表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

353/354

閑話 女子会

 カナタとゆずがトラップについて話している同じ時間、女子にあてがわれた部屋では自然発生的に“女子会”が開かれていた。


 テーブルの上には、お湯で溶いたスープと、割った乾パン、それから貴重な缶詰のフルーツが一皿。


「はぁぁ~、お風呂最高だった……」


 ソファにだらっと沈みながら、ヒナタが天井を見上げる。


「ほんと。こんなにのんびり湯船につかれたの、いつぶりだろ……」


 花音も、タオルでまだ少し湿った髪を拭きながら、ふわりと笑う。

 アスカは背筋を伸ばして椅子に座り、膝の上に手を揃えていたが、表情はどこか緩んでいた。


「都市の外でこんなに快適な所なんてないだろうしねぇ……」


 ハルカがスープをすすりながら呟く。


「だからゆずちゃんが、別荘にするとか言うのも、気持ちはわかるのよね。やったことは別として……」


 ハルカがスープのカップをそっとテーブルに置きながら呟く。

 

「それであのシャッターですもんね……」


 アスカが苦笑混じりに言うと、花音が苦笑いを浮かべて頷いた。


「関係者以外立ち入り禁止 ブービートラップあり……しかも横にあの感染者の山……完全にやばい施設だよね」


 ヒナタが笑いながら言うと、部屋のドアが開き、また別の声が聞こえてきた。


「ん、とても効果的だと思う」


 カナタと話を終えてきたゆずだ。コップによく冷えた水を入れて部屋に入ると、何事もなかったように輪の中に座る。


「ゆずちゃんはさぁ……もうちょっとこう、かわいい女の子らしいアピールはとかはしないの?」


 ヒナタがスプーンをくるくる回しながら聞くと、ゆずは目をぱちぱちとさせて聞き返す。


「かわいいアピール?」


「そう。例えば、髪型とか洋服にこだわってみるとか、お兄ちゃんに甘いものをねだってみるとか……普段と違うアピールをすれば、お兄ちゃんには効果的だと思うんだけどな。ゆずちゃん可愛いんだから生かさないと勿体ないよ」


 横で聞いていた花音が、「なるほど」と頷く。すると隣で聞いていた由良が控えめに言った。


「ゆずさんは、普段、弾薬ほしいですからね……」


「ん。それも可愛いと思うけど?」


 ゆずがきょとんとした顔で言う。

 

 全員一瞬黙り込んでから、同時にため息がこぼれた。

 どこにおしゃれなものではなく、弾薬を欲しがる女子高背くらいの女の子がいるというのか……


「これだからね。だから装備部で、5.56mmをむさぼり食らうなんて噂が立つのよ……」


 ハルカが肩をすくめる。


「まあ、今日みたいに、ここを守ろうって本気で考えてトラップ作るのも、ある意味ゆずちゃんらしくて好きだけどね」


 ヒナタが笑うと、ゆずは珍しく目を伏せた。


「……やりすぎって、思う?」


 ちょっとだけ、不安そうな声だった。


 その一言に、場の空気がふっと変わる。


「カナタくんにも言われた。やりすぎだって。私は優先順位がはっきりしているって自覚は……ある。私はこの場所が好き。少なくとも自分勝手に暴力で人の物を奪おうとする奴らの何倍も……」

 

 それを聞いた花音が首を振った。


「いえ! カナタさんは相手を心配してるんじゃなくて、ゆずさんにそんな事させたくないんじゃないかって思います!」


 その隣でアスカも頷く。


「私もそう思います。隊長はゆずさんをとても大切に思っているのは見てわかります。私はあのトラップの腕前を見て、すごく感心しましたけど」


「……褒めてる?」


 ゆずがアスカを半目で見ながらそう聞く。アスカはきれいな姿勢のまま、真剣な顔で言った。

 

「もちろん褒めてます」


 そんなやり取りを、柔らかい笑顔で見ながらハルカは、肘をつきながらゆずを見た。


「まぁ、ちょっとやりすぎなのはいつもの事だけどね。でも、ここを守りたいって気持ちはちゃんと伝わってるよ。私たちにも……カナタにも」


 ヒナタが、ゆずの肩に自分の頭をぽすっと乗せる。


「そうそう。なんだかんだ言っても、ゆずちゃんがお兄ちゃんやみんなの事を大切にしてるって事だもんね」

 

 ヒナタの言った言葉に、ゆずは少しだけ目を丸くしてから、視線を下げて、小さく笑った。


「……よかった」


 少し離れた椅子から静かに見ていた美鈴が、そっと口を開く。


「わたしも、この場所……すき、です。にぎやかで、あったかい」


 そう言って両手を自分の胸に当てる。まるでそこに大切な物があるかのように……。

 

 美鈴が自分から話し出した事に、花音が嬉しそうに振り向いた。


「美鈴ちゃん、最初はすごく緊張してたもんね」


 そう言う花音を見て、美鈴はぎこちなく表情を動かして、おそらく笑った。

 

「うん。今は、だいぶ……楽。花音ちゃん、たちのおかげ」


 ほんわりとした空気が流れたところで、唐突に別の声が飛び込んでくる。


「で? その、大切にしてる隊長さんにはお礼とかしないの?」


 いつの間にか部屋の入り口に立って、腕を組んで夏芽がニヤニヤしている。


「お礼?」


 花音が首をかしげる。


「せや。あんな必死で皆の事守っとるんやから。そうやな、隊長さんにぎゅっと抱きついて『ありがと!』とか」


 唐突に矛先が別方向へ向かうの。


「なんでそこでカナタが出てくるの!?」


 ハルカが薄く頬を染めて焦ったように言う。自分がそうすることを想像したのかもしれない。それを見て、夏芽のニヤニヤは止まらない。


「いや、あの人もよう頑張っとるやん。ゆずちゃんのやらかし止めたり、隊まとめたり、胃が何個あっても足りんであれ」


 夏芽の言うことはもっともだが、一部の女子たちの顔色は一斉に怪しくなる。お互いに視線を飛ばし合う者が数名。それ以外の者は巻き添えはごめんとばかりに、その場を離れた。


「お兄ちゃんに抱きつくのは私の特権だからね!」


 真っ先に宣言するヒナタ。


「いや、それはどうかと思うけど……兄妹なんだし」


 ハルカが小声で突っ込む。そして、自分が牽制し合うグループの中にいる事に気付いていない。


「花音ちゃん、ほら、命を預けてる隊長さんに感謝を込めて──とか言ってさ、どう?」


 夏芽から話を振られて、花音は目の前で両手を振る。

 

「む、む、無理です無理です無理です!」


 花音の顔が一瞬で真っ赤になる。しかしその場から動きはしない。


「意外なとこでアスカちゃんはどうなん?」


 面白そうに夏芽が、移動したグループにいるアスカにも矛先を向ける。しかしアスカはさほど表情を変えずにパスを投げ返す。

 

「私はそういうのはちょっと……。そういうのは花音さんが一番似合います」


 再び返ってきたパスに花音が慌てて声を上げる。

 

「ちょ!押しつけないでください!嫌と言うわけじゃないんですけど、その……」


 もじもじしだす花音に笑いが巻き起こり、わちゃわちゃしだす女子たちの中で、ゆずだけが少し離れた位置で静かに水を飲んでいる。


「あれ?ゆずちゃんはやんないの?」


 真っ先に参加を宣言しそうなゆずが話に加わってこない事に、不思議に思ったヒナタがゆずにそう訊ねる。

 全員がゆずを見る。ゆずは、少しだけ考えるような顔をしてから──


「それは……」


 一拍置いて、小さく首を横に振った。


「今やったら、泣くかもしれない」


 短く告げられた言葉に、一瞬、誰も何も言えなくなった。それまでにぎやかだった部屋に沈黙が訪れる。


 ゆずはしばらく黙って自分の膝を見つめて、静かに話し始める。


「マザーとの戦いの時、今回ばかりは本当に……だめだと思った。みんな死ぬって。カナタ君起きてくれなかったら、私もたぶん、あのままマザーに突っ込んでった。ここに生きて帰ってきてから、ちゃんと話せてないこと、いっぱいある」


 ヒナタがそっと、ゆずの手に自分の手を重ねる。ゆずはそんなヒナタを見て少しだけ微笑む。


「だから、今はまだ……別荘って言ったり、トラップ考えたりして、ごまかしてる。もう少しちゃんと落ち着いたら、その時、お礼言いたい」


 ゆっくりとした口調で話すゆずの横顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。


「そっか」


 ヒナタが、重ねていた手を外し、そのままゆずの肩にギュッと抱き着く。


「じゃあその時は、一緒に言いに行こ? 私もまだ、ちゃんと言えてない事あるからさ」


 ヒナタがそう言うと、ゆずはニコリと笑って、手を差し出した。

 

「ん。約束」


 小指を突き出すゆずに、ヒナタは笑顔で自分の小指を絡める。


 女子会の夜は、笑いと、ちょっとだけ照れくさい話と、そして少しだけ真面目な約束で、更けていった。ゆずとヒナタの様子を微笑ましい笑顔が囲んでいると、部屋の扉がガラリと開いた。


「あれ、みんなここにいたのかい?なんだか楽しそうな雰囲気じゃないか。まるで女子会みたいじゃないか……ってあれ?ほんとに女子会やってたのかい?」


「あ……」


 突然現れた喰代博士に、誰も声をかけていなかった事に気付き、誰もが視線を逸らしているなか、喰代博士は困ったように微笑む。


「気にしてるのかい?私はもう女子って年じゃないから構わないよ。それよりも楽しかったかい?」


 博士は近くにいた花音にそう聞いた。花音がにっこりと笑って「はい!」と元気よく返事するのを見て喰代博士は満足そうに笑った。


「それは何よりだよ」


 安全な薬局の天井には、外の荒れた世界からは想像もつかないほど、穏やかな空気が満ち溢れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