6-4
子供の事をいったんゆずに任せ、インカムでスバル達に連絡を取る。
「……今、子供を一人保護した。ひどい事をされていたみたいだ。それと同じ車に子供が二人いた。こっちはもう……子供は今ゆずが落ちつけている。子供にそいつらを見せる訳にはいかないし、もう容赦もいらない。ただ都市の部隊から受けたって事だけが気になるから、その点だけ搾り取って後は、この子供が一生見る事が無いようにしてくれ。嫌な仕事をさせるようで……」
「分かった、皆まで言うな。話聞くだけで腹の奥が焼き切れそうだ。」
「こっちは任せてカナタ君。五分後に戻ってきてくれるかな。それまでに全部済ませるから」
カナタが全部言い終わらないうちに、理解したのか、スバルとダイゴの声が冷えきって聞こえる。特にダイゴのあんな声は聞くことがないから、相当頭にきているようだ。
――子供やお年寄りにひどい事する奴には、マジで容赦ないからな、あいつ……ま、今の世の中、すべて自業自得か……そう考えながらカナタは嘆息した。彼らが何も人に恥じるような事をやっていないなら、カナタは物資を分け与えただろうし、ダイゴからにらまれる事もなかっただろう。
インカムで話した内容はペアリングしたすべての機器から聞こえるので、ゆずにも聞こえている。カナタをみて小さく頷くと、ゆずは子供を促して場所を移動させようとしている。やがて使えそうな場所が見つかったのか、近くの建物に入って行った。
カナタが子供を保護した場所まで歩いていると、通りの向こうで騒ぎだす声がかすかに聞こえてきたが、その声もだんだん小さくなっていき、やがて聞こえなくなった……。
カナタは黒いワゴンの所まで戻ると、後部座席に毛布をかけた。しばらくその場で手を合わせ、ゆっくりそこを離れると木片や紙などを集め、ワゴンの中に入れてゆく。そして、車体の下でガソリンタンクのドレンキャップを壊して燃料を出して地面にこぼす。ほとんど入っていないようだったが、それでもいくらかのガソリンがこぼれ地面にシミをつくった。
「ごめんな」
色んな思いがこもった詫びを一言呟いて火をつける。そのままにしておくのは忍びないし、万が一感染の可能性がないわけではない。こんな目にあったあげく、発症してさまよいだすようにでもなったら、あまりにも可哀そうだ。
カナタが付けた火は、やがて車内に入れた木片や紙くずに移り、燃え広がっていく。それが後部座席のかぶせた毛布に移った頃、カナタはもう一度手を合わせると、そっとドアを閉めてその場を離れた。しばらくすると、勢いのついた炎は窓ガラスを割って外にも出て来る。
窓ガラスが割れると外の空気をとりこんで、一段と炎は大きくなり、やがて車両全体を包み込んだ……
カナタは重い足を引きずるようにして、ゆずが入って行った建物に入る。
そして、その光景を見たカナタは思わず微笑んでいた。いくらか安心したのか、それとも泣きつかれたのか。保護した子供は、ゆずの膝を枕に眠りについていた。
その様子を見ていると、ざらざらになっていた心が、きれいにならされていくような、そんな気持ちになる。
「ふう……」
深くため息をつきながら周りを見ると、そこは町のクリニックか診療所の待合室のようで、置いてあるソファにゆずたちは座っていた。壁には日に焼けて薄くなってしまったポスターが、健康の大事さをうたっている。
なんとなくそれを見ていると、待合室の奥のドアが開いて、そこからかごを持った喰代博士が姿を現した。
「おや、もう済んだのかい?」
入ってきたカナタを見ると、そういいながらソファにいるゆずの所に歩いていく。かごの中にはいくつかの医薬品が入っているようで、保護した子供の手当てかなにかをするつもりなのか、博士はゆずの隣に腰掛けた。
「ゆずちゃん、その子を起こさないように、ゆっくりでいいから腕をまくってくれるかい?」
博士がそう言うと、ゆずは頷いて言われたようにしている。
脈や口の中、心音などを確かめている喰代博士の姿は、薄汚れて何かの薬品のシミがついているが、一応白衣を着ているので医師に見えない事もない。
喰代博士は、子供の様子を見ながら傷を消毒したり絆創膏を貼ったりしている。意外に慣れているような手つきに感心していると、視線は子供に向けたまま博士が声をかけてきた。
「どうする気だい?」
……なにを?と問い返すまでもない。目の前の子供の事だろう。カナタもぼんやりと考えてはいたのだ。
「とりあえず放り出すわけにはいきませんから、連れて行きますよ。それで、美浜集落か、№.4で預かってくれる所を探すしかないでしょう」
目を細めて子供を見ていた喰代博士は、カナタがそう言うと顔を上げてカナタを見て薄く微笑んだ。
「……助けないという選択肢はないようで安心したよ」
その喰代博士の言い方に、「それはさすがに……」と言いかけたが、今の世の中では無償で助けようとするカナタ達の方が希少な存在なのだ。
