14-6
「なにぃ、誰だい?そんな事言ったやつは!」
誰かが言った言葉に、喰代博士がわざと怒ったふりをして反応する。その姿に、小さいが笑いが広がる。
「どうかな?博士を、もしかしたら全人類を助けると思って、協力してくれないかな?」
カナタがわざとお願いという形にして言っている事は、美鈴にもすぐに分かった。すぐに返事ができないのは、やはり宿儺になってしまった自分の体への不安と、宿儺としてたくさんの人を傷つけ、中には命を奪ってしまった事への罪悪感があるからだ。
しかし、この人たちはそんな罪悪感も受け入れてゆっくりと溶かしてくれている。
「あの、ぜひ、お願い、します。何でも、やります」
美鈴が喰代博士に、ゆっくりとそう告げた。その瞬間、横から花音が飛び込むようにして抱き着く。
「花音、ちゃん……」
「よかった……。全部はよくないけど、でも……よかった」
花音は、もう言葉も満足に出てこなくなるくらい、美鈴の肩に顔をつけて涙を流していた。美鈴が花音の背中を撫でていると、その美鈴と花音もまとめてハルカが抱きしめた。
「美鈴ちゃん、よく決心したね。本当によかった……。研究所は、№4、私たちが住んでいる都市なんだけど、そこからそんなに離れていないんだ。遊びにくるからね?花音ちゃんとアスカも引っ張ってくるから」
勝手にアスカも同行を決められて、驚いていたが、アスカも何も言わなかった。ただ、後ろを向いて目の端をぬぐっていた。
そんな花音たちを眺めて、微笑んでいたカナタは小さく呟いた。
「ほんとによかった……」と。
「あ、おつかれさ……な、なんや⁉ちょ!感染者が入ってきたで!」
カナタ達が薬局まで戻ってくると、リビングで窓からぼんやりと外を眺めていた夏芽がゆっくり振り向いて、叫んだ。
二階の窓を開けて入ってくる時点で感染者ではない事はわかるので、油断していたんだろう。美鈴の姿を見て慌てている。
「落ち着いてくれ。彼女は感染していない。見た目はともかく、中身はとっても優しい女の子だ。夏芽、言葉には気を付けろよ?」
美鈴の前に立ってそう言ったカナタが、夏芽を咎めるように言うとカナタの背に隠れながら恐る恐る顔を出している。
「あの……わた、し美鈴といい、ます。よろしくお願い、します」
美鈴がたどたどしいながら、懸命に自己紹介するのを見て、夏芽は美鈴の前までやってくる。
「驚いた……ほんまに感染者やないんやな。どうなってるん?」
驚いた様子で美鈴をひとしきり眺めた後、カナタに向かって言う。
「うん、まあ色々あってな。彼女も被害者なんだ。喰代博士の所で研究に協力してくれる事になっている。まあ、夏芽と同じだ。美鈴ちゃんも佐久間の被害者なんだ」
夏芽にざっと説明したカナタは美鈴に向き合う。
「美鈴ちゃん、この人は君と同じように佐久間の手で感染させられそうになったんだ。仲良くしてやってくれ」
「ふーん。あのオッサンあちこちでろくでもない事ばかりやりおってからに……」
夏芽はそう悪態をついていたが、美鈴には何も言わずにリビングの奥に戻って行った。
「あいつは、あんな言い方しかできないんだ。気にしないで」
カナタがそう言ってフォローしていると、美鈴は薄くだが微笑んで言った。
「……いえ。この、姿が、どんな風に、見えるかは……よくわかって、ますから」
そう言ってカナタを困った顔にさせていると、リビングの奥から夏芽が叫んだ。
「うちは、何も気にしとらんで!うちも感染一歩手前やったからな。佐久間のクソにはむかついとるけどな!」
それだけ言うと、女子の部屋のまで戻ったのか、ドアの音がしたきり、静かになった。
「まぁ、あんな奴だから。ここには、美鈴ちゃんを悪く言ったりする者はいないから安心していいよ。もし、何かやりづらかったり、苦しかったりしたらすぐに言う事。わかった?」
