6-6
少し早めの更新です^^;
「ゆず」
美浜集落を出て歩きながら、カナタは少し離れた所を花音と一緒に歩いているゆずを手招く。
「カナタくん、どうかした?」
花音と手を繋いだまま、ゆずはカナタの隣に並んで歩く。「ああ、ちょっとな」そう言いながら、カナタはゆずが背負っているリュックに取り付けてあるインカムの親機をいじっている。
「よし。はい花音ちゃん。これを耳に着けて」
カナタはインカムの子機を取り、使い方を教えながら花音に手渡した。
「そう、そのボタンを押しながら話すと、同じものを着けてるみんなに聞こえる。何か話してみな?」
にこやかに言うカナタに、まだ少し遠慮がちに受け取った花音は、言われたように耳に着けて、小さく「あ」と声を出した。
「うん、ちゃんと聞こえる。じゃあゆず、なんか言ってみな」
「花音」
ゆずもあえて小さめの声で言うが、インカムはその声もちゃんと拾って周りに届けた。
それを聞いた花音の目が少し大きくなって、カナタを見て頷いたのできちんと聞こえているようだ。
「何かあったらそれでちゃんと言うんだ。ゆずが来てくれる。ゆずだけじゃないぞ。ここにいるみんなが花音の仲間だ。きっと誰かが助けてくれるからな」
「……なかま…………」
言われて花音はやっと顔を上げて、まわりの皆の顔を見回す。それまではずっと俯いて歩いていたのだ。
周りを見て、そこにいる全員が自分を微笑みながら見ている事に気づいた花音は、何か言おうとしたが言葉にすることはできなかったようだ。
そのかわり、ちいさくぺこんと頭を下げる。
「ふふっ」
それを見たゆずは笑って花音の頭を撫でるのであった。
ほほえましい顔でそれを見ていたスバルだったが、真面目な顔になったかと思うと、スッとカナタに近寄り、
耳打ちした。
「それ、ハルカ用にとっておいたんだろ?いいのか渡しちゃって。あとから返せっていうのは可哀そうだろ」
「返せなんて言わないさ。それにハルカは別で居場所を作ってるじゃないか。残してたのはハルカのためってわけじゃないさ」
すこしむっとした顔をしてカナタはそう言い返す。スバルは何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずに離れて行った。
ほんとはハルカの分として取っていた物だった。このインカムは警備会社みたいなところで見つけた物で、見つけた時はもっとたくさんあった。それをカナタ達が人数分確保したうえで、残りは探索の成果として提出している。これは認められている事で、探索時に発見した物資で武器や食料以外は、見つけた物が使ってもよいとされているのだ。
見つけた分全部十一番隊の物としても良かったのだが、カナタはあえて今の数だけとったうえで提出したので、誰もがハルカの分であると分かっていたのだ。
カナタ達も十一番隊として活動しているのだ。ハルカも区切りのいい所で六番隊を抜けて戻ってくるかもしれない。そう思っての事だったのだが……
それを花音に渡してしまったカナタを、スバルとダイゴは少し悲し気な表情で見ている。ゆずと花音はそんなことはつゆ知らず、インカムの使い方や、それを使うべき状況なんかを話して聞かせ、花音もそれを必死におぼえようとしているように見える。
「いくらかはましになってくれてよかったよ」
スバルやダイゴの視線を見ないようにして、カナタは話題を変えるようにそう言った。
「あ、ああ。そうだな、助けたばっかの頃は身じろぎもしなかったもんな。」
それに対しスバルが答える。
保護した当初、花音は話すことはもちろん聞かれた事に対しての返答さえろくにできない有様であった。ふいに誰かが動いた時などにビクッとはするが、自分から話したり、動いたりすることに対して怯えている様子で、まるでそうすると誰かから咎められると言わんばかりに……。きっとそういう目にあっていたのだろう。
