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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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14-1.美鈴

 まるで糸がぴいんと張ったような緊張感が辺りを包む。


 カナタの耳に、誰かがゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえた。あるいはそれはカナタ自身が出したものだったかもしれない。


 マザーの本体は、宿儺を見つめたまま攻撃範囲から離れたハルカ達に向かって、ジリジリと距離を詰める。


 このマザーはその巨大さにも関わらず、蜘蛛型ゆえか動きは俊敏だ。実際の蜘蛛のように前後左右には鋭い動きを見せるし、垂直の壁を登る事だってできる。


 その蜘蛛型マザーがゆっくり、ジリジリと近づいてくるのは、素早い動きとまた違った威圧感が溢れている。


 そして……後方で感染者達を近づけないように奮闘しているアスカと由良、そしてその指揮を取るスバル以外の全員の視線がマザーを捉えて動かない。


 じり……じり……。


 まるで獲物をもて遊ぶように、少しずつ近づくマザーに、張り詰めた糸が限界に達したと誰もが感じた時、ゆずが口を開いた。


「ようやく起きたけど、残念もう寝る時間。おやすみ」


 一人離れた場所で、誰に言うでもなく呟かれた言葉は、遠くから聞こえてくる感染者の唸り声にかき消された。しかし次の瞬間。


ダーン!


 今度は感染者の唸り声にすら掻き消すような、重く腹に響く射撃音と共に、ヘカートのマズルから吐き出された12.7mmの弾丸が、一直線にマザーの本体に向けて飛び出した。


 ゆずは手早くボルトハンドルを引いて、排莢と次弾の装填を行う。しかし、そのヘカートはその場に置いて立ち上がると、一気に全速で走り出した。……己もまた十一番隊の「一丸」となるために。


 ゆずが放った弾丸は一直線に、張り詰めた空気を切り裂いてマザーの本体に向かって飛んだ。狙うは首元。おそらく感染体が巣食っているであろう延髄を正面から貫通させるつもりで……。


 ゆずが放った弾丸は、狙われたマザーだけではなく、その場にいる全員に動きを促していた。

 特に打ち合わせをしていたわけではない。ただ、部隊としての阿吽の呼吸で動いた。


 ゆずが引いたヘカートの引き金は、戦況を動かす引き金にもなったのだ。


 マザーは相変わらず宿儺に視線を固定したまま、スッと右手を上げた。その瞬間、その右手は手首の上から弾け飛んだ。同時に斜め後ろの建物の外壁の一部が小さく爆発したように壊れて、瓦礫となって下に落ちていく。


 無意識のうちに急所を防ごうとしたのか、ゆずの撃った弾丸の射線に右手を持ってきたマザーは、弾け飛んだ自分の右手を不思議そうな顔で眺めている。

 しかし、マザーの右手と引き換えに、延髄を狙った弾丸は逸れてしまい、マザーの右後ろの建物の壁を穿った。


 不思議そうに、自分の無くなった右手を眺めるマザーの目の前で、手首の断面の肉が不気味に蠢き、盛り上がっていく。


 ……すでに再生を始めていた。そして、再び宿儺に視線を戻したマザーの視界に映ったのは、小柄な少女だった。


「はああぁぁ!」


 ゆずの射撃と同時に走り出したヒナタは、刀を納刀して全力で走って跳んだ。

 

「ごめんなさい、借ります!」

 

 走りながらそう叫んだヒナタは、目の前に走っているダイゴの背中と肩を蹴り上げ、さらに高く跳躍してマザーの本体と同じ高さまで至っていた。


 マザーは表情も変えず、目に映った少女を見据えた。


 ――知っている。この個体の攻撃は痛い(いた)……。


 脅威とまでは至らないが、本能的にマザーはヒナタの攻撃を嫌った。

 そして、取るに足らないこの個体達は、空中では満足に動けない事も何故だか知っていた。

マザーは痛い攻撃をさせる前に、弾き飛ばそうと左手を引き絞った。


 その個体……ヒナタは、空中を駆けながらマザーが左手で自分を叩き落とそうとしている事に気づいた。そして、空中では避けきれない事も理解している。

 それらの事が、ヒナタにマザーが想像できなかった行動を取らせた。


 高く飛び上がりながら、ヒナタは「梅雪」と「十一」を抜いていた。

 頂点に達した時、マザーの左手を見てヒナタが取った行動は……。


 「梅雪」を投げた。痛いと判断した武器を投げ捨てるようなその行動が完全にマザーの意表をついていた。


 梅雪は飛ぶ。一直線にマザーの顔目掛けて。


ヒナタを払い落とさんと左手は引き絞り、右手は先端を喪失している。

 ガラ空きとなった顔面に向けて、ヒナタは力一杯投げつけたのだ。


「キィヤアアァァァ!」

 

