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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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13-4

俯いて思わずこぼしたハルカの弱音は誰の耳にも届かず、マザーが時折上げる轟音にかき消された。


「おわぁっ!」


 叫び声が響き、思わず目をやるとスバルが持っていた鉄筋が弾き飛ばされて地面に落ちたところだった。


 カーン、カラカラ……。


 大きく弾き飛ばされた鉄筋は、地面に当たって甲高い音を立てると、転がって瓦礫に当たって止まった。見れば、まっすぐだったはずのその鉄筋は、何か所も曲がっていて長さも最初スバルが振りまわしていた時の半分もない。


 その鉄筋を見て、背中にヒヤリとしたものを感じたハルカは、スバルが立っていた場所に目を移した。そこには……子蜘蛛に群がられているスバルがいた。

 スバルは足元から手のひらほどおの大きさの蜘蛛がのぼって来ようとしているのに、抵抗もしていないし、その場から逃げもしない。


 おかしい、そう思った時には子蜘蛛の群れがスバルのひざ下まで覆いつくそうとしていた。ハルカは駆けだそうとしたが、一刻も早く助けに入らないとと思う頭に反して、体はその半分も動いてくれなかった。


 タタタタッ!


 そこに連続した射撃音が響き、ゆずがM4を連射しながら姿を現した。ゆずの射撃はスバルの足元に集中して撃ち込まれ、緑の液体を流しながらいくつもの子蜘蛛が緑の液体だけを残してはじけ飛んだ。


「ゆずちゃん!よかっ……た?」


 気持ちを持ち直してくれた、戦う事を選んでくれた事が嬉しくて、笑顔でゆずの名を呼んだハルカの笑顔はすぐに凍り付いた。


 ゆずは弾が切れるまで子蜘蛛に対して弾を撃ちこむと、空のマガジンをマザーめがけて投げつけた。そして新たなマガジンに替えると再び、子蜘蛛やマザーに対して連続で撃ち込んでいる。


「ゆず……ちゃん」


 ゆずの様子がおかしいことは明らかだった。常に弾丸を欲しているゆずだったが、無駄に使うことはほとんどなかった。マガジンだって、普通は空になったらポケットにしまっておいて、落ち着いた時に再度弾を詰めて使っている。

 定期的に補給が受けれるわけでもないので、マガジンがいつでも手に入るわけでもないのに、今みたいに投げ捨てるような真似は絶対にしない。


 ゆずが足元の子蜘蛛を倒してくれたおかげで、スバルはダイゴによって引きずられていった。


「スバル君!」


 ハルカが駆け寄ると、スバルは蒼白な顔をして呼吸もうまくできていない有様だった。


「き、を付け、ろ。こ、ぐも……毒を、もてる」


「毒!」


 スバルは逃げなかったのではなく、逃げる事が出来なかったのだ。おそらくマザーと接近した時に子蜘蛛がくっついたのだろう。

 スバルは麻痺症状が出ていた。動きにくい口をなんとか動かしてそう伝えてくれた。


「ハルカちゃん……。さっきスバル君を助けに行った時見えた……。北の大通りからと、マザーが通って出来た建物を壊してできた道。その両方から感染者も迫っていた。


 タタタタタ


 今もゆずは狂ったように弾を吐き出し続けている。ダイゴはそんなゆずにも目を向けて言った。


「ゆずちゃん……。昔あったばかりの頃、あんな目をしてたよ。」


 悲しそうに瞳を揺らしながらダイゴはそう言った。今、ゆずの目には感情らしいものは浮かんでいない。初めてカナタ達と会った時、目の前で父親を感染者にやられ、自分の手でとどめを刺した後、助けようとするカナタにゆずは言った。


「私といればみんな死ぬ。あなた達もそうなりたくないなら、私をここに置いてどこかに行くべき」


 それまで悲惨な経験をしてきた。親しい人が自分の周りからいなくなっていって、とうとう自分一人になった少女は、まるで自分のせいで親しい人が死んだ。何の関係もないあなた達は、自分の事なんか放っておいて行け。と、言い切った。

 その時のゆずとおんなじ目をしている。


 そして、ゆずをそのままにしておけば、当時のゆずが願った通りの結末を迎える事は、誰が見ても明らかだった。

 子蜘蛛はライフルの弾丸で倒せている。緑色の体液をまき散らしながら跡形も残らす消し飛んでいる。だが、マザーには何の痛痒も与えていない様子だった。弾丸が当たってもピクリとも反応もしていない。マザーはただ、一か所を見つめて佇んでいる。

