7-1 襲撃
木立ちの隙間から、細く煙が立ち昇っているのが見えた。
喰代博士が何か燃えている匂いがする。と言い、全員で辺りを見回していると、木々の枝で見えにくいが確かに煙が見える。
「あれ……龍さんの小屋の方じゃない?」
ダイゴが煙の立っている方向を確認して言った。今カナタ達がいるであろう場所から大体だが、方向はあっている。
「いや、あそこ鍛冶小屋だろ?火使ってんだから煙くらい当たり前なんじゃねえの?」
眉を寄せスバルはそう言うが、ダイゴの表情は晴れない。むしろ一層不安気な様子になっているようだ。何か心配しだすと止まらないのがダイゴだ。いっそ会いに行って無事を確認しないとこれからの行動に影響してくるかもしれない。
とりあえず行ってみようか、そう提案しようとした時だった。
「行くのはやめておいた方が、いいかもしれませんねぇ」
「おわぁっと!」
あまり緊張感を感じさせない女性の声がすぐ近くから聞こえ、スバルとダイゴが驚いて飛び退いた。
それはさっきまで煙が上がっていると言って、みんな見ていた方向だった。その時誰もいなかったし隠れるような場所もないはずなのに……行くか行かないか話そうと、それぞれ目を離した一瞬の間にその女性はそこに立っている。
「あらら、驚かせちゃいました?ごめんなさいです。ほら、何者だ!とか言い合うのが面倒で」
と、軽い調子で言っている。まるで、コンビニにでも買い物に来て知り合いに会ったのでちょっと声をかけてみたくらいの感じで。
すぐ近くにいたカナタ達は驚きで、行動がとれず武器を握る事すらできていないのだ。
「カナタさんで間違いないですよね?」
実際はちゃんとわかっているのだろう、そう訊ねてはいるがカナタの方に一歩近づいている。
「そこ、動かない。動くと、撃つ」
少し後方にいたので、カナタ達より動きが見えていたのか、ゆずはしっかり小銃を構え狙いをつけていた。しかしそれに恐れる様子も慌てる様子も見せず、マイペースにその女性は話し続けた。
「わたしは敵ではないですよぉ?えっと……ちっちゃい子二人いますねぇ。姉さんから聞いたのは一人でしたが……あなたがゆずちゃんですね?」
銃を向けられているというのに、全く動じていない。それどころか銃を向けている本人にそうやって話しかける始末だ。
ただ話している内容を理解したゆずは、わずかに銃口を下げた。
「姉さん……翠蓮の?」
眉を寄せ、怪訝そうな顔のままゆずはそう訊ねた。翠蓮の名前が出た事で、その女性はにっこりとほほ笑む。
「そうです。翠蓮は私の姉です。私の名前は白蓮といいます。聞いていた通り優秀な子ですねぇ。すぐに発射態勢に入っている事と、相手が少々動いても撃てる距離感。何より敵じゃないと思っても完全に狙いを外してしまわない用心。ん~100点あげちゃいます!」
白蓮はそう言うとゆずに向かって拍手しだした。これにはゆずも困惑を隠せないでいる。後方のゆずに向いているため、もともと先頭にいたスバルやダイゴに完全に背中を見せてしまっている所を見ると敵意はなさそうだし、翠蓮さんも確か妹がいるとか言ってた気がする。
「あの……白蓮さんでしたっけ。いったいこれは」
「ああ、ごめんなさい。本来の要件を済ませてませんでしたぁ。」
そう言った白蓮は、こぶしを頭に当ててちょっと舌をだす。てへっ!ってやつだ。リアルで見るとは……この人はなんなんだろう、まったく読めない。
「ええと……先生から預かってきました。カナタさんに渡すようにとの事です」
白蓮はカナタに細長い包みを差し出す。これまでの流れですっかり飲まれてしまっているカナタは恐る恐るそれを受け取った。
「龍さんから……短刀?ですか……どうしてこれを?」
もらえるのか、そう聞いてみる。そんな約束はしていないし、気軽にもらえるようなものでもない。二年前に少し会って話をしただけの自分あてにわざわざ持って来てまでもらえる理由が思いつかないのだ。
「さぁ?」
カナタの問いに対して、白蓮の返事はなんともあっさりしたものだった。
「え?……わざわざ俺宛に届けてくれたんですよね?」
「そうですねぇ。そういう指示でしたから。そういえば以前渡した刀の片割れとおっしゃってました。それを渡す理由まではちょっと……先生のお心は私程度の者が推し量れるものでもないので」
白蓮も詳しい理由は聞いていないようだ。
「なんでもその片割れが急に息を吹き返したとか……まあ、あまり深く考えずにいただいておかれたら良いのでは?」
「そう言われても……それならせめてお礼を……あ、そうだ。劉さんの所に行かないほうがいい理由は聞いても?」
あくまで軽い調子の白蓮の言い方にカナタも戸惑っている。せめて礼を言わないとと思った事で、最初に白蓮が行くのを止めていた事を思いだした。
「あ、実はですね。近くに感染者の集団がいるのはご存じと思いますが、最近それらが移動をするようになりましてさっきまで集団に襲われてたんですよ。いろいろあって撃退できたようですがぁ、危険には変わりありませんので」
ほんのすこし声のトーンが低くなった気がするが、白蓮は聞き捨てならないような事を言う。
「それは……早く避難しないと。あの、前にも言ったんですが俺たちが住んでいる都市に避難しませんか?」
前回も同じことをいって龍には断られている。しかし今度は状況も悪い。集団が移動をしているのなら安全圏に行ったのを確認して戻ってくるという手も……
カナタは、言葉を尽くして避難を勧める。スバルやダイゴもその方がよいと口添えするものの、白蓮は頷かない。
「ありがとうございます。私自身はその意見、ありがたくて賛成なんですよ?でも肝心の先生が動かれないので……姉も私もずいぶん申し上げたんですが、ダメでした。先生が動かれない限り、姉も絶対動きませんし、アタシもちょっと困ってるんですぅ」
と、あんまり困ってるようには聞こえない口調で白蓮は言う。そして、何かを思い出したように手をうった。
「そうそう、カナタさんこんな女の子知りませんかぁ」
白蓮がそう言って何点かの特徴を上げる。体型や髪型、雰囲気、と少し特徴的な服装。白い武道着のようなもの……その特徴からカナタが導き出したのは……
「ヒナタ……?」
信じられないといった表情で、呟いた。どうしてこんな場所でとかいろんな事が頭に浮かぶが、まとまらない。
「確かにヒナタちゃんぽくはあるけど……」
スバルは冷静な分、懐疑的な口調になっている。
「それになんか雰囲気って言うか白蓮さんの見たその子とヒナタちゃんのイメージに少し違和感はあるよね。確かめに行くのが一番なんだろうけど、危険だろうしね」
腕を組んでダイゴも眉を寄せている。もしヒナタだとはっきりしていれば、何をおいても探しにいくんだろうが……
ここからカナタ達が住んでいた須王町まで、険しい山々を挟んで直線で50㎞近く離れている。自分たちも移動しているのだから絶対ないとは言えないが、ここで会う可能性はずいぶんと低くなってしまうのではないか。
なにより怖いのは、危険である場所に冷静さを欠いたままカナタが行くのを恐れていた。
「いや、多分だけど間違いないと思う。白蓮さんのみた時の姿が……」
なぜかカナタは確信めいたものをもっているようだ。そこにいる全員が心配そうに見る中、カナタはぽつぽつと話し出した。
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