13-7
「なあ、ゆず。心配かけたのは悪かったよ。一発位なら黙って殴られるから許してくれよ」
ヒナタの頭を撫でながらそう言うと、ゆずはキッと睨むようにカナタを見た。そして、何か言いたそうに口をもごもごさせていたが、固く結ぶと足早にカナタに向かって歩き出した。
それを見たカナタが歯を食いしばって待つと、顔ではなく体全体に重みがかかった。
「ゆず……?」
ゆずは足早にカナタに近づくと、そのままの勢いでカナタの胸に抱き着いていた。それをヒナタが一歩引いて微笑んで見ている。
「カナタ君のばか。どじ、とーへんぼく」
カナタの胸に顔をうずめたゆずがこもった声で文句を並べる。
「お、おう……」
「……今回ばかりは、……だめだと思った。もし宿儺がいなかったら?」
そう問われ、痛い所を突くなぁと、カナタは苦笑する。
「あの瓦礫の下敷きになって……。まあ死んでたかな」
カナタがそう言うと、ゆずは拳を作ってカナタの腹にパンチした。まったく力は入っていない軽いパンチだが、カナタには心の詰まった重いパンチに感じた。カナタとて十分に理解しているのだ。自分の不注意で部隊が瓦解しかけている事は……。だけど、それを表に出して詫びた所で、なかったことにできるわけじゃない。そう考えたカナタはあえて「いつも通り」に振舞っている。
他の者もそれに気づいているからこそ今のように接してくれるのだ。これが十一番隊の一番の強みなのかもしれない。
「ごめんな」
だからそう言ってゆずの頭を抱くようにすると、ゆずの方からもぐりぐりと頭を押し付けてきた後、スッと離れた。流れている涙と頬の赤さには気づかなかった事にする。
「なんで宿儺はカナタ君をかばった?」
ごしごしと隊服の袖で顔をぬぐいながらゆずが疑問を口にする。それにはカナタが答えた。
「今の宿儺は妹の意識から解放された姉の方が動かしてるらしい。美鈴ちゃんだったか?。それまではずっと感染した妹が体を動かしていて、美鈴ちゃんは意識はあるが体はまったく動かせなかったらしい」
そう言うと、隣にいたヒナタの表情がかげる。
「意識……あったんだ。つらかっただろうな」
ヒナタの言葉にカナタも頷く。
「ああ。美鈴ちゃんは自分達を止めようとしてくれた事と妹を解放してくれた事を、すごく感謝していた」
カナタが言った言葉に、花音は口元を押さえながらぽろぽろと涙を落とす。震えながら小さく「良かった」という言葉を呟きながら。
「で?なんで宿儺はマザーとがっぷり四つに組みだす?」
宿儺がマザーに体ごとぶつかって、動きを止めている今の状況を、ゆずは相撲に例えて言った。
ゆずの言い草にカナタは再び苦笑を浮かべて話す。
「美鈴ちゃんが言うには、作られた感染者はマザーから狙われるらしい。これまでも自分たちに向かって来ていたと。どういう訳かは分からないけどな。でも蜘蛛型も本来のルートからだいぶ離れたここまで移動している所を見ると、彼女の言う通りなのかもな」
カナタがそう言いながら、マザーの方を見ると、今も正面から抱き着くようにしてマザーに取り付く宿儺を引きはがそうと、しきりに攻撃をしている。そのまわりでマザーの気を逸らそうとハルカやダイゴが動いているのだが、そちらには目もくれていない。
「なるほどねぇ。人工的に作られた感染者はマザー、ひいてはコロニーの感染者から狙われる。うまく使えばマザーを誘導する事ができるかも……」
いつから聞いていたのか、少し離れた所にいる喰代博士がしっかりとメモを取りながら呟いていた。
「美鈴ちゃんは、今のままじゃ俺たちに勝ち目はないから、逃げろって言ってた。マザーのほうが美鈴ちゃんの事を察知できるみたいに、美鈴ちゃんもなんとなく分かるらしい。あの子が寝ている内は勝てないって」
カナタがそう言うと、ゆずの目がキラリと光った。気がした。
