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少し早めの更新です^^;
「ゆず」
美浜集落を出て歩きながら、カナタは少し離れた所を花音と一緒に歩いているゆずを手招く。
「カナタくん、どうかした?」
花音と手を繋いだまま、ゆずはカナタの隣に並んで歩く。「ああ、ちょっとな」そう言いながら、カナタはゆずが背負っているリュックに取り付けてあるインカムの親機をいじっている。
「よし。はい花音ちゃん。これを耳に着けて」
カナタはインカムの子機を取り、使い方を教えながら花音に手渡した。
「そう、そのボタンを押しながら話すと、同じものを着けてるみんなに聞こえる。何か話してみな?」
にこやかに言うカナタに、まだ少し遠慮がちに受け取った花音は、言われたように耳に着けて、小さく「あ」と声を出した。
「うん、ちゃんと聞こえる。じゃあゆず、なんか言ってみな」
「花音」
ゆずもあえて小さめの声で言うが、インカムはその声もちゃんと拾って周りに届けた。
それを聞いた花音の目が少し大きくなって、カナタを見て頷いたのできちんと聞こえているようだ。
「何かあったらそれでちゃんと言うんだ。ゆずが来てくれる。ゆずだけじゃないぞ。ここにいるみんなが花音の仲間だ。きっと誰かが助けてくれるからな」
「……なかま…………」
言われて花音はやっと顔を上げて、まわりの皆の顔を見回す。それまではずっと俯いて歩いていたのだ。
周りを見て、そこにいる全員が自分を微笑みながら見ている事に気づいた花音は、何か言おうとしたが言葉にすることはできなかったようだ。
そのかわり、ちいさくぺこんと頭を下げる。
「ふふっ」
それを見たゆずは笑って花音の頭を撫でるのであった。
ほほえましい顔でそれを見ていたスバルだったが、真面目な顔になったかと思うと、スッとカナタに近寄り、
耳打ちした。
「それ、ハルカ用にとっておいたんだろ?いいのか渡しちゃって。あとから返せっていうのは可哀そうだろ」
「返せなんて言わないさ。それにハルカは別で居場所を作ってるじゃないか。残してたのはハルカのためってわけじゃないし」
すこしむっとした顔をしてカナタはそう言い返す。スバルは何か言いたげな顔をしていたが、ハルカの件になると頑なな態度になるカナタに、今は何を言ってもだめだろうと思い、離れて行った。
ほんとはハルカの分として取っていた物だった。都市の外を探索していて見つけた物で、結構性能はいいようで、範囲も広いし雑音も入らない。
そして、本当は花音に渡したインカムは、スバルが言うようにハルカのために残しておいた物だった。
ちょっとしたすれ違いで、居場所を違えてしまったハルカだが、カナタ達が都市に戻ってくれば、また以前のように戻ってくるかもしれない。そう考えて、ゆずのリュックに入っている親機にずっと収納されたままになっていた。
真面目な性格のハルカは、六番隊での仕事を途中で投げ出したりしないだろう。と、言う事はわかっているので、そっとしたままずっと待っていたのだが、ハルカが姿を見せる事はなかった……。
それどころか便りの一つすらない。
ハルカにはハルカの人生があるし、カナタがとやかく言う権利も資格もないのだが、それでも何となく裏切られたような気持ちになっていたのである。
それを花音に渡してしまったカナタを、スバルとダイゴは少し悲し気な表情で見ている。
ゆずと花音はそんなことはつゆ知らず、インカムの使い方や、それを使うべき状況を話して聞かせ、花音もそれを必死におぼえようとしている。
「いくらかはましになってくれたようだね」
微妙な空気になって、言葉少なく歩いていると喰代博士が花音の方を見て、カナタに向かって言った。
「あ、ああ。そうですね。ガチガチに緊張してましたからね。」
突然話しかけられて、少し動揺しながらカナタはそう返す。
保護した当初、花音は話すことはもちろん聞かれた事に対しての返答さえろくにできない有様だった。それどころか、自分から話したり、動いたりすることに対して怯えている様子を見せていた。
「多分、声を出したり勝手に逃げようとしたら、酷い事をされていたんだろうな……」
ふとした時に見せる、怯えてこちらの表情を伺うような顔。それが、そんな過去をありありと想像させる。
「ダイゴ、もし戦闘になったら悪いが気にしてやっていてくれ。」
そう言うカナタにダイゴは真剣な顔で頷く。先頭に立って戦う事が多いスバルやカナタとは違い、ダイゴの役目は守ることを主としている。前回使っていた機動隊が使う盾はダイゴの専用装備になっていた。
ダイゴにそう言った後、あらためて周りを見たカナタが、唐突に足を止めて振り返ると言った。
「さて。ここからマザーを確認できた神社に上るんだけど……少し寄り道をさせてもらってもいいかな?」
周りを見ていたカナタがそんな事を言い出した。そしてダイゴやスバル。そして喰代博士の顔を順に見ていく。
別に反対はしないけど、こんなところで何の用事が?と言いたげなダイゴやスバルの隣で目が合った喰代博士は首を傾げた。
「寄り道かい?個人的には一刻も早くマザーをこの目で見たいと言う気持ちはあるけど、私は君たちに連れて来てもらった立場だよ。何も言わないさ」
カナタはそう言ってくれる喰代博士に軽く頭を下げる。
「すいません、そう時間は取りませんから……おい、ゆず。ちょっと」
そしてカナタはゆずを呼ぶと、一緒に神社とは反対の方向へ茂みを掻き分けて入って行った。
「あ、ここって」
ダイゴはすぐに気づいた。スバルも周りを見ていてわかったようだ。
それは前回通った道だった。
