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№4の正門まで来ると、今回使用する車があった。前回はワンボックスカーで行ったが、今回置いてあるのは軽トラックである。
なんと燃料も満タンに入っている。これなら往復する分は十分にあるだろう。今現在、確保できているエリア内のガソリンスタンドから廃棄車両の燃料タンクに至るまでかき集めても、燃料はほとんど残っていない。
今後確保するエリアに期待するしかない状況の中、軽トラ一台分よく準備できたものだとカナタは思った。
整備は行き届いており、エンジンも快調にかかった。運転席にスバルが座り、助手席にダイゴ。残りは荷物と共に荷台に乗ると軽トラックは門を出て走り始めた。
「私フィールドワークはあんまりやったことがなくてさぁ。地味に楽しみなんだよね!なんか行く機会があっても周りが危険だからって必死に止めてくるんだよねぇ」
そう言って喰代博士は、目を細めて景色を眺めている。そして、博士の言う周りの人は、多分喰代博士の身が心配で行ってるんじゃないとカナタは感じていた。
都市の外と言ってもすでにそこそこの範囲を守備隊の手で確保している。ばらつきはあるが、だいたい500m四方を一つのブロックとしてあり、№.4を中心として同心円状に拡げてある。確保したブロックは一番街区とし、時計回りに二番街区、三番街区と呼称されている。
「この辺は四番街区ですね。ここを抜けて十四番街区、二十五番街区を抜けたらまだ未確保の領域に入ります」
カナタが説明すると、喰代博士は微妙にフレームの歪んだ眼鏡を調整しながら、流れていく景色を眺めていった。
「今の最高到達エリアが二十九番街区と聞いてるよ。いや、守備隊のみんなは大変だよね、危険な作業なんだろう?」
喰代博士がその言葉の後に、楽しそうだけど……。と、付け加えた言葉は聞こえなかった事にする。そして話題をずらすために喰代博士の事を聞いてみた。
「私?私はもともと病理学の、特に疫学の研究員なんだよ。そして、今現在起きている事象はウイルス感染によって引き起こされていると仮定されてるんだ。それでお声がかかったんだろうけど……まあ、私はウイルスより寄生虫説を推してるけどね」
ウイルス感染だろうと言う話はカナタも聞いたことがあった。ただ博士の言う寄生虫と何が違うのか気になったので聞いてみた。
「寄生虫ですか?それはなぜか聞いても?」
カナタが訊ねると、喰代博士はぐいっと身を乗り出してきて話し始めた。
「これは私の私見だから人に言っちゃだめだよ?大雑把な分け方だけど、ウイルスには明確な目的はないと思うんだよね。ただその個体に感染すると、なんとなく増殖したりして、結果的に感染した個体に影響を及ぼす。それに対して全てではないにしても、寄生虫は明確な目的があって宿主に寄生するからね。今回の事象の最終目的がまだ分からないけど、仲間を増やすための寄生と考えると面白いと思わないかい?感染者達って、感染した人は絶対襲わないってデータはあるんだよ。例え発症してなくて人として意識を持っている状態でも襲わない。どうやって見分けてるんだろうね」
実に楽しそうに喰代博士は語った。そして迂闊に聞いた事をカナタは後悔していた。話し出すと専門的な内容をつらつらと並べてくる。癖なんだろうが。詳しくないと正直何を言っているのか分からない。
しかし意外な所から同調する意見があがった。それまでゆずは、ぼーっと景色を眺めていると思っていたが、意外にも話はちゃんと聞いていたらしい。
「それは私も思った。感染者達から逃げ回っていると、大量の感染者に取り囲まれてしまう事が何度かあった。近くにいる人に集団で襲い掛かってくるのに、少しでも噛まれると不思議と襲われなくなる。だから噛まれたのに避難所まで帰ってこれて、嘘ついて中に入った人が、避難所の中で発症してその避難所はダメになる。これ、何回か見た」
集団で一人に対して襲い掛かっているのに、感染すると襲われなくなる。つまり目的が食事や攻撃とかじゃなくて、感染を拡げることにあるんじゃないだろうか。
この推論を喰代博士に話すと、博士も興味を示した。
「興味深い意見だね。現場ならではって感じかな?ぜひ今後も何か感じる事があったら教えて欲しい。他には何かないかい?」
身を乗り出してそう言う喰代博士に、もう少し軽い世間話程度に話したつもりだったカナタは、あいまいに笑みを返す。喰代博士の研究者としての食いつきに、その名前から思わずあるサメを連想してしまう。
軽トラックはエリア内を順調に走り抜けて行く。もはや車が走る光景が珍しくなりつつあるので、エリアの住民は通り過ぎる軽トラックをいつまでも見ているので、なんだか気恥ずかしい思いをしていたのだが、二十五番街区に入ると、それも一気になくなる。
「ここはまだ未確保の領域と隣り合った地域だ。警戒を怠らないようにして行きましょう。」
一応カナタがそう伝えると喰代博士もさすがにすこし引き締まった表情になって頷く。
そのまま走り、№4が管理している一番遠いゲートを抜ける。しばらく進むと、道は広くなり高速道路の乗り口が近いことを半分錆びてしまっている緑色の標識が教えてくれる。
街区から離れると、記憶にある風景との変わりようにしばし見つめてしまった。