「なるほど。寝ているといえば、あの蜘蛛の背中の上で寝ている灰色の女、あれ前から気になってた。寝てるうちは勝てないって言うなら、あの女叩き起こせばいい。幸いこっちには、ねぼすけを起こす事に関してはプロの花音がいる」
胸を張りながらそう言ったゆずに、瞼をはらした花音が突っ込む。
「プロって……誰のせいだと思ってるんですか!」
「私とカナタ君のせい。それはごめん。ほら、カナタ君も頭を下げる!」
「え?え?」
花音が言った言葉に、ゆずがまっすぐに見て頭を下げて謝っただけではなく、カナタの頭まで下げさせて花音は慌てている。
「あはは!」
それを見て、とうとうヒナタはお腹を抱えて笑い出してしまった。
「うん、そうだよ。やっぱりこうでないとね!」
そう言うと、ゆずに無理やり頭を下げさせられて憮然としているカナタの背中を勢い良く叩く。
「いた!なんだよ。一応けが人なんだが?」
口ではそう言ったものの、カナタの口元も上がっている。
「ねえ!いつまでそうやってるの?私たちだけ戦わせて!」
マザーに牽制で斬り付けて、素早く下がってきたハルカが肩を怒らせてそう言ってきた。
「ごめんって。よし、聞いてくれ!宿儺からの情報もあって、現状の戦力ではマザーに勝つことは難しい!ここは宿儺が、いや美鈴ちゃんがマザーを抑えてくれるそうだ。だから……」
「わかった。その美鈴の援護をしつつ、灰色の女を叩き起こす」
いつものように、ゆずがカナタの話をバッサリ切って割りこむとそう言って走り出す。
「おい、ゆず!どこに「へカートⅡ置いてきた。取ってくる」
そう言った時には、建物の中に姿を消していた。
「なあ、あいつどうしたら俺の話を最後まで聞いてくれると思う?」
思わずカナタがそうこぼすと、ヒナタは笑いながら答えた。
「さあ、むりなんじゃないかな?」
◆◆◆◆
ぼんやりとした意識のなかで、美鈴は歯噛みしたい思いだった。感染して肥大化した絢香とむりやり融合された体は、そんな仕草はしてくれない。
絢香が暴れ回っている時も、ぼんやりとだが美鈴の意識もあった。はっきりした夢をみているような感覚だったが、綾香が怒りのままに壊してきた建物や、感染者達、それから進路上にいた人間たち。それらの恐怖に歪んだ顔もはっきりと覚えている。
必至に絢香に呼び掛けていたが、感染した絢香に声は届かず、体の自由も効かない。ただその行いを見るしかなかった美鈴には、ただ嘆き悲しむしかなかったのだ。
――ここに来て、ハルカさんや花音ちゃんの姿を見た時、わたしの心は張り裂けそうだった。いくら彼女たちが強くても宿儺になった絢香には敵わないだろうと思った。
でも、その結果はわたしの予想とは違っていた。ただ暴れるだけの存在となっていた絢香を止めてくれて、体も動かせるようになった。それならば、花音ちゃんとその仲間の人たちをこんなところで死なせたくなかった。
だから隊長さんに、逃げるように伝えてわたしはマザーに飛び掛かった。ハルカさんと仲間の人が私の援護をしてくれているけど、隊長さんが撤退の指示をだしてくれるだろう。
そう考えて、美鈴はマザーが突き刺してきた脚を持って、叩き折った。先端は固くて宿儺の力でもどうにもならないが、関節部分なら折る事ができた。
「キイィィィィイイ!」
マザーが痛みで悲鳴を上げる。だが美鈴には分かっていた。このマザーは、蜘蛛の背中の上で丸まっている灰色の女が本体で蜘蛛の部分は作り物にすぎない、と。
同じ感染体を有するからか、なんとなく感染体の場所がわかる。今も感染体は蜘蛛の背中の女の中から動かしていると。
――この事は、隊長さんにも伝えたから、無理はしないで撤退してくれるだろう。私はその間だけ頑張ればいい。その後は……もう、何も考えたく、ないな。
ぼんやりとそう考えながら、美鈴は宿儺の腕を蜘蛛の目に突き入れた。




