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あれ以降は特段変わったこともなく、美浜集落の近くまでのぼってきた。
以前と異なり、感染者の集団がいるトンネルへの道はロープが張ってあり通れないようにしてある。
あれだけいるのに、どの個体もこちら側に来ようとしないのが不思議だが、来ないほうがいいのでそこは置いておく。
トンネルを迂回する道を過ぎると美浜集落だ。連絡はいってるはずだが一応ゆっくりした速度で近づいていくと、向こうも気づいたのか、先に門が開けられ人の姿が見える。
前回と同じところに車を停め、全員が降りて門に近づいていくと見覚えのある老人が、一歩前にでて歓迎してくれた。
「久しぶりじゃな。話は聞いている、活躍しているそうじゃないか」
その老人、権さんは先頭を歩くカナタと握手すると、その肩をバンバンと叩く。
「おひさしぶりです。いてて、お変わりなくてなによりです」
叩かれながらそう言い返すカナタに笑って答えている。
「目的はまだ先じゃろうが、茶一杯飲んでいく時間くらいはあるじゃろ?」
そういいつつ、進路を公民館に向けている権さんに苦笑しながら返事を返す。
「ありがとうございます。休憩させてもらうのと、お願いがありまして……」
早速だが、カナタは権さんにこれまでの事をかいつまんで話し、№.4への無線で状況の連絡と保護した子供の事を聞いてみる。
「ふむ……都市もなかなか問題山積のようじゃの。無線はこの公民館に置いている、後でつなぐから交信するといい。子供に関しては……儂らとしてはかまわんが、子供のほうに問題があるんじゃないかね?」
そう言う権さんの言葉に、全員が後ろを見る。子供と手を繋いだゆずが後ろにいるが、ゆずのそばをけして離れようとしない。今も視線が集まり、ビクッとしてゆずの後ろに隠れるほどだ。
「ここに残っとるのはもう年寄りばっかりだし、近くにいつ爆発するかわからん爆弾みたいなもんもある。都市まで連れて帰った方がいいと思うが」
少し申し訳なさそうに権さんが言うので、慌てて気にしないで下さいと付け加える。
今の様子ではゆずから引き離すのは難しそうだ。しかしこれから感染者が最も多くひしめいている所に向かう。正面切って戦うつもりはないが、結果的にそうなってしまうかもしれないのだ。
そうすると、ゆずもここで留守番するならば一緒に残るだろう、ゆずは承知しないだろうが……
「ほれ、つながったぞ。」
カナタが考え事をしている間に、無線を№.4につないでくれた。携帯電話どころか固定電話も使えない今、離れた場所への連絡方法はほぼない。そこで№.4では独自に安全が確保できたエリアに無線を一定間隔で置き定期的な通信を行い状況の確認をしている。
使っているのはアマチュア無線の無線機器で、カナタは詳しくないが単独で四国の端から端まで通信が可能らしい。
それでも間に中継局を置く事で、より鮮明な通信を可能とし、かつ中継局近辺の状況も把握できるという。
現在№.4の通信網で一番西にあるのがここ美浜集落にある無線なのだ。
「また、ふざけた話だねえ……わかった、№.4の人間じゃないとは思うが、一応こっちでも調べとくよ。他の都市には……状況を見て伝える。アンタらの存在は向こうには知られていないんだね?念のため、これ以降はその件に関して何か聞かれることがあったとしても知らぬ存ぜずを貫きな。こっちに回してくれていいから。」
今日の出来事を松柴さんに伝えると、大層憤っていたが俺たちはこれ以上関与しないように。となった。
「あとは……んー、何ていうか。アンタらが優しくて、見過ごせないのは分かるが、時にはあまり深入りしないようにすることも覚えな。頼むから自分の事を最優先で考えてほしい。助けるなと言っとるわけじゃないんじゃ、ちと説明が難しいんじゃが……その、例えばの話じゃが、手で水を掬ったら溢れた分と隙間から出た分はこぼれてしまうじゃろ?それは当たり前で、こぼれた分を気にすることもない。それと同じなんじゃよ。アンタらの両手で救える人も数も限られている。救える限界を超えて溢れ落ちるかもしれん。時には救い上げたのに隙間からこぼれ落ちるかもしれん。でもそれは当たり前でもある。やれることには限界があるからの?心配なのは、こぼれ落ちた命に責任を感じすぎて自分を責めやしないかって事さ。」
「えーと……心配してもらってありがとうございます?」
「よくわかっていない声と答えだね」
実際の所、カナタには松柴が自分たちの事を心配してくれているのは分かるのだが、その内容が当てはまっている実感がないのだ。無理な物は無理だって事は分かっているし、松柴さんが言うほど、自分たちはそれほど正義の味方みたいなことはしていないんだが……としか思っていない。
「まぁ、いいさね。今はアタシが言った事だけ覚えててくれればいい。とにかく自分の命優先だよ!これは絶対事項だ。これだけは、しっかりそのぼんやり頭に叩き込んどくんだよ。いいね?」
そう言うと、松柴は無理しない程度に任務も頑張りな。と言ってやり取りは終了した。理解できたようなできないような曖昧な感じだが、自分たちの命優先という事は、そのつもりでやっている。いまはそれでいいかと思う事にした。
「ふふ……お前さんら、吉良にだいぶ気に入られとるようじゃな。」
そう言って笑う権さんに頬をかきながら苦笑で返すカナタだった。
休憩を終え、出発しようという時に案の定もめた。保護した少女はゆずから離れる事をよしとしなかったし、ゆずもまた、一緒に集落に残るアイデアに猛反発した。
しかもこうなる事を予想していたのか、ゆずはある考えを準備していた。
「私が銃を使う。その間、この子が周りの安全を見る。それが役割」
むしろ自慢げにそう言っているが、それには大きな問題がある。
「でもその子まだ喋れないじゃん。大丈夫なのか?」
同じことを考えたのかスバルがそう問いかけた。スバルは危険と分かっている所に連れていくのは反対なのだ。
「ん。だいじょぶ」
そら見ろと言わんばかりにゆずは自分の前にその子を立たせる。そして小さな声で言った。
「……かのん、です」
小さいながらも確かにそう聞こえた。ゆずは美浜集落に着くまで、ずっと根気よく話しかけていた。きっとこのままじゃ置いて行かれる。そう言ったんだろう。
「倉田 花音と、言います。あの……頑張り、ます。ゆずお姉ちゃんと一緒が……いいです」
最後は消え入りそうになりながらも花音と確かに名乗った。彼女の身に降りかかったことは、けしてそんな簡単に癒えるような事ではない。それでもこうして精一杯の気持ちを見せられたら、希望を拒むことができる者は十一番隊にはいない。
「9歳。よろしく」
ゆずはそう言って花音の頭を撫でている。ほんの少し前までは撫でられるのがゆずの方だったのに……もちろんこんな世界だ、強くないと生きていくこともできない。それでも彼女たちの強さを感じる事ができて、カナタはなんだかとても嬉しくなってきた。
「わかった。そこまで言うなら一緒に行く事を許可する。ゆず、しっかり守ってあげるんだぞ?お前の任務だ。そしてそのゆずを守るのは俺たちの任務だ。何かあったら遠慮なく、な?」
そう言い、カナタはゆずの頭を撫でる。きっともうすぐにこうやって撫でてあげる事もできなくなるんだろうなと感じながら。なんだか少しだけお父さんの気持ちを味わった気分だ。
「ありがとう、カナタくん」
そう言い、微笑むゆずの顔を見ながら、カナタはそう思っていた。
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