「それでも、あれくらいの子が必死に頑張らないといけないのを見るのもつらいけどね」
と、これはダイゴ。
花音くらいの子供は本来なら親の庇護のもと守られていてしかるべき年齢ではある。だが状況はそれを許さないし、そうさせてあげられる力は自分らにはない。それがつらいという事だろう。
もちろん自分の力だけで生き抜けなどと言うつもりはないし、可能な限り手助けはしてやるつもりでいるのだが、それだけで生き残れるほど甘くはないのである。
「ダイゴ、もし戦闘になったら悪いが気にしてやっていてくれ。」
そう言うカナタにダイゴは真剣な顔で頷く。先頭に立って戦う役目のスバルやカナタとは違い、ダイゴの役目は守ることが主になる。前回使っていた機動隊が使う盾はダイゴの専用装備といってもいいほどになっているのだ。
「さて。これからマザーを確認できた神社を目指すんだけど……少し寄り道をさせてもらえないかな?」
唐突にカナタがそんな事を言い出した。主に喰代博士に向けて。
「寄り道ですか?私としては一刻も早くマザーをこの目で見たいんですが……まあ私は皆さんについて行っているだけですから。私は構いませんよ」
「すいません、そう時間は取りませんから」
そう言ってカナタは神社へ向かう道から、脇にそれる道へと入っていく。それは前回通った道だった。
「おい、カナタ。寄り道ったって、どこにいくんだよ?劉さんの所は打ち合わせで神社の後に行くって決まったろ。その他にどこ行くんだよ」
カナタの後ろに続きながらスバルが言う。
「いや、そんなとこまで行かないさ。もうすぐそこだよ」
振り向きもしないままカナタはそう言って歩き続ける。やがて見覚えのある場所に着いた。
「ここ、前来た時に休憩した小屋じゃないか。こんなとこに何の用だよ」
目の前には前回来た時に、一晩明かした猟師小屋が見える。ここまで来てもピンとこないようで、スバルは文句を言っているが、ダイゴやゆずはカナタの用事に思い至ったのか納得した顔になる。
小屋にも入ろうとせず、カナタは少し離れた空き地でようやく足を止める。そして振り返ると、ゆずに声をかけた。
「ゆず、さあ。なかなか来ることはできないし、もしかしたら二度と来れないかもしれない。この前はなんだかんだバタバタしてたからさ。ゆっくりお別れしてきな」
カナタはそう言うと、ゆずの背中を優しく押して送り出してやった。その先には特に何もないように見えるが、少し大きめの石が何個か積み上げてあった。無言でその前に立ったゆずは何をするわけでもなくただじっとその石を見つめている。
「もう。別にここに来るって言ってもいいじゃないか。黙って歩くからどこかと思っていたら。やさしいんだかいじわるなんだか」
「いや、全然ピンとこない奴がいたからさ、どこで気づくかなと思って。結局最後まで気づかなかったけどな」
ダイゴにそう返事したカナタは、その横にいるスバルをからかうように笑って見る。
「な、なに言ってんだ。とっくに気づいてたさ。ゆずにサプライズするのかなと思ってとぼけてただけだ!」
「あのう……ここは?」
状況についていけない喰代博士が言い合うカナタ達に割って入りそう訊ねた。
「ここは……ゆずのお父さんが眠ってる場所です。残念ながら感染してしまいましたが……あの頃は俺もまだ覚悟が足りてなかったって言うか……ゆずとゆずのお父さんにつらい思いをさせてしまったんですよ。しかも余裕もなかったから、大した事もできてなくて。ここには絶対来ないといけないって思ってたんです。」
カナタが言ったのはそれだけだったが、それとなく察したのか喰代博士はそれ以上聞いてくることもなく、悲しい目をしてゆずを見つめていた。
詳しく聞かなくても悲しい出来事があったのがすぐ理解できるくらいには、この世の中にはそういった出来事はあふれているのだから。
そうして、ゆずが顔を上げるのを見て、カナタも隣に立つ。