 一筋の光を伴って、矢となった「梅雪」は、吸い込まれるようにマザーの顔に向かって飛び、右目に深々と突き刺さり、マザーは両手で顔を押さえるようにして叫び声を上げた。


 それにつられて、蜘蛛の方の脚もバタバタと動き出す。


 落下しながらヒナタは体重を乗せて「十一」を蜘蛛型の頭胸部根元まで突き刺した。


「キィヤアアァァァ!!」


 深々と刺さった「十一」の痛みか、マザーの脚が無作為に暴れ回り、周りの建物を壊して瓦礫を量産していく。

 

 続けて襲ってきた痛みに、マザーは激しく困惑した。あの個体の攻撃が痛いのは、手に持つ武器によるものだ。その武器を手放すような真似をするとは完全に想定外だった。

 右目の痛みに耐えながら叫んでいると、一体化している蜘蛛型の、人でいう後頭部の部分にも激しい痛みを感じたのだ。


 瞬時に再生を始めるマザーの体組織も、刀が刺さったままの状態では再生しなかった。


 想像もしていなかった痛みにマザーは、混乱の上に怒りを上乗せして、ヒナタを探した。

 そして、ヒナタを探して首を振った時に、目の前にハルカがいた。刀を突き入れる寸前の姿勢で……


 ヒナタは梅雪も十一も抜く暇もなく離脱した。痛みによって激しく動く蜘蛛型の上で姿勢を保てなかったのだ。


 そして、ヒナタが飛び上がったと同時に、ハルカも駆け出していた。ヒナタの攻撃によってマザーが作り出す、瓦礫と半壊した建物を利用して駆け上がった。

 

 そして、ハルカがマザーと同じ高さに至った時、ヒナタの「梅雪」が右目を貫いた。マザーが混乱しながらヒナタに気を取られたのを、瞬時に悟ったハルカは、一切の防御を捨て、マザーに飛び移った。


 ヒナタが潰した事によってできた、右目の死角。

 素早い状況判断で、ハルカはその死角に入り込んでいた。


 繰り出そうとするは、ハルカが最も得意としている突き。相手の隙を見つけて叩き込まれるハルカの多段突きは、師匠である祖父や先輩のアマネですら、全部避けるのは難しいと絶賛された技だ。


 自分を傷つけたヒナタを探しているのか、灰色な顔を怒りに染めて、マザーが首を振った。ハルカのいる方に。そして、マザーの目が丸くなった。


「ふー…………はああっ!」

 

 一連の動きがまるでスローモーションのように見えたハルカは、跳びながらゆっくりと吐き出していた息を止めて、全力の突きをマザーの延髄に向けて放った。


「キャアアアァァ!」


 叫びながらマザーが本能に従い上半身を捩って、ハルカの刀から逃れようと動く。そのせいで「晴香」はマザーの肩を深く貫いた。


「キャアアアッ!」


 マザーが怒りか痛みかわからない声を上げる。が、ハルカの技は、一回突いて終わりではない。

 蜘蛛の背中に足をついたハルカは全力で刀を引き戻して、再度突いた。


 ――っ!足元が不安定だからっ!狙いが逸れる……、でも、もう引き返せないっ!


 二度目の突きはマザーの胸を刺し貫く。緑の液体が周りに飛び散る。

 それに頓着する事もなく、ハルカはさらに刀を引いた。


「くらえぇ!」


 ハルカ渾身の三段突き。


 三たび繰り出された「晴香」の切先は、奇跡的にもマザーの喉元に入った。

 このまま突き入れれば、感染体をやれる。


 心の中で歓喜したハルカとは裏腹に、本能で危機を悟ったマザーは全力で回避した。


 ……ミシッ!

 

 蜘蛛との接合部分が裂けて、緑の液体が吹き出す。激しい痛みがマザーを襲い、マザーは痛みに顔をしかめる。しかしその痛みを厭う事もなく限界まで体を捻ったせいで、ハルカの突きはマザーの首半分を貫き、切り裂いただけに終わった。

 ――あとほんの数cmだったのに!

 歯噛みしながらハルカはマザーを蹴って、後方に飛んでその場からの離脱を図った。


 そのハルカの姿を、激しい痛みを堪えながら、ギラついたマザーの目がしっかりと追っていた。、

書いてて鳥肌立った←自画自賛(笑)

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