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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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15-3

「おじいさんは何者なんですか?」


 突然現れた老人を前に、動けないでいるダイゴ達をよそに、ヒナタが普通にそう聞いていた。老人の方もそこまでストレートに聞かれるとは思ってなかったらしく、眉をあげると笑い出した。


「ほっほっ!何者か。そうじゃの、胡散臭い事この上ないしのう。時にお嬢さん、そなた何が武術をやっておるな?」


 失礼ともとられかねない質問をしたが、機嫌よさそうにヒナタに向かって老人はそう問いかける。ヒナタも特に警戒することなく近づいて話し出す。


「お、おいヒナタ……」


 スバルがスタスタと近寄るヒナタを止めようとしたが、ヒナタはいたって平気な顔をしている。


「多分だいじょぶ。なんとなくそう思うんだ」


 ヒナタがそう言うと、スバルは躊躇しながら手を引っ込めた。


「えと……私は剣崎陽詩(ひなた)って言います。お爺さんが言う通り、剣術を習ってました。あ、剣道じゃなくて……」


 ヒナタが剣道との違いを言おうとしたところで、老人は手を挙げてヒナタの言葉を止めた。


「うむ、動きを見ていればわかる。古式剣術じゃな、どこぞで見た気もするが……まあよい。わしは宇喜多惟信(うきた いしん)という、久々に人里に降りて来てみればこの有様でな。驚いとるわけじゃ。しかもな、人の心の乱れる事麻の如しじゃ。わしの見た所、そなたらはまともな人間に見えたでの。ちょっと話してみようと思っての」


 惟信はそう言うと、またほっほっと笑う。見た感じは若干腰も曲がった普通の老人なのだが、音もなく誰にも気づかれずに現れた事といい、見た目通りではないんだろう。


 

◆◆◆◆


「で、なんでこうなったんだろう?」


 カナタが道に面した戸建ての玄関を開けて中に入る。中で何かをするわけではない、十分ほどしたらまた玄関から外に出る。付近を警戒しながら次の家を目指す。


「しかしびっくりするくらい何もないな。役に立ちそうなものは根こそぎ奪っていってるな」


 さっきの家に入った時に中を見ていたスバルが言う。この辺りはすっかりネメシスの勢力圏内らしく、物資はしっかりと回収され、そこら辺の家には役立ちそうなものは何一つ残っていない。


「ああ、徹底してるし、それをできるだけの人手もあるんだろうな」


 カナタがそう返しながら次の家の玄関を開けて中に入る。


 『カナタ君、もう少し警戒するふりをして。中に何がいるか分からないんだから』


 インカムからゆずの声が聞こえる。


 『了解』


 短く返事したカナタは、時計を見て十分ほどで家を出る。何もせずに出ているのは物資がないからだけではない。団地から監視しているであろうスナイパーの監視をこっちに引きつけるために、物資回収に来たふりをしているのだ。


「まあ、もうすぐ着くころだし。あのお爺さん普通じゃなかったし、ヒナタちゃんも一緒だからすぐに終わるよ」


 ダイゴが玄関に置いてある木彫りのクマをいじりながらそう言った。


 そう、カナタ達がスナイパーの監視を引き受け、その間に惟信とヒナタが奇襲をかけてスナイパーを制圧するという作戦なのだ。ゆずが時間をかけて確認したところ、監視しているのは二人から三人。それ以上の人の出入りは見られないと分かったところで、惟信が散歩にでも行くようにヒナタを誘って始まった。


 見通しの良い場所だけに、いくら惟信とヒナタでも気づかれずに接近するのは難しい。だからカナタとスバル、ダイゴが物資を集めに来たと見せて、監視の目を引いている。

 監視には気づいていないふりで動くために狙撃に対して何の対策もできない。なるべく遮蔽物を利用しているが、かなり神経をすり減らす時間だった。


 大げさに周りをきょろきょろと見る動きをして見せて、カナタ達は次の家に向かった。



 その頃、ヒナタと惟信は、もう団地のすぐそばまで来ていた。


「おじいさん、身のこなしがすごいけどなんかやってるんですか?」


 ここに来るまでヒナタはかなり遠慮した動きで移動していたが、惟信が壁を蹴ってひと飛びで屋根の上に上がったのを見て、遠慮をやめた。

 相手のスナイパーの動きをゆずが見て、指示をもらいながら立体的な動きであっという間に団地に接近していた。


「ほっほっほ。ヒナタちゃんと同じじゃよ。儂も古式の剣術を極めようと今だに剣を振り続けているでな。わしの極めようとしている流派は身のこなしが必要なものでな。ヒナタちゃんなら向いとるかもしれんの」


 そう言いながら、惟信は団地のベランダに手をかけると、体を持ち上げると同時に柵を蹴って、一気に二階のベランダに上がっている。


 その動きを見て、ヒナタは心がうずうずしている事に気付いた。軽やかな身のこなしはヒナタの得意とする事である。年齢を考えると異常だが、動きだけはヒナタも負けてはいない。


 惟信と同じく、二階のベランダまで飛び上がったヒナタが着地しようとした時、ベランダに空き缶がいくつか転がっていた。このまま着地したら空き缶が転がって大きな音を立てるか、そもそも着地を失敗してけがをするかしかない。

 普通であれば……


 ヒナタは壁を蹴って空中で身をひねると、体を思い切りねじった。ひねりを加えた宙返りをした時、惟信がじっとヒナタを見ている事に気付いた。


「ふう……」


 きれいな二回ひねり宙返りで、空き缶を避けて無事に二階のベランダに着地したヒナタは息を吐いた。そこに感心したような顔で惟信がやってくる。


「これは……想像以上だの。空中にいる状態であれだけ動けるとは……。儂もあそこまではできんじゃろう。大したものじゃ」


 本気で感心している様子に、ヒナタは怒る気も失せてきた。それでも一言言っておこうとくちを開いた。


「お爺さん。私を試しましたね?」


 表情を消してそう言うと、惟信は意外な行動をとった。なんときれいな姿勢で頭を下げたのだ。


「えっ?え、ちょ、ちょっと頭を上げてください!」


 自分の何倍も長く生きている大先輩が、きれいな姿勢で頭を下げたのを見てヒナタは焦って頭を上げるように言った。それでも惟信はしばらくそのまま頭を下げていたが、ヒナタがもう一度上げるように言ったところでようやく頭を上げた。


「ヒナタちゃんなら大丈夫じゃろうと信じておったが、試したのと下手をすればケガか、敵に気付かれる危険があったのは確かじゃ。この通りすまなかった」


 そう言ってもう一度頭を下げようとする惟信を慌てて止めた。


「わ、分かりましたから!も、もういいです。怒ってませんし、お爺さんの言う通り、あれくらいならよゆーです」


 ヒナタが止めると、惟信は頭を上げてようやく笑顔を浮かべた。


「やはり、ヒナタちゃんには天賦の才がある。今言うべき事ではないかもしれんが、儂が追求してきた流派の技を引き継いでくれんか?」


 笑顔ながら真剣な様子で、そう言った惟信の言葉にひなたは空き缶よりも惟信が頭を下げた時よりも深く動揺した。


 すぐには言葉を出せないヒナタと、じっとヒナタを見る惟信の間に団地特有の風が通り抜けて行った。

 

 

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