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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
龍 安明

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33/354

5-5

 カナタ達は、龍老人が示した神社への道を歩いていた。道なき道をスイレンを先頭に、粛々と。

 特にスバルの顔が引きつっているように見えるが……。


 ここに来るまでに、何度か感染者と遭遇していた。群れに合流する前なのか多くても三体ほどだったが……

 

 それは最初に感染者と遭遇した時の事だ。



 木の枝をかき分けながら歩いていると、突然前を行くスイレンの脚が止まった。その視線は注意深く、横の茂みに向けられている。


「ここまで会いませんでしたが、奴らのようですね。お下がり下さい、この場は……」


「感染者か!スイレンさん、俺の後ろに!」


 スイレンが全部言いきらないうちにスバルは飛び出していた。カナタはゆずを背に、ダイゴは盾を持ち、カバーに入れるように構えている。


 すぐに茂みをかき分けるような音と唸り声が聞こえ、それは姿を現した。


 ……血に染まった衣服、虚ろで意思を感じさせない表情。何より非感染者であるこちらを見た瞬間、まるで思い出したように両手を前にして向かってきた。


 そこに素早くスバルが走り込む。

 

「くらえ!」


 姿勢を低くしたまま、スバルの武器がうなりをあげて、感染者の膝に向けて振るわれた。

 

 スバルの持つ武器はバールである。威力があって頑丈であり、もし相手が人間であればどこにあたっても、痛みで動きを止める事ができる武器だが、感染者は痛みで動きを止める事はない。


 それゆえに感染者相手の場合、スバルはまず足の破壊を狙う。膝やすねを破壊して、倒すか跪かせれば、弱点の延髄付近が狙える。


 いつもであれば……今回の場合、スバルにとって不運だったのは、その感染者が恐らくパニック後しばらく生存していたのであろう事だ。その感染者は野球のキャッチャーがつけるレガースや剣道の胴といった防具をつけていたのだ。

 

 いくら野球のレガースをつけていたからといって、バールのフルスイングを脛に受ければ痛みで悶絶するだろう。しかしさっきも言ったように、感染者は痛みで動きを止める事はない。

 スバルの攻撃はきれいに感染者の脛にはいったが、動くを止めるには至らなかった。むしろ飛び込んできたスバルに食らいつかんと迫ってきた。


 カナタもダイゴも援護に行くには離れすぎていた。スバルが突出したせいもあり、彼らの位置から感染者が防具をつけている事など見えなかった。

 

 当然スバルには状況が理解できている。


「やっべぇ……」


 何も見ずにフルスイングしていたために、崩れた態勢はすぐには戻せない。振ったバールの重みもある。

 まるでスローモーションの如く、スバルに向かって手を伸ばす感染者の動きが見えた。

 口を限界以上に開け、唇の両端が裂けているのを痛そうだなと他人事のように思い始めた瞬間。


 感染者の首が飛んだ。まるでそういうおもちゃのように……。


「へっ!?」


 そこで間抜けな声を出したスバルを誰が責められないだろう。否が応にも死が間近に迫った瞬間に相手の首が面白いように飛んだのだから。


「失礼しました。お客様を矢面に立たせるなど、使用人失格ですので」


 落ち着いた涼やかな声が聞こえてきて、スバルが見上げると刀を振りぬいたスイレンの姿があった。


 必死に向かっていったスバルに比べ、汗一つかかず当然の事のように感染者の首を斬り飛ばしたスイレンの姿はとても美しかった。

 

 そして態勢を崩しているスバルに手を伸ばし引き起こす。その際に、膝に力が入らず小さくよろめいたスバルをスイレンは、その体で受け止めた。


「お気を付けください。お怪我はございませんか?」


 あくまで冷静なスイレンはそう言うと、スバルの衣服の乱れをなおしながら傷を受けていないか確認する。


「大丈夫ですか?」


 そしてもう一度聞いた。それに対しスバルは


「……は、はひ!」


 と、真っ赤な顔で言うのだった。




 それからも何体かの感染者と遭遇したが、すべてスイレンが一撃で片付けた。もはや、カナタ達は武器を構える暇すらなかったくらいである。ちなみにスバルは心ここにあらずと言った様子である。




 幸いにも感染者の移動ルート上で集団と遭遇することなく、目的の神社への登り口まで来れた。スイレンの案内はここまでである。


「ありがとうございましたスイレンさん。おかげで全く消耗せずにここまで来れました。強いんですね?」


 カナタが握手を求めながら言うと、スイレンはそれに応じて言った。


「滅相もございません。私どもは大陸から来る時より先生にお仕えしておりますが、もともとそういう家系の生まれでして。幼いころから一通り仕込まれておりますが、あくまで使用人、最終的にはこの身を盾にして主人を守るのが役目です。わが身を犠牲にするのは先生より禁じられておりますので、お守りできるよう腕の方を磨くしかなかったもので……カナタ様も、先生が刀を託されたという事は、カナタ様に何かを感じられての事と思います。どうか精進なさってくださいませ。」