「俺もお参りさせてくれな。あの時の事を謝りたいし、ゆずの事は任せてくださいって言わないとな」
そう言うカナタに半歩ほど場所を譲ったゆずが少しだけ微笑みながら言った。
「それは、娘さんをください。的な?」
「なんでだよ」
意外な事を言うゆずに、カナタは思わず少し吹き出しながら突っ込む。
それは少し、いやかなり意味合いが違ってくるではないか。ニヤッとするゆずの頭を少し強めに撫でて、石積みに向かい、カナタは瞑目して心で語り掛ける。
(僕に覚悟が足りなかったばかりに娘さんに重しを背負わせてしまった事は許してくださいなんて言える事ではありません。でも、あなたの娘さんは俺が絶対に守る事という事を俺は今日約束しに来ました。あなたが安心して休めるように願っています)
「カナタくん、ありがとう」
カナタがお祈りを終えて顔を上げると、ゆずはそれをずっと見ていたようだ。そう言うとカナタに軽く抱きついた。
カナタ達がお参りをしている間、他のみんなも、それこそ事情をよく知らない喰代博士でさえ黙って祈りを捧げている。
ゆずはカナタに抱きついたまま、みんなには見えないよう顔を背けていたが、涙を流しているのをカナタだけには見えた。
そんなゆずの頭を黙って撫で続けるカナタだった。
二、三分そうしていただろうか、ゆずはすっきりしたような顔でカナタから離れる。
「カナタくん、ちゃんと言えた?」
「ああ、お詫びとゆずをちゃんと守るって約束……」
「娘さんを、くださいって」
カナタとゆずの言葉が被さり、カナタは思わず止まってしまった。
「いや、お前なあ……」「……ふふっ」
呆れた声をだすカナタに、イタズラが成功したように笑いながら離れるゆずの姿を見て、周りからも笑いがこぼれる。
少し離れた所から微笑みながら見ていたダイゴとスバルには、カナタ達の後ろに優しく微笑みながら立っているゆずのお父さんの姿が見えたような気がしていた。
いくらか足取りも軽く再び神社へと向かうカナタ達。
喰代博士は今時こんな若者がいるんだなと思っていた。喰代本人もまだ26歳なので年寄りというわけでもないのだが、興味のある研究に対してひたすらに打ち込んできた喰代は、まともに青春時代なんてものを経験してこなかった。
大学時代のほとんどを研究室で過ごし、その時に書いた論文が評価され、医薬品関係の開発・研究の仕事に就く事ができ、大学の頃から変わらない暮らしをしてきた。
このパニックがおきた時も研究所にこもっており、しばらくは気づかなかったくらいだ。
そして気づいたら感染者の究明に夢中になっており、No.4で研究所が発足した事を知り飛び込んだのだ。代表の松柴は大学に多大な寄付をしていて、研究室にも訪れていたのでよく知っていたのもあって。
今回、十一番隊に同行するよう言われた時、感染者をじかに見る事ができると二つ返事で了承したのだが、なぜ自分に声がかかったのかがわからなかった。
もしかしたら松柴は自分と彼らを引き合わせて、少しでも普通の若者の世界を見せたかったのかもしれない。
ここまでカナタ達と同行してきて、喰代はそう感じるようになってきていた。
と言っても研究対象を見ると、我を忘れてしまう悪い癖だけは治るとは思えなかったが……
つらつらと歩きながらそんな事を考えていた喰代の鋭敏な感覚が異変を告げ始めた。
風に乗って焦げ臭い匂いがわずかにする。どこかで何か燃えている?何かが燃えるという事はそこに何かしらの原因があるはずだ。
念の為集中して確かめるが、間違いない。
「皆さん、何か燃えているようです」
喰代は辺りを警戒しながら、共に歩く仲間達に告げるのであった。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
ブックマークや感想、誤字報告などは作者の励みになります。ページ下部にあります。よろしければ!
忌憚のない評価も大歓迎です。同じくページ下部の☆でどうぞ!