6-4
子供の事をいったんゆずに任せ、インカムでスバル達に連絡を取る。
「……今、子供を一人保護した。ひどい事をされていたみたいだ。それと同じ車に子供が二人いた。こっちはもう……子供は今ゆずが落ちつけている。子供にそいつらを見せる訳にはいかないし、もう容赦もいらない。ただ都市の部隊から依頼を受けたって事だけが気になるから、その点だけ搾り取って後は、この子供が一生見る事が無いようにしてくれ。嫌な仕事をさせるようで……」
「分かった、皆まで言うな。話聞くだけで腹の奥が焼き切れそうだ。」
「こっちは任せてカナタ君。十分後に戻ってきてくれるかな。それまでに全部済ませるから」
カナタが全部言い終わらないうちに、理解したスバルとダイゴが答えた。二人の声が冷えきって聞こえる。特にダイゴのあんな声は聞くことがない。相当頭にきているようだ。
インカムで話した内容はペアリングしたすべての機器から聞こえるので、ゆずにも聞こえている。カナタをみて小さく頷くと、子供を抱えて場所を移動させる。休ませられる所を見つけたのか、近くの建物に入って行った。
やがて通りの向こうで騒ぎだす声がかすかに聞こえてきたが、その声も遠くなりやがて聞こえなくなった。
カナタは黒いワゴンの所まで戻ると、後部座席に毛布をかけた。しばらくその場で手を合わせ、ゆっくりそこを離れると燃えやすい物を集め、ワゴンの中に入れてゆく。車体の下でガソリンタンクのドレンキャップを壊して燃料を出してしまう。ほとんど入っていないようだったが、それでもいくらかのガソリンがこぼれ地面にシミをつくった。その後にタンクの蓋も開けておいた。
「ごめんな」
色んな思いがこもった詫びを一言呟いて火をつける。そのままにしておくのは忍びないし、万が一感染の可能性がないわけではない。こんな目にあったあげく、感染してさまよいだすようにでもなったら、あまりにも可哀そうだ。
カナタが付けた火は集めた物に移り、やがて車内の物に燃え広がっていく。それがかぶせた毛布に移った頃、カナタはもう一度手を合わせると、そっとドアを閉めてその場を離れた。やがて、勢いのついた炎は窓ガラスを割って外にも出て来る。
窓ガラスが割れると外の空気をとりこんだのか、一段と炎は大きくなり、やがて車両全体を包み込んだ……
ゆずのもとへ行ってみると、子供はいくらか安心したのか、泣きつかれたのか、ゆずの膝を枕に眠りについていた。
そこは町のクリニックか診療所の待合室のようで、置いてあるソファにゆずたちは座っていた。
カナタがそこに入ってくると同時に奥のドアが開いて、そこからかごを持った喰代博士が出てくるところだった。
「あら、もう済まれたんですか?」
入ってきたカナタを見るとそう声をかけて、ソファに座った。かごの中には医薬品が入っているようで、保護した子供の手当てをするつもりか、ソファに腰掛けた。
「ゆずちゃん、その子が起きないようにまずは腕をまくってくれますか?」
そう言いながら、子供の様子を見ながら傷を消毒したり絆創膏を貼ったりしている。意外に慣れているような手つきに感心していると、ふいに話しかけられる。
「どうする気ですか?」
なにを?と問い返すまでもない。目の前の子供の事だろう。カナタもぼんやりと見ながらも考えてはいたのだ。
「とりあえず放り出すわけにはいきませんから、連れて行きますよ。それで、美浜集落か、№.4で預かってくれる所を探すしかないでしょう」
「まあ、助けないという選択肢はないようで安心しました。」
その喰代博士の言い方に、「さすがにそれは……」と言いかけたが、他の部隊の事をよく知らない。もしかしたら任務にはいっていないと知らぬ顔を決め込む者もいるかもしれない。さっきの略奪者しかり平和だったころと比べると人の心は荒んでしまっているのは間違いないのだ。そう考えて言葉を飲み込んだ。