「おい、カナタ。寄り道ってどこにいくんだよ?劉さんの所は打ち合わせで神社の後に行くって決まったし……。」
カナタの後ろに続きながらスバルが言う。
「いや、そんなとこまで行かないさ。もうすぐそこだよ」
振り向きもしないままカナタはそう言って歩き続ける。そのまま道なき道を進む事しばし、やがて見覚えのある建物がに見えて来た。
カナタ達の目の前には、前回来た時に一晩明かした猟師小屋が見える。人が使わなくなってかなり傷んできているが、小屋が目的というわけでもない。
ここまでくればダイゴやゆずはカナタの用事に思い至ったのか、特にゆずはハッとした後黙々と視線を落として歩いている。
小屋には目もくれず、カナタはキョロキョロと辺りを確認しながら、少し開けた場所でようやく足を止める。
そして振り返ると、ゆずに声をかける。
「さ、ゆず、なかなか来ることはできないし、もしかしたら二度と来れないかもしれない。この前はなんだかんだバタバタしてたからさ。ゆっくり話して来な」
カナタはそう言うと、ゆずの背中を優しく押して送り出してやった。その先には特に何もないように見えるが、少し大きめの石が何個か積み上げてあった。無言でその前に立ったゆずは何をするわけでもなくただじっとその石を見つめている。
その後ろ姿を黙って見つめるカナタに、非難めいた口調でダイゴが言った。
「もう。別にここに来るって言ってもいいじゃないか。黙って歩くからどこかと思っていたら。やさしいんだかいじわるなんだか」
そう言うダイゴにカナタは大袈裟に肩をすくめて言った。
「いや、全然ピンとこない奴がいたからさ、どこで気づくかなと思って。結局最後まで気づかなかったけどな」
ダイゴにそう返事したカナタは、その横にいるスバルをからかうようにチラチラと見る。
「な、なに言ってんだ。とっくに気づいてたさ。ゆずにサプライズするのかなと思ってとぼけてただけだ!」
そう言ってスバルは顔を背ける。
「んー?ここはなんなんだい?」
その時の事を知らない喰代博士が、言い合うカナタ達にそう訊ねた。
「ここは……ゆずのお父さんが眠ってる場所です。残念ながら感染してしまいましたが……あの頃は俺もまだ覚悟が足りてなかったって言うか……ゆずとゆずのお父さんにつらい思いをさせてしまったんですよ。あまり余裕もなかったから、ゆっくりお別れさせてあげる事もできなくて……ここにはもう一度来たいと思ってたんです。」
カナタが言ったのはそれだけだったが、それとなく察したのか喰代博士はそれ以上聞いてくることもなく、悲しい目をしてゆずを見つめていた。
詳しく聞かなくても悲しい出来事があったのがすぐ理解できるくらいには、この世の中にはそういった出来事はあふれている。
そうしてゆずが顔を上げるの待って、カナタも隣に立つ。
「俺もお参りさせてくれな。あの時の事を謝りたいし、ゆずの事は任せてくださいって言わないとな」
少し微笑みながらそう言うカナタに、ゆずは頷くと半歩ほど場所を開ける。そして、少し首を傾げると言った。
「ん。……それは、娘さんをください。的な?」
「いや、なんでだよ!」
思ってもなかった事を言うゆずに、少し吹き出したカナタは、思わず突っ込む。
わざとだったのか、イタズラ気に笑うゆずの頭を少し強めに撫でて、石積みに向かったカナタは瞑目して心で語り掛ける。
(僕に覚悟が足りなかったばかりに、ゆずに重い物を背負わせてしまいました。その事を謝りたかったのと、ゆずは俺が絶対に守る事という事をあらためて約束しに来ました。俺は宗教の事なんかわからないし、死後の事なんて想像もつきませんが、あなたがせめて安心して休めるように願っています)
「カナタくん、ありがとう」
カナタが目を閉じて祈る姿をじっと見ていたゆずは、ゆずカナタが顔を上げるのを待って、そう言うとカナタに軽く抱きついた。
カナタ達がお参りをしている間、少し離れた場所でスバルとダイゴも黙って祈りを捧げている。
ゆずはカナタに抱きつき、見せないようにしていたが、その顔に光るものがあった。
そんなゆずの頭を黙って撫で続けるカナタだった。
しばらくそうしていたが、ゆずは目元を赤くして、それでも幾分すっきりしたような顔でカナタから離れて見上げる。
「カナタくん、ちゃんと言えた?」
薄い表情は相変わらず、小首を傾げるようにしてゆずは言う。
「ん?ああ、お詫びとゆずを守るって約束……」
「娘さんを、くださいって」
カナタの言葉に被せてそう言うゆずに、カナタは思わず呆れた顔をする。
「いや、お前なあ……」
呆れた声をだすカナタに、イタズラが成功したように笑いながら離れるゆずの姿を見て、周りからも笑いがこぼれる。
少し離れた所から少し微笑んで様子を見ていた喰代博士は、事情こそ詳しく知らないが、笑い合うゆずとカナタの後ろに、優しい眼差しで二人を見る男性が立っているような気がしてならなかった。
――今時、こんな若者もいるんだねぇ……。
あらためて神社への道を登り始めたカナタ達の背中を見ながら、微笑みを浮かべた喰代博士はそう思っていたが、感染者の研究のためならフィールドワークも躊躇わない喰代博士の感覚が、異変を感じ取った。
風に乗って焦げ臭い匂いがわずかにする。感染者は火を使わないし、燃料も乏しい今となっては何かが燃えるには人為的な行為がないとあり得ない。
「何か燃えているようだね……神社はもう近いのかい?」
喰代博士は辺りを警戒しながら、先を行くカナタ達にそう告げるのだった。
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