さっきの略奪者しかり平和だったころと比べると人の心は荒んでしまっているのは間違いない。それを思い出して、気分が落ち込んでいく。
喰代博士もそれ以上は言わずに手当てをしている。やがてまくっていた袖を元に戻すとふ
そして最後に子供が来ているシャツに手をかけて、しばらく動きを止めた後、カナタの方を見た。
「カナタ君、悪いけど部屋を出てもらえるかな?この子……男の子っぽい格好はしているけど女の子みたいだからさ」
「くっ、車のとこで待ってますから!」
そう答えて、逃げるようにカナタはその場を離れた。カナタは服装や短めの髪から勝手に男の子だと思っていたのだ。
「……そういえば、女の子らしくしていると襲われやすいから男の子のふりをさせるって聞いたことあったな」
歩きながら呟きが溢れる。都市の中はだいぶ治安が良くなったが、一歩外に出れば無法地帯だ。戦う力のない一般人たちは自分の身を守るために、あらゆる手段を講じないと生きていけない。
今がそんな世の中だという事を改めて実感して、カナタはもう一度深く大きいため息をこぼした。
軽トラックの所へ戻るとスバルとダイゴは二人で談笑していた。その周りはきれいに片づけられていて、何事も無かったように見える。
カナタが来たのに気づくと、軽く手を挙げて迎えてくれる。談笑しながらでも周囲の警戒は怠っていない。その証拠にカナタが近づいてくるのも早い段階で二人は気付いていた。
「おつかれ。そっちはどうだ?」
カナタが近づくと、スバルが先に話しかけてきた。
カナタが子供……女の子を保護した時の事を話すと、スバルとダイゴは沈痛な顔で聞いていたが、とりあえず少女の命に別状はなさそうだと伝えると、少しだけ表情が和らいだ。
「それで、こっちの事だけど……」
カナタの話が終わると、ダイゴが話し出す。
「結果から言うと、あまり情報はもってなかったよ。何でも「№都市の部隊」を自称する武装した集団が時々来ていたみたいだね。今までも何回か生存者を引き渡したらしいよ。あいつらが見た感じでも保護するとかいう雰囲気じゃなくて、まるで物みたいに扱っていたって……」
実際に想像したのかダイゴの顔がまた険しくなっていく。それに続いて今度はスバルが口を開いた。
「時には感染者を拘束した状態で。とかもあったらしいぜ。……そして一番最近が、一週間くらい前に来て、物資と引き換えに条件を付け加えていったらしい。その条件が、生きている活きのいい子供。だってよ」
スバルが活きのいいという部分を強調して言う。その口調や表情からかなり憤っているのが分かる。カナタも知らず知らずのうちに強く拳を握りしめていた。
しばらく誰も言葉を発しない時間が続いたが、スバルが「ふう……」と、大きめに息を吐くと、また話し出した。
「んで、そいつらから色々聞き出そうとしてたんだけど、あいつらも捨て駒だったみたいだな。重要な情報は何一つ聞かされてなかったみたいだ。ただ、都市の部隊を名乗っていた事、そいつらも高速を利用してやって来ていた事くらいか。」
それ以上の事は本当に知らなそうだったので、少し離れた所で解放してきたと言う。スバルは納得いかない顔をしていたが、ダイゴが武器を取り上げた上で追い払ったのだと言う。
甘いなと思う反面、ホッとしたと言う気持ちも強い。
なんだかんだ言っても、人の命を奪うのには抵抗があるし、そうでないといけない。少なくともカナタはそう思っていた。どうしようもない場面は絶対にある。でもそうでないのなら……
甘い対応が、自分たちの足元を掬う可能性はあるが、それを責める気にはなれなかった。
ただ、もしこれが本当に他の№都市の部隊がやってる事なら問題だ。松柴にも報告しないといけないだろう。
そう考えながら、のんびり博士達が戻るのを待っていると、それから三十分ほどして戻ってきた。
博士は医者がもっている診療カバンを下げているので医薬品を回収してきたようだ。
博士は、医師免許を持っているわけではないものの、仕事で医薬品を開発する事もあったらしくて、医薬品の種類や効能にも詳しい。
例の子供はゆずに手を引かれてやってきたが、一言もしゃべらないし誰とも視線をあわせようともしなかった。自分の名前すら話してくれない。ずっと俯いたまま、聞かれた事に対して、時々小さく頷くか、首を振るくらいだ。
服装だけは、近くの家から拝借してきたのか、女の子らしい服にかわっていた。
髪型だけはすぐには、どうしようもないが……。
道をふさいでいた車両は、すでに二人によって移動されており、すぐに出発することができた。
重苦しい空気をはらんで軽トラックは美浜集落に向けて再度出発するのだった。
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