14-9
「はあ?トラップぅ⁉何してんだよ」
カナタが薬局の二階、リビングでくつろいているスバルやダイゴに声をかけて、帰ってきた言葉だ。
「うん、スバル。気持ちはわかるんだが、ゆずがここに思い入れを持つのも分かるんだ。いい場所だろ、ここ」
カナタが部屋を見回しながら言うと、スバルも口を閉じる。みんなこの場所に心が安らいでいるのは一緒なのだ。
「それにしても、ゆずちゃんやひなたちゃんには甘いねぇ。カナタ君?」
ダイゴがにこにこしながら言うと、カナタは言葉に詰まった。甘いと言う自覚もあるだけに何も言えない。言ったのがダイゴだけに余計にだ。悪意やひやかしのつもりはなく、微笑ましいと言う気持ちで言っているのが分かっている。
「とにかく、関係ない人がトラップにかかるような事態はまずいだろ?その人にもゆずにも……」
そう言うと立ち上がり下に行こうとカナタの脇を通り過ぎるスバルがぼそっと呟く。
「やっぱりゆずに甘いんじゃねえか」
「ぐっ!」
スバルとダイゴがリビングを出て行って、胸を押さえるカナタが残った。
「どうしたのカナタ。胸なんか押さえて。あなた何か病気もってたかしら?」
ちょうどやってきたハルカが、そんなカナタを見てそう言った。カナタは苦笑した顔をハルカに向ける。
「ああ、うん。ある意味持病かもしれん」
カナタがそう答えたので、今度はハルカが慌てだす。
「ちょっと大丈夫なの?え、ほんとに?……ちょっと待つのよ!動かないで、喰代博士を呼んでこなきゃ!」
「あ、ちょ!」
カナタが誤解を訂正しようとした時にはもう、ハルカは身を翻していた。手を伸ばしたままカナタは動きを止めた。
「どうしたら、うちの部隊の奴らはもう少し落ち着いてくれるかなぁ……」
誰もいないリビングに、そのカナタの言葉は静かに溶けていくのだった。
「もう!紛らわしい事しないでよね!」
上着を半分着た状態の喰代博士を引っ張ってきたハルカにカナタが訳を話すと、ハルカがそう言って怒り出した。
「ちゃんと言おうとしたのに、お前が慌てて飛び出して行ったんじゃないか」
「誰だって慌てるでしょ!」
顔を突き合わせて言い合う二人に、ようやくちゃんと上着を着た喰代博士がやんわりと割って入る。
「まあまあ、結果的に問題なかったんだからいいじゃないか。確かにこの部隊は個性的な人が多いからね、隊長の心労は多いと思うよ?」
そう言って喰代博士がとりなすが、ハルカはぷいっと横を向いてしまう。
心配したんだから……。そう小さく呟いたのは、隣にいた喰代博士にだけ聞こえ、思わず喰代博士は笑顔になっている。
「で?そのゆずちゃんのトラップに、知らずにひっからないように明示しておくって事でいいの?トラップを解除すればいいじゃない」
まだ少し頬を膨らませながらハルカが言うと、カナタはすっと視線を逸らしながら言う。
「ゆずがおとなしく解除するって思うか?」
そう言うとハルカも一瞬言葉に詰まったあと、勢いを落として言った。
「そ、それはあなたの役目でしょ。隊長なんだから」
そう言われ、カナタは肩を落とす。
「隊長……隊長かぁ。誰も言う事きかないけどな……」
「…………」
カナタが落とした言葉には、ハルカも何も言わずカナタの肩をぽんと叩いてリビングを出て行ってしまう。
「はあ……」
ため息を吐いたカナタを見て、喰代博士は微笑ましい顔をして言う。
「本質的なところで君を中心に、強く結びついているよ。外から見るとよくわかるもんだよ。元気だしなよ隊長さん!」
喰代博士にそう言われ、少し強めに背中を叩かれてリビングを出たカナタは苦笑いと共に下に降りる梯子に手をかけた。
「見た所トラップなんてないじゃん。どこに仕掛けてんだよ」
「ほら、あんまり近づくと危ないよスバル君」
カナタが梯子を使って道路に降りてきた時、スバルとダイゴがシャッターの前でそう話していた。
「シャッターを開けると、腕が吹っ飛ぶってゆずが言ってたから気をつけろよ?」
カナタがそう言うのと、スバルがシャッターの手紙の投函口の蓋を押すのはほとんど同時だった。
