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行きに比べると帰りは何事もなく集落に帰り着くことができた。もうこの辺の感染者は、みんなあそこに集まっているのかもしれない。そう考えてしまい、思わず背筋に冷たいものが走った。
途中、廃棄された民家でソーラー充電式のモバイル充電器を見つける事ができたので、さっそくゆずのスマホを充電しながら帰りの道を急いだ。
無事に集落入り口について、見張りの人は見た事がない人だったが、話がちゃんと行き届いているのか、すぐに門を開けて、カナタ達をねぎらってくれた。そして、みんな公民館に集まっている事を教えてくれたので、挨拶もそこそこに公民館へと向かう。
「おお、よく無事で戻ったね。よかった……。アタシャ鼻が高いよ」
姿を見せたカナタ達の無事を喜んだ松柴はそう言って、カナタ達の背中を順番に叩いていって、ゆずで止まった。じろりとカナタを見てくる松柴に、カナタは苦笑いになりながら「説明しますから」そう言って、松柴の隣に座る。
報告すべきは多いし重要な事もある。
ちょうど都市の様子を撮った写真や、データなどをパソコンとプロジェクターを使って説明している所だったらしく、そのまま報告する事にした。
「ええと……まず皆さんが心配されていた鍛冶師の劉さんにお会いしてきました。その……劉さんが言われるには山や自然が感染者の動きを教えてくれて、自分たちの小屋は安全だから心配しなくていい。ありがとう。との事です」
カナタがそう言うと、みんなぽかんとした顔になる。
「それは体よく追い払われたってことかな?」
権さんが苦笑いをしながら言う。
「いえ、そういう事ではなく、いたって真面目な話です。もちろんすぐに理解できないのは承知してます。俺たちだってそうでしたから。それと、それに関わる重要な報告があって、それが証明になるかもしれません。そのために、このスマホのデータをパソコンに取り込みます。ゆずが、この子がスマホで重要な所を撮影してくれてるんです。」
そう言って松柴が使っていたPCにゆずのスマホから動画のデータを移行する。ついでにそのままプロジェクターを使わせてもらい映像を流した。
例の……感染者たちの群れ、何かに誘導されるように集まり……その中心には見た事もない姿がある。
数分後、公民館内は静寂に包まれていた。比較的若い女性が集まっている部屋の方からは泣き声やそれを励ます声が聞こえて来て、中には手を合わせて念仏を唱えだすおばあちゃんの姿もある。
「これは……本当、なんじゃな?」
信じられないと言った様子の権さんがそう聞いてくる。
「はい、俺たちはこの目で見てきました。」
カナタがはっきりと答えると、権さんはため息をついて首を振り、周りも騒然となった。
「こいつらは、集まってどうする気なんじゃ?」
「さすがにあんなんが来たら、ひとたまりもあんめえ」
一気に周りが騒がしくなり、それぞれが勝手な意見を言い出す。さすがに収集がつかなくなりそうになったところで、権さんが声を上げた。
「静かに!それを含めて話し合ってるんじゃろうが。」
権さんの一言で一気に静かになった。その様子は場を仕切る事になれてるんだろうなと思わせる。きっといつも権さんが頭になって動いているんだろう。
「ちょうどいい、みんな聞いてくれ!この兄ちゃんらは立派に約束をはたして、危険を冒して貴重な情報まで持って来てくれた。約束通り吉良ンとこに行きたい者がいたらお願いするといい。わしらは止めんし、邪魔もしない。一緒に行った者の親族なんかが集落に残ったとしても、それが原因で邪険にしたりせんことも約束するし、向こうに行って何か具合が悪かったら帰って来てもいい。これでどうじゃ?」
と、最後は松柴に確認するように言った。それを聞いて松柴も「感謝するよ権さん」とほほ笑んで話している。
とりあえずこの場では移住希望者の数と構成の確認をして、都市で受け入れの準備をしつつ改めて迎えに来ることになった。俺たちが乗ってきたワンボックスカーでは乗れてあと二~三人だもんな。
「すまんがよろしく頼むぞ吉良」
「任せときな!そっちこそ、やばいもんがおるからの、間違えても死ぬんじゃないぞ」
権と松柴が握手してこの場はお開きとなった。いろいろと問題は残っている気がするが、とりあえずはよかったかな。と、カナタ達も一安心していた。
それから、松柴の家に戻ってきたがゆっくりする暇もなく、帰る準備を始める。
「さて、忙しくなりそうだしさっさと都市へ帰ろうかね。アンタ達もご苦労だったね。たくさんの人の救出と感染者の新しい情報もある。これでアンタ達を守備隊に推薦しても文句つけるやつはおらんじゃろう。ん?」
そこまで言うと松柴は荷物をまとめているカナタの後ろに隠れるようにしているゆずに気づく。
「お前さんがゆずちゃんかい。カナタから聞いてるよ。お父さんは残念だったけど、今から行くとこにはゆずちゃんみたいに親を亡くしたりした子供を預かる施設がある。心配はいらないよ、ご飯や寝るとこ、時々でるおやつまでこのばあちゃんが保証するよ」
しゃがんで視線を合わせると、あえて明るく松柴が言う。こんな世界になり、親を亡くした子供は多い。規模はあまり大きくないが、都市が管理する孤児院が№4にはある。行った事はないが、最も安全な№1にはもっと大きな規模で孤児や一人で生きられない人を受け入れる施設や、学校まであるらしい。
おそらく希望を出して、それが通ればゆずはそこに行くこともできるはずだ。
「おばあちゃん、ありがと。でも、私は大丈夫。カナタくんが一緒にいる。そういう約束」
ゆずがそう言うと、ぎろっと松柴さんの目がカナタを捉える。
「ほおおん?カナタ。アンタ、何を吹き込んだんだい?ずいぶん懐いてるみたいじゃないか。まさかあんた……そういう趣味をもってんじゃ……」
「わあ!な、何てこと言うんですかゆずの前で!違いますよ。色々あって俺が守るって約束したんですよ」
「少し、違う。守らせてほしい。そう言った」
慌てて弁解する横からゆずが情報を修正してくる。……恥ずかしいから濁して話してたカナタは、そっと視線を逸らす。
「………………」
「へえ~、ずいぶん男前な事言って口説いてんだね。」
松柴がだんだんとニヤニヤした顔になていく。
「そばにいてほしい、って、いわれた。」
「ゆずさん!?」
ゆずが言ったその言葉で松柴は少し感心したような顔になった。
「嬉しかった……私は、一人。もう誰もいない。そう思った。でも、カナタくんがいるって。ずっと手も繋いで、くれてた」
そう言いながら、ゆずはカナタとつないでいた右手を大事な物のように見ている。
「…………ふん。カナタ、アンタこの子をちゃんと幸せにする覚悟はあるんだろうね」
カナタの襟から手を離した松柴は真剣な顔でカナタを見て言った。
「……それは、わかりません。俺は妹ともうまくやれなかったから……でも努力はします!」
「そんなんで一人の人間を…………まあ、いいさね。何か悩むことがあったらアタシんとこ来な。孤児院でもいいよ。伝えとく」
そう言うとゆずにも自分の連絡先を渡した松柴は、帰り支度をはじめるのだった。
あらためてカナタは、ゆずを連れてきた事に対する責任を感じる。
しかし、ゆずに対して言った言葉は、決してその場しのぎで言ったつもりはない。うまくやれるかどうかは正直自信はないが、やれるだけの事はやろうと思っている。
そう考えながらゆずを見ると、相変わらずの無表情に若干の笑顔が混じってる気がした。
それからカナタ達は№4へと戻った。
持ち帰った情報は上層部を大分騒がせたが、とりあえず近くにはいないので、様子を見る事になったそうだ。
ただ、感染者に対して調査を専門的に行う部門が新たに作られたくらいだ。
カナタ達は都市守備隊に入り、第十一番隊とされた。今までの仲間も一緒だ。
ただ…………カナタ達が戻った時すでに、ハルカは六番隊に入隊していた。あのイケメン部隊長の隊だ。
理由はわからない。会えてないからだ。都市の安全を守る事と同時に、都市の外に人が住める領域を広げるというのも守備隊の仕事だ。そのため六番隊は都市外に出ている事が多い。
橘さんが酷く申し訳なさそうにしていたが、深くは聞かなかった。
何があったか知らないがハルカの考えがあってやった事だろう。スバルやダイゴも何か言いたそうにしていたが、それ以上カナタが何も言わなかったので、なんとなく言いにくい雰囲気になってしまっていた。
それから忙しい日々が始まった。№4では、人間が住む領域を広げるため、守備隊が動いている。少しづつ安全なエリアを拡げていき、行った先にある物を何でも使って感染者が入ってこれないように囲いを作ってエリアを確保する。
そこに資材を持った後続部隊がやってきて、ちゃんとしたバリケードを作って建物の中などの安全確認と物資の回収をして、様子を見て安全とみなされたら、都市から住人がエリアに移ってくる。
住人が住んで動き出したエリアは都市を中心にして番号を振られて管理される。№4の二番地というふうに。
それを繰り返し、時には都市外の略奪者の集団の襲撃などもありながら、いつのまにか半年の月日が過ぎていた。
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