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休日の追加投稿だ!
翠蓮の脳裏に、まさかという思いが浮かんだが、次の瞬間にそれは消えた。
森の木々の隙間から射撃する者の姿が見え隠れしている。見たことの無い男性が三人ほど、感染者に向かって射撃している。
だが、あまり上手くないようで音の割には倒れる感染者の数が少ない。
姿を現す数のほうがまだ多い。あと、一息、何かきっかけがあれば隙を作れる。そう考えた翠蓮はいっそ己が斬り込むか……そう考え一歩踏み出したとき、未だ数を増やしている感染者を断ち割るように一陣の風がふいた。
武道着だろうか、白い装束を纏ったまだ若い少女がその見た目から考えられない勢いで感染者を叩き伏せ、押し返し始めた。
手に持つは鉄パイプだろうか、振るう技は刀の技に思える。少し特徴的な真っ白な武道着のような物を身にまとっている。単身ながら当たるべからす勢いで、感染者の真ん中に切り込んだ少女は自分の周りにいる感染者をあっという間に叩き伏せた。
一瞬我を忘れて見入った翠蓮だったが、すぐに立ち直ると同じように呆然としている白蓮に声をかける。
「今よ、白蓮!この時を逃してはなりません。行きなさい!」
言われてハッとした白蓮は、目の前の感染者を斬ると一気に走り出した。
「おい、待て!逃げたぞ!」
「逃すな、追え!」
先程から銃撃していた男達が口々に叫ぶ。
助けと思ったが、そうではなかったようだ。隙を作ってくれた事だけは感謝するが……
「まて!」
そう叫び、白蓮の後を追う者もいたが、動きを見るに追いつけるとは思えないので放置する。
それよりもすぐそこで、まるで獅子奮迅の働きをする少女から目を離せない。
その少女からは悪意や害意を感じない。むしろ何も無い……「無」である。
感染者のような存在と戦う事になった場合、多かれ少なかれなにがしかの感情が表に出るはずだ。単純に恐怖であったり、たいせつな者を奪われた憎悪、あるいは誰かを何かを守らんとする心。しかし目の前で暴れる少女からはなんの感情も感じられず、ただなんとなくそこにあった物を片付ける。そんな感じで感染者達を倒している。真っ白な道着をまとっていながら返り血の一つも跡がないのは、それだけ卓越した体裁きのなせる業だろう。
思わずその少女から目を離せずにいると、後ろから声をかけられる。
「翠蓮。その少女に」
いつのまにかそこにいらっしゃった先生が、短刀を持ってきていて、渡すようにと言われる。飾り気もない少し長めの短刀。
先生がそう言うのならと翠蓮は受取り、目の前の感染者を斬ってどかし、少女に近づく。
「これを使いなさい!」
そして、そう声をかけて預かった短刀を渡した。
それに対しても、なんの感情も浮かべる事なく、受け取った少女は手早く帯に差すと、鉄パイプを納刀したかのように持ち替えた。
その姿勢から、勢いに乗せ振り抜いた鉄パイプは二体ほどの感染者の頭を砕いて飛ばした。そして、短刀を抜くと二刀の状態で構える。
「居合?でもさっきの技は見た事が……」
確かに見た覚えがある。それは先程も考えていた事なので、すぐに一致した。別に今言う事ではない。しかし思わず口に出していた。
「そこのあなた!カナタと言う男性に覚えは?」
目の前の感染者を切り伏せ、少女に問うとそれまで何の感情もなかった顔に劇的に変化かあった。それは一言で言うならば憎悪……
「兄さん……あなた、兄さんをどうした!」
目の前の感染者から、完全に翠蓮へ意識を移した少女は邪魔と言わんばかりに目の前の感染者を叩き伏せると、翠蓮に向かって来ようとする。
予想外の反応に戸惑う翠蓮が返答を返せないでいると、さっき射撃していた男のうちの一人が、慌てたように声を上げた。
「ヒナタちゃん!そいつはお兄さんとは関係ないよ。僕がよく知ってるから。ここはもういい、一旦引こう!お兄さんの事は僕に任せて!」
驚いた事に、男がそう言うとあれほど激しい反応を見せた少女がまた「無」に戻り、言われるままに撤退を始める。
幸いだったのは、銃声で感染者達の関心が向こうにいっていたことと、白蓮を追って行った者が大声を出して行ったため、迫る感染者の何割かがそっちに向って行き、ようやく感染者の数に終わりが見えてきた。
そうして、最後の一体を斬る。すでに男たちもあの少女も姿を消している。しかし翠蓮の脳裏にしっかりと焼き付いている。恐ろしくなんの感情を見せず感染者を打ち倒す少女の姿、しかし翠蓮の一言で想像以上の反応をみせ劇的な感情の変化をみせた。
「これは……カナタ様に伝えないといけませんね。」
なんの関係もないとはとても思えなかった。そして少女は言った。兄さんをどうしたのかと。
単純に考えれば、あの少女はカナタと兄妹なのであろう。何か事情があって別にいるのかもしれないが、後ろから声をかけた男が気になる。その男が声をかけた途端、また「無」になった。
「カギはカナタ様とあの男ですか……」
その事も気になるが男たちがここへ来た目的も気になる。ただの通りがかりとは思えないし、その口ぶりはとても善人のようでもなかった。
なんとか感染者の襲撃を退ける事ができたというのに、翠蓮の心は晴れなかった。
「すまないね、翠蓮。危険なことばかりさせてしまって。わしも少しは戦えればよいのだが……」
翠蓮に歩み寄り、いたわるような言葉をかける龍に、翠蓮は姿勢を正して言う。
「人には役割という者があります。先生は立派な物をお作りになっているではありませんか」
「まだこれからだよ。感染者達も近くにいるようだし、先ほどの男たちもそこまで離れないで様子をみているようだ。恐らく何か目的があってここに来たのだろう。武器……かもしれんな。どこかで鍛冶師がいる事を聞き、あの少女に使わせるために……あの少女も不憫な。どうやったかは知らんが、あの男に心を縛られておる。難しいな……どれをとっても一筋縄ではいかん。翠蓮よ、本当にここに残って良いのか?まずろくな事にはならんし、生き残れるかすらさだかではあるまい」
龍は心配そうに言うが、翠蓮の心は変わらない。むしろ難しい状況であればなおの事先生のお傍を離れる訳にはいかない。
「そなたも頑固者よな。ではどうなるかわからんがこれからも頼むぞ。この苦境を切り抜けた暁には、そなたの望む事で報いろう。そのためにも翠蓮。死ぬではないぞ」
翠蓮の様子に説得をあきらめた龍は仕方なく受け入れて、翠蓮が運命を共にする事を認めた。この危機を乗り越えた時にも特に望むことはない。翠蓮にとっては忠誠を誓っている主のそばに仕える事が出来ればそれでいいのだから。
そうしたやり取りを交わす主従を、悪意は静かに狙っているのだった。
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