「たった半年でここまで……」
思わずカナタが呟いた。前回通った時も放置車両があって物が散乱していたりして、それなりに荒れていたのだが……。
前に見た時よりも、だいぶ様変わりしている。放置車両には錆が浮いて、土埃なのか表面を覆っており、元の色からだいぶあせて見える。道路にも草がアスファルトを割って生えていて、きれいだった高速道路の面影を食い尽くしていた。道路だけではない。そこから見える景色もすべての建物が傷み、同じように色あせてしまっている。
荒廃した世界……。映画や小説などではよく使われていたフレーズだ。実際に目にするとは思っても……見なかったが。
周りの風景に目を奪われている間にも軽トラックは順調に進んでいく。運転席ではスバルとダイゴが笑いながら話しているのが見える。声は聞こえないが、何か楽しい話題で盛り上がっているのだろう。
前回と同じ美馬インターで高速を降りるとすぐ市街地になる。ここも同じように荒廃した街並みとなっているのを横目で見ながら美浜集落へ向かっていると、前方に道をふさぐようにして車両が停まっている。これまで見た放置車両と同じように錆が浮いて傷んではいるが、車の置き方に意図的な物を感じ、カナタは警戒した。後ろから運転席のガラスを一定のリズムで叩いた。
ルームミラー越しにスバルと目で合図しあうと、スバルは少しづつ速度を落とし、カナタは武装の確認を始める。
「どうかしたのかい?」
それを見た喰代博士が聞いてくる。その隣では、雰囲気で察したゆずもライフルを持ち、マガジンの弾薬の確認をしている。
「思い過ごしならいいんですが、前方の道路をふさぐように置いてある車両。あれがとても気になります。万一戦闘状態になったら、荷台のあおりの影になるように伏せていてください」
そう言うと喰代博士は何度か頷くと、すぐに言われたとおりに伏せている。
「カナタくん、見た限り車両の周りには人影はなし。いるなら両脇の建物の影か、銃を持っていれば二階からの狙撃もあるかも」
さりげなく付近を観察していたゆずが言った。未だに感情が薄いゆずだが、その反動かとても冷静に状況を把握できる。
これまでの経験から全面的にその判断を信用しているカナタは、その情報をもとに動きを振り分けた。カナタは耳に装着しているインカムのスイッチを押して、それぞれに動きを伝えた。
「スバル、このままもう少し前進して、道が通れなくて困ったふりを装って車を減速させて様子を見てくれ。いきなり攻撃してくるかもしれないから警戒してな。ゆずは地上は気にしなくていい。上からの射撃に気を配ってくれ、銃を持っていなくてもクロスボウや、自作で弓を作っていた奴を見たことがあるから気を付けろ。ダイゴは逆に地上に気を配ってくれ。放置車両の影や両脇の建物の死角にいる可能性がある。もし姿を見せてきて戦闘になるようなら、俺とスバルで切り込むから、状況をみてダイゴとゆずは援護を頼む」
そう言うとスイッチから手を離す。カナタ達、十一番隊の隊員全員は耳に着けるタイプの小型のインカムを装備している。崩壊前ならワイヤレスイヤホンに近い形だろうか。
物資の収集の際に発見し手に入れたもので、親機を中心に遮るものがなければ半径10mほどの通信距離がある。無線ではなくBluetoothでの接続なので壁などには弱いが、相互同時通話を可能としている。
親機はゆずがもっているので、だいたいゆずを中心に展開することになる。
「ありゃあ……こりゃ通れないなあ!」
若干わざとらしさを感じるが、スバルがそう言いながら軽トラックを停車させる。すぐに降りはしないで窓越しに周りを見ている。
「カナタくん!右の建物二階、トランシーバーを持った男が一名、飛び道具はなし。監視を続ける」
インカムを使いゆずがそう報告をする。チラリとみると、いつの間にかゆずは荷物の中に入り込んでまぎれている。そしてほとんど頭だけ出して、ライフルのスコープで探っていたようだ。そして相手のその様子から、たまたまそこで車両が故障してしまった。という可能性が限りなく薄くなり、カナタはため息をついた。
「二階から見て指示を出して有利な位置を取るつもりなんだろうな。多分物取りか……嫌な感じだな……」
そう言いつつもカナタの胸中には少なくない動揺がある。感染者相手ならばともかく、同じ人間相手にこうして武器を向け合うのはいまだに気持ちが悪いと思う。
それでも仲間たちを危険にさらすわけにはいかない。カナタの右腕には十一番隊の隊章には、隊長を示す赤いラインが入っているのだ。
そうしている間にも、周りを囲めるように回り込んだのだろう。もう何の音もしなくなった街頭に、足音らしき音が複数、軽トラックの周囲から聞えてくる。やがて、それぞれ鉄パイプやバットを持ち、フルフェイスのマスクに剣道のお面などを付けた集団が姿を現した。
軽トラックを囲むように前後二名ずつ、じりじりと距離を詰めてくる。
それと同時に、隠れていたのか、前方からも二人同じような格好をした人物が現れて、軽トラックを取り囲んだ。
「できれば話し合いで終わってほしいんだけど……な。」
そう呟いていると、動かないカナタ達を動けないでいると思ったのか、一人の男がこちらに向かって話しかけてきた。
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