喰代博士もそれを理解しているのか、それ以上は追求せずに手当てをしている。やがて終わったのか、「よし!」と言いながら、道具をかごに戻している。
そして最後にシャツを浮かせて、背中をのぞき込んでしばらく止まり、大きくため息をついた。
「カナタ君、悪いけど部屋を出てもらえるかしら。」
「え?」
一瞬意味が分からなかったカナタに喰代博士は少し眉を吊り上げ言った。
「一応女の子みたいだし、医師でもない男の人に肌をみせるのも良くないでしょ?それともカナタ君もしかして……」
「車のとこで待ってますから!」
そう答えて、逃げるようにカナタはその場を離れた。実際の所服装や短めの髪から男の子だと思っていたから油断していた。いくら子供でも治療行為が始まったら部屋を出るべきだったのだ。
慌ててクリニックを出て、軽トラックの所へ戻るとスバルとダイゴは用事を済ませていて、真剣な顔で話していた。
カナタが来たのに気づくと、軽く手を挙げて迎えてくれる。
「おつかれ。そっちはどうだ?」
先にスバルから聞いてきたので、さっきまでの事を話す。沈痛な顔で聞いていたが、とりあえず命に別状はなさそうとわかると、少しだけ表情が落ち着いた気がする。
「それで、こっちの事だけど……」
カナタの話が終わると、ダイゴが話し出す。
「結果から言うと、あまり情報はもってなかったよ。何でも「№都市の部隊」を自称している武装している集団が時々来ていたらしく、何回か生存者を引き渡したらしい。それは保護とかいう雰囲気じゃなくて、何か実験にでも使う様子だったと。時には感染者を拘束した状態で。とかもあったらしい。そして一番最近が、一週間くらい前に来てまた生存者の確保を依頼していったそうなんだけど、条件が新鮮な子供だったそうだよ……」
ダイゴが新鮮なという部分を強調して言う。かなりろくでもない集団のようだ。
「んで、そいつらの情報を引き出してたんだけど、都市の部隊しか知らないみたいだった。そいつらも高速を使って来ていたらしいんだけど、俺たちとは逆の方から来ていたってくらいか。」
本当にそれくらいしか知らなそうだったから終わらせてきた。と、スバルは言った。
もしこれが本当に他の№都市の部隊がやってる事なら問題だ。松柴さんにも報告しないといけないだろう。
そうでなかったとしても、都市への悪意のある行為だからどっちにしても報告は必要なのだが。
「どうするよ、多分ここで張ってればまたそいつら来るんじゃねえか?」
「うん、俺も考えたけど、いつ来るか分からないし、どの程度の武装でどの程度の規模なのかわからない状態で待ち伏せするのは危険だと思う。ここは任務を優先させるべきだと思う」
カナタがそう言うと、スバルもダイゴもしばらく押し黙っていたが、すぐに頷いた。相当腹に据えかねているらしい。
カナタも気持ちはわかるのだが、一応部隊を預かる身としては、感情で動くわけにもいかない。
それから三十分ほど待って博士たちが戻ってきた。博士は医者がもっている診療カバンを下げているので医薬品を回収してきたのかもしれない。
例の子供はゆずに手を引かれてやってきたが、一言もしゃべらないし誰とも視線をあわせようともしなかった。自分の名前すら話してくれない。
服装だけはどこかの家から拝借してきたのか、女の子らしい服にかわっていたが包帯やシップが痛々しい……
カナタが男の子と勘違いする一因になった髪型だが、よく見れば短く切っているのではなくて、適当に刈られているのだ、その扱い方が知れる。
道をふさいでいた車両は、すでに二人によって移動されており、すぐに出発することができた。
重苦しい空気をはらんで軽トラックは美浜集落に向けて再度出発するのだった。
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