 

 

「く、そう……」


 スバルが動かない体を動かそうとして悔し涙を流している。


 もう、ハルカには今の状況にどう対応すればいいのかもわからなかった。カナタの代わりにと思ってたが、この程度の力しかないのだとハルカも悔しかった。


 誰もが勝利どころか、生存すら諦めかけていたそのときだった。再び、地面を揺らすような轟音が響いた。全員の目がマザーに向く。

それは轟音を出したのがマザーであると思っていて、次は何をしてくるのかという恐怖からの行動だった。その恐怖は本能的なものであり、マザーだと思ったのは間違いではなかったのだが、正解でもなかった。


 

 ◆◆◆◆


 ヒナタは、瓦礫の隙間から流れてくる血をただ茫然と見つめていた。隣では膝立ちのまま花音が同じように瓦礫を見つめている。

 姉のような存在として、花音に元気が出るような言葉をかけてあげなければいけない。ヒナタの心のどこかでそんな声が聞こえたが、今のヒナタに何が言えるのだろう。花音と同じような顔をして、ただ現実から逃げて呆然としているだけの自分に、何かを言う資格などないのだ。


とめどなく流れていた涙はいつしか止まっていた。それすらも、目の前の現実を認めたくない逃げの心がそうさせたのかもしれない。


 どれぐらいそうしていたのか。背後からはものすごい音が聞こえていたが、今のヒナタにとってはどうでもいいことだから、目を向けることもなかった。


 すぐ隣をゆずが歩いていった。ライフルを撃ちながら……。


「ゆず……ちゃん?」


 それだけが今のヒナタの心に引っかかり、体を動かした。ゆずはこの絶望を背負って、それでも戦おうというのだろうか……。


 茫洋とした瞳がゆずを追った。そして、すぐに違うと思った。


「ゆずちゃんは一緒に行きたいんだね……。そだね。お兄ちゃんがいないとつまんないよね」


 ゆずから、カナタと出会った当初は生きる事を諦めていたと聞いていた。それをカナタが守らせてくれと割り込んできたから、承諾しただけだった、と。

 ゆずの根っこでこの世につなぎ留めていたのはカナタだ。カナタがいなければ……。


「それも……いいかな」


 ぽつりと呟いたヒナタは、ふらふらと定まらない足取りで振り返った。


「ひ、なたお姉……」


 花音が名を呼ぼうとして、声がでなくなった。目の前のヒナタは、いつも明るく優しいヒナタとは違う、別の誰かに見えた。

 ヒナタが生きる事を諦めた時、それは目を覚ました。歪んだ好意によって騙され、陥れられ縛られたヒナタの心が、自分を守るために作っていた人格。これまでは、もう役目は終えたとばかりに心の奥底で深い眠りについて、決して表に出る事のなかったそれが、ヒナタの諦念と入れ替わりに表に出てきた。


「そだよね。もう一人は嫌だもん。それに……お兄ちゃん、褒めてくれるかもね。あの蜘蛛ズタズタにして持っていったら」


 誰に言うでもなく呟くヒナタの横顔を見ながら、花音は見てはいけないものを見てしまった気になって、震えていた。それくらい今のヒナタの雰囲気は、普段とはかけ離れたものだった。


 ヒナタはふらふらと歩きながら、瓦礫の外に転がっていた「桜花」と「梅雪」抜き放つと、それ以外の物をすべて地面に落とした。「桜花」と「梅雪」の鞘も含めて……。


 

「キィィィィ!」


 マザーは、目の前の少女に向けて、必殺の威力を誇る脚を振り下ろした。その爪はこれまでどんな硬いものでも引き裂いてきたし、どんなに強い攻撃も弾いてきた。


 するり


「キィィィィ!」


 苛立たし気にマザーが叫ぶ。まただ、この小さな人間は、どんなにつぶそうとしても、するりするりと避けるのだ。けして早い動きではない。マザーの感知能力からしたら目を七つつぶされても仕留める自信がある程度の動きだ。

 今度は二本の脚を使って仕留める。べつにこの人間が脅威というわけではない。人間がよく使う金属を飛ばしてくる棒を使うが、痛みを感じる間もなく肉体が修復している。


 ただ目障りなだけだ。マザーが二本の脚を大きく振り上げた。目の前のちっこい目障りな人間を押しつぶすために……。

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