく。
「その……もしかして大けがしているとか、どこか四肢を欠損しているとか……ですか?」
答えたがらないのを、ヒナタの様子がおかしいのかと思ったカナタが白蓮を問い詰めてやっと白蓮が話した。
「まず冷静にですよ。これが一番大事です。ええとヒナタさんは今多分ですが洗脳されているようです」
「洗脳?」
信じがたい話だった。洗脳とか思うようにできるんだろうか……ヒナタは大丈夫なんだろうか。
「暗号では伝えられる内容も断片的で、これ以上の事は分かりません。明日の深夜、姉さんが向こうを一時的に脱出してここに来るそうで。その時に詳しく話すのと、そのぉ……手を借りたいと。たぶん、先生を人質に取られて姉さんは身動きが取れないんじゃないかと思います。でないと、銃を持っていようが素人が三人くらいなら、姉さんなら訳もなく制圧できるでしょうし~。恐らくは危険です。でも……すみませんこんな言い方は卑怯と分かって言います。ヒナタさんの事もあるので、カナタさんは放っておけないのではないかと……」
とても申し訳なさそうに白蓮はそう言った。
当然カナタとしても了承するしかない話である。でもその前に気になる事があった。
「手を貸すのは問題ありません。白蓮さんが言うようにヒナタの事もあるんです、断るわけがないです。ただ、明日翠蓮さんがここに来ることは大丈夫なのかと……翠蓮さん自身もそうですし、もしばれたら龍さんにも……」
危険が及ぶのでは、と思った。それについては。まず白蓮さんが先に向こうに行って、入れ替わって翠蓮さんがこっちに来て、打ち合わせや情報の共有をする。ということらしい。二人はパッと見てよく似ているのでまずばれないだろうとの事だった。
白蓮さんから聞いたことを仲間たちにも伝える。
「決行は明後日の日の出前、強襲して一気に片付ける予定だそうだ。だから明日一日はゆっくり休養を取って、これまでの疲れと装備の点検を確実にしておいてほしい。あとは、これは俺の個人的な意見なんだが……今度の戦闘の相手は感染者じゃない。生きた人間だ。どんな奴かも知らないが、聞いた限り悪人で間違いないと思う。それでも、もしこの中に相手を攻撃することに躊躇のある者がいたら、参加しないでバックアップに回ってほしい。もしいざという時に躊躇してしまって、斬れない引き金を引けない。そうなってしまったら自分の命が危険になる。躊躇する、しそうだからって恥ずかしい事でもなんでもない。手を挙げてほしい」
ゆっくりと意図が伝わるようにみんなに話した。内容はきっと伝わったはずだ。ゆっくりと仲間の顔を見渡したが、誰一人手を挙げる事はなかった。ダイゴ、ゆず、花音あたりは、もしかしたらと思っていたが、覚悟を決めて同行してくれていたようだ。全く抵抗がない事はないだろう。でもこの世界は時には非情にならないと、大切な者も守れないのだ。
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