 その言葉に苦笑して頑張りますと答える。


 するとカナタが離した手を下からゆずが掴んだ。


「スイレンはすごい。私の目標、今度、いろいろ教えてくれるとうれしい」


 いつもより熱のこもった声でゆずは言った。思うところがあるのだろう、でも目標があるのはいい事だと思う。


「ゆずさまには、私が武器を隠していたことを見破られていましたね。良い観察力だと思います。とても大事なことですよ?私は人に教えるのがあまり得意ではありませんから、今度は私の妹を紹介したいです。妹は私よりも物を教えるのが得意ですし、ゆず様ともきっと気が合うと思います。」


 一生懸命に語ったゆずににっこりと笑うと、翠蓮はそう言った。ゆずは「ありがとう。ぜひお願いする。でも私の目標はスイレン」と言っていたが。


 その後ダイゴとも別れの挨拶を交わした翠蓮は、遠くから見ていて一向に近づいてこようとしないスバルに近づいていく。

 目の前まで来られ、スバルはあからさまにガチガチになっているのが分かる。


「あ、あの……」

 

「スバル様、スバル様の周りの人を思いやる心は大変感心しております。あの時は相性が悪かったようですが、普通なら動きを止めていたでしょう。それに……主人を守るよう教えられてきた私ですが、人に守ってもらうという大変貴重な体験ができました、ありがとうございます。生憎私はそう言った感情を持ち合わせていないのですが、普通の女性から見たスバル様は大変格好よく映ったのではないかと思います。どうかそのままで」


 そう言うと、握手ではなく軽いハグで挨拶とした。


「それでは皆様どうかお気を付けて。次にお会いするのを心よりお待ち申し上げております」


 スイレンは最後にそう言うと深々ときれいな所作で一礼すると、身を翻しその場を離れて行った。


「あ~あ、僕は握手でスバル君はハグかぁ。いいなあ」


 真っ赤な顔で固まったまま未だスイレンの方を見ていたスバルはダイゴにそう言われると、湯気でも出さんばかりになっている。


「ば、ばか!あれは……セ、ソ、サ、サロンシップだよ!と、特別な事なんてあるわけないだろ!」


 慌ててそう言うスバルに、「スキンシップだね」と訂正しながらダイゴもなんだか嬉しそうな顔をするのであった。


◆◆ ◆◆

 

「おい……ちょっとこれはないんじゃねえか?」


「…………うそ」


 ついさっきまでの和やかな雰囲気は、あっという間にどこかに吹き飛んでしまった。

 カナタ達は意気揚々と、神社への階段を昇り龍老人に言われた方向を見た瞬間、慌ててその場に身を伏せ息を殺した。

 

 そしてゆっくりと前進して、茂みをかき分けた先に見えた物の感想である。


「想像以上だな…………」


 呟くカナタの腕にはゆずがしがみついている。


 カナタ達が昇ってきた神社は、龍老人が言っていたように、高台になっていて周りがよく見える。カナタ達が見ている先は、20mほど離れていて向こうからはよほど見上げないと気づかれないだろう。

 それでも思わず身を隠すくらいのインパクトがあった。


 そこには百体は下らぬであろう感染者がひしめいていた。よく見るとまだそこに向かっている集団がいくつか見えるので、まだ増えることだろう。

 数もそうだが、その感染者達の群れの中に異質なものが見える。

 感染者達は大きな傷があったり、傷のせいで四肢の損傷があったりひどい物は内臓が露出している者もいる。

 それでもシルエットはあくまで人間である。しかし感染者の群れの中央に鎮座する二体はもはや人間のシルエットをしていない。

 片方はかろうじて人間の近親種と思えなくもないが、大きさがおかしい。頭部は普通だが両腕が異様に太く通常の三倍以上ある。下半身はカニのように開いて、さらに四本ある。


 極めつけに胴体には大きな切れ目があり、その切れ目が時折開いて近くにいた感染者を喰らっている。


 しかも異常は一体にとどまらず、その隣に寄り添うように立っている個体もかなり異常な形をしていた。

 

 その形を一言で表すならば「臓物」である。質感は肝臓であろうか。形は……何とも言えない。

 それに節足動物のような足がついている。


 「………………」


 言葉にできず、ただそれを見つめるカナタ達。想定のはるか上を行かれては冗談も言えなくなるとカナタは初めて知った。

 さすがにこの場所に隠れていれば、見つかる危険はないと思えるがそれでも身じろぎ一つできないでいた。

 

 だが、そんなカナタ達の横に震えながら差し出されてものがあった。スマートフォンだ。震えながらも動画撮影モードにしたスマホを感染者の群れの方に向けるゆずがいた。


「ゆず……」


 きっとゆずなりに役に立とうと思っての事だろう。

 カナタは震えすぎてスマホを取り落としそうなゆずの手を、横