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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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13-5

 「キィキィィィ!」


 マザーがこれまでとは少し違う声を上げた。口の前にある上顎がハサミのように忙しなく、気味が悪い動きをしていた。


 一番前の二本の脚をゆらりと上げたマザーが、接近してライフルを撃ちまくるゆずを狙った。

 ちょうど同じ時、M4のマガジンが空になる。


「キイィィィ!」


 ゆずがマガジンを外す操作をしながら、無造作にライフルを振ってその場に空のマガジンを落とした。

 腰に手をやりポーチから新しいマガジンを取り出す。


 その時にマザーの二本の脚が同時にゆずを狙った。マガジンを差し込みながら、ゆずはなんの感情も表さない目でそれを見ていた。


 す……とゆずの体が動く。それで一本の脚はかわせる。ただ、狡猾なマザーは同時に繰り出した脚に時間差をつけていた。

 一本目は避けさせて、そこを本命の脚で貫こうというつもりだ。実際、一本目の脚を深く考えずに避けたゆずの体は無防備な状態で二本目の脚の下にあった。


 ――ここまで、か……。まぁいい、私は何もせずに生き残っていたくなかっただけ、だから。


 ゆずに浮かんだ感情はそれだけだった。倒せるとは思っていない。ただ黙って死んでいくのが悔しかっただけ。

 もし、何もせずに助かって生き延びたとしても、ゆずは自分の頭に銃口を向ける事だろう。


 マガジンを差し込み、引こうとしていたコッキングレバーからゆずの手が離れた……。


 どこかで誰かが泣きそうな悲鳴を上げた気もする。それが誰だったかも気にする事なく、ゆずは自然と目を閉じた。


 キン


 ドシャアア


「む?」


 予想していた衝撃はこなかった。閉じていた目を上げると、脚を高々と上げて苦しむような威嚇しているような。そんなマザーの姿と、親友とも戦友とも言える仲間の見慣れた背中があった。


 マザーは黒角質の爪の上、節のようなところから緑色の液体を撒き散らしながら、前の方の脚をバタつかせていた。


 暴れるマザーに踏まれて死ぬのは嫌なので、ゆずが少し後ろに下がると同時に、マザーの脚を切り飛ばしたヒナタも下がってきた。


「ゆずちゃん、私も付き合うよ。だいじょぶ、あの蜘蛛……ズタズタにしてやるんだから」


 口癖や話し方こそヒナタそのものなのに、どこか抑揚がなく、背筋が冷たくなるような話し方で、普段のヒナタが絶対にしないような目つきでマザーを見ている姿を見て、ゆずはポツリとつぶやいた。


「あなた……ホントにヒナタ?」


 それにビクッと肩を震わせて、ゆっくりゆずを振り向いたヒナタは、とても悲しそうで……脆くて壊れそうな顔をしていた。


「うん……ゆずちゃん。私があの人に連れまわされて、言われるままに感染者を、そして人を……斬っていたときに、私じゃない私が代わりにやってくれてたの。その子は、お兄ちゃんと会えてからは、私の胸の奥底で眠っていたんだけど、消える事なくずっといたの。……こんなんなっちゃって、なんかもういいかなって。良い子でいたって……いい事ないもの……」