そうカナタが言うと、美鈴はさっきよりははっきりと微笑んで頷いた。
「カナタくん、やっぱり私ここに住む。ううん、別荘にしてもいい!」
ゆずがよく冷えた水の入ったコップを手に持って、以前の同じような事を言っている。
「別荘かー。それじゃ何か所有権をアピールしとかないとな。これだけ設備の整った場所だ。誰かが見つけたら絶対使うだろうしなー」
「む……所有権」
カナタがそう言うと、ゆずは難しい顔をしてリビングを出て行った。
「もう、カナタ!面倒になったからって適当な事言って!」
近くで聞いていたハルカが眉を怒らせてカナタに言うが、カナタは肩をすくませて言い返す。
「そうは言うけど、毎度言われる俺の身になってみろ。ツッコむのも疲れるんだぞ?」
カナタ達は拠点としている薬局に戻ってきていた。全員怪我のない者はいないし、かなりの体力も消耗している。
近くに安全で快適な拠点があるのに使わないと言う選択肢はなかった。
「そんな事言って……後でもっと疲れる事になっても知らないよー」
こちらは同じく冷えた水を飲んでいるヒナタ。女性陣が交代で先に風呂に入って、第一陣が上がって来たところだ。
ヒナタの言葉に、一瞬止まったカナタだったが、すぐに思い直したように、入れていたコーヒーを飲む。
「さ、さすがにどうするって言うんだ。張り紙なんかしてても逆に目立つだろうし、どうしようもないだろう」
そう言い返したカナタだったが、なぜだか一抹の不安を消し去る事はできなかった。
「女子は全員上がったよー。今お湯を張り直してるから男性陣も入ってくるといい」
最後に喰代博士と、ついでに体を確認するために一緒に入っていた美鈴が出てそう声をかける。
「よっしゃー、じゃ入ってくるかぁ!いこうぜ、リョータ」
そう言うなり、スバルが立ち上がる。そしてリョータを連れて行く。
「すっかりリョータくんは懐いちゃったねぇ」
ダイゴがそれを目を細めて見て言うと、ヒナタが少し不満げに言った。
「むぅ、私が一緒に入ろうって誘った時はあんなに渋ったのに……」
ヒナタが先ほど風呂に入る時に、リョータを誘って断られていたのだ。
「リョータくんも、恥ずかしい年頃なんだよ。見たところ小学生の高学年くらいだろう?さすがにきれいなお姉さん方に囲まれて風呂に入るのは抵抗あったんじゃないかい?」
頬を膨らますヒナタを喰代博士がそう言ってなだめる。
その言葉に納得したのか、ヒナタもそれ以上は何も言わなかった。
「うわあぁぁ!」
その、のんびりした雰囲気を吹き飛ばすような悲鳴が聞こえてくる。
その場に緊張が走り、素早く反応した全員が聞こえて来た方に目をやる。
浴室だ。聞こえて来たのはスバルの声。
さすがに女子が行くわけにもいかないので、近くで待機して、カナタが武器を手に、浴室に向かった。
「大丈夫か、スバル!」
そう言いながら、扉に手をかける。
「よせ、開けるな!」
スバルがそう言った時には、カナタはもう扉を引き開けていた。
ばっしゃーん
溢れてくるお湯と、押し出されてくるリョータ。
浴槽の中にはダイゴが膝を抱えて座っていて、スバルがはたいている。
「この、バカダンゴ!お前は後でつかれって言っただろーが!」
それを見て理解した。スバルとリョータが湯船に浸かっている時に、ダイゴが無理に入ったんだろう。それでお湯が溢れたと言う事らしい。
とりあえず、脱衣場まで流されて来たリョータを中に入れて、カナタは無言でその場を後にした。
女性陣はもうリビングで談笑していた……
「へっくしょい!」
拠点にカナタのくしゃみが響き、その後に和やかな笑い声が続く。
激戦と激戦の間のわずかな安らぎがそこにはあった。