そこから中を覗こうとしたんだろう。スバルが手紙の投函口にある蓋を少し押した瞬間、カチリと音がして蓋に普通とは違うテンションがかかったのがわかった。
「あ……?」
ぴたりと動きを止めるスバルと、スッと距離をとるダイゴとハルカ。そうっと振り返ったスバルが引きつった笑みを浮かべて言う。
「……何か作動したかもしれない」
すでに離れているダイゴ達を見てスバルは焦りだす。
「ちょ、お前何逃げてるんだよ!」
素早く離れている事に文句を言うスバルにダイゴは言い返す。
「だからあまり近寄るなって言ったじゃない!嫌だよ、僕は。巻き添えで腕がなくなるのは」
ダイゴの言葉にスバルの顔色が青くなる。
「待って、助けて。おい、逃げんなよ!頼むから!」
「私……ゆずちゃん探してくる」
そう言ってその場を離れるハルカ。ダイゴもそれに続こうとしてスバルが食ってかかっている。
「おい、お前まで行くことないだろ!俺を一人にすんなって」
「ちょ、スバル君暴れないで、トラップが発動するから!」
もうドタバタである。
それから五分後、トイレにこもっていたゆずを、ようやく連れてきたハルカが戻ってきた。
「……どうしたの?」
そこには、足の指でダイゴの服をつまみ、不思議な体勢になっているスバルと、それでも可能な限り離れようとしているダイゴ、そして隣の家にもたれかかって、胃を押さえているカナタの姿があった。
トコトコと歩いてスバルの元に歩み寄るゆず。無造作に近づいて行くゆずを見て、そこまで危険はなさそうだと思ったみんなが、スバルに近寄る。
「おまえら……」
変な姿勢のまま動くこともできなかったスバルが、ぷるぷると震えながら恨みがましい目で見る。
「迂闊な事をするお前が悪い」
それをカナタがバッサリと切るとゆずにたずねる。
「それが発動したらどうなるんだ?」
そう聞かれ、ゆずはカナタを見て、なんでもなさそうに言った。
「ん、ここはただの警告。大したトラップは仕掛けてない。スバル君がその指を離しても、上から刃物が落ちて来るだけ」
たいした事ないというゆずの言葉に、安心しかけたスバルが固まる。
「ん?え、刃物?」
「ん、刃物。支給刀の替え刃が仕掛けある。それがストンと」
そう言うとゆずは手でそれが落ちてくる様子を表して見せる。それを見て、スバルは再び青ざめる。どう考えても指がスッパリいく未来しか見えない。
「ゆ、ゆず?大したことないって……」
スバルが顔を盛大に引きつらせながら言うと、ゆずは軽く首をかしげる。
「……?だいじょぶ、爆発したりしない。命には別状ないから」
真顔でそう言ったゆずにスバルはがっくりと項垂れるのだった。何をそんなに……とでも言いたげなゆずは、無造作にスバルが指を突っ込んでいる郵便受けに手を入れて、上の方を探る。
「スバル君、動かないで。結構ぎりぎり。今動くと、私の指も落ちる」
真顔で言うゆずにスバルは悲鳴を上げそうな顔のまま、声を出すのを我慢している。
ゆずはそんなスバルなどお構いなしに、郵便受けの裏側を何か所か触って、両手を入れるとピンと張ったワイヤーを少しだけ緩める。
郵便受けの裏側で、設置された支給刀の替え刃がピクリと震える。
ゆずはそのまま反対の手で、ワイヤーの留め具を外した。
「これでだいじょぶ。もう作動しない。」
そう言って手を抜いたゆずをスバルはしばらくじっと見た後、パッと手を引き抜き、その反動で地面にしりもちをつく。
ズボンの汚れなど気になる余裕などない。スバルはきちんとそろっている指を見て、安堵のため息をついている。
「ほら、だからあんまり近寄るなって言ったじゃない。」
ポンとスバルの肩を叩くダイゴをスバルは恨みがましい顔で見る。
「郵便受けのこれはただの警告。シャッターを開けようとしたら、もう止められなかった。」
ぽつりと呟いたゆずの言葉に、スバルとダイゴの顔が引きつる。カナタは胃を押さえ、ハルカは苦笑いをしている。
スバルは思った。
――もうゆずが何か仕掛けた所は絶対に触らない、と……