 そう言ったヒナタは、ポロポロと涙を落とす。そして、そのヒナタの気持ちは、まさしく今のゆずが抱いているものでもあった。

 苦労しながら家族と逃げて、襲われ、騙され、奪われた。

 家族はいなくなり、一人になってどうでもよくなった。一人で生きていても仕方ない。気持ちが、死にかた向いていたのを、引き寄せたのは、カナタだ。

 ゆずにとっては、No.都市がどうなろうが、人類が滅びようがどうでもよかった。隣にカナタがいて、笑っていられればそれでよかったのだ。


「カナタくんの事で頭がいっぱいになって、ヒナタの事忘れてたごめん」


 親友であるヒナタの事さえ怒りと諦念に塗りつぶされていたゆずは、今のヒナタの姿を見て、自分の姿を省みることができた。


「だいじょぶ。行こうヒナタ、一緒に……私、あの蜘蛛の死体をカナタくんの所に持って行きたい」


 ゆずが表情を変えずにそう言うと、ヒナタが涙を拭いて、ほんの少しだけ……クスリと笑った。


「ゆずちゃん、それお兄ちゃん蜘蛛が来たって逃げ出すかもよ?」


 そう言ったヒナタを振り返って、ゆずは言った。


「だいじょぶ。どこまでも追いかける」


 ゆずが言ったその言葉に、ヒナタは頷いた。


「クソ蜘蛛。蜂の巣にしてやる」


 無表情ながら、口汚く罵るゆず。


「あと何本脚を斬ったら動かなくなるかなぁ?」


 ゾッとするような冷徹な顔でさらりと言ったヒナタ。


「キィィィイイィィ!」


 おかしな抑揚のついたマザーの声に、感染者が答えるように唸り声が建物に反響して聞こえてくる。

 そんな音もゆずとヒナタの耳には届いていない。


 二人とも、自分の武器をダラリとぶら下げたまま歩いて、マザーに近寄ると。そして……


 同時に左右に分かれて動き出した。少し離れたところから絶望の眼差しで二人を見ていたハルカが、その姿を見失う程の動きだった。


 ◆◆ ◆◆


 花音は取り落とした刀を拾う事も忘れ、ゆずとヒナタの戦いを見つめていた。ヒナタがマザーの所に行くときに、頭では止めようとしてたのに、体が動かなかった。

 

 今、ゆずとヒナタはマザーと激戦を繰り広げている。太いマザーの脚の攻撃をぎりぎりでかわし、銃弾を、そして斬撃を叩きこんでいる。一撃でも当たってしまえば、小柄な二人の体など弾き飛ばされてしまうだろう。そうなってしまえば、きっともう立ち上がることもできなくなる。

 そう思わせるマザーの攻撃を、緊張する素振りも焦る様子もなく、無表情のまま紙一重でかわして攻撃を入れている。


「まずいね。あれは極限まで張り詰めた弦だよ」


 いつの間に来たのか、花音の隣には喰代博士が立っていた。ヒナタ達を見てそう呟いた後、カナタがいるであろう瓦礫の方を痛ましそうな顔で見て、まだ動けないスバルの所に走って行った。ガンタイプの注射器を持っていたところを見ると、何か治療を試みるつもりなんだろう。


 迫りくる感染者を何とか避けながら、博士はなんとかスバルの所に行こうとしている。


 ……本当なら私が感染者を近づけないようにしないといけないのに。


 頭では分かっているのに、どうしても体が動かないのだ。落とした刀すらまだ拾えていない……。


 ……ヒナタさん達が「張り詰めた弦」なら、自分はもうとっくに切れてしまったのだろう。


 花音が心の中で自嘲していると、とうとうマザーの脚がヒナタの体を捉えてしまった。


◆◆◆◆

 

 苛立ったように脚を振り回してくるマザーの攻撃をかいくぐりながら、ヒナタはもう何度も斬り付けていた。それでもマザーの動きは鈍るどころか、残った脚さえ使ってきてヒナタを貫こうとしてくる。


 体中が緑色の体液まみれになりながら、ヒナタは「桜花」を振るった。少し深く踏み込んで斬ったせいか、脚の柔らかい所を半分近く斬りこみを入れる事が出来た。


 ……ただ、冷静さを欠いたヒナタこの時、普段なら絶対に越えないラインを超えていた。その、少し深く踏み込むという行為。その行為を人は普通「捨て身の攻撃」と、表現する。


 守りを捨て、深く斬りこんだヒナタに待っていたのは別の脚からの攻撃だった。刀を振るった体勢のままでのヒナタに別の脚が迫る。

 反射的に後ろに跳んだヒナタだったが、明らかに深入りしすぎていた。ついに、マザーの黒角質の爪がヒナタの体を捉えた。


「まだ……かすっただけ」


 ヒナタがそう口にした瞬間、ものすごい力がヒナタの体を弾き飛ばした。あまりの勢いに、身軽なヒナタでさえ姿勢を立て直せずに、地面と水平に数メートル飛んだあと、アスファルトに叩きつけられた。


「ごほっ!」


 アスファルトの地面を転がり、枯れかかった街路樹に激しく背中を打ち付けてようやく止まったが、背中を打った衝撃で、肺から空気が絞り出されて息ができない。

 当然動くこともできない。


 ――かすっただけで、これか。ここまでなのかな……。お兄ちゃんの分、やりかえせたかなぁ……


 明滅する視界と、薄れた意識の中でヒナタは無意識にある方向を見ていた。カナタがいるがれきの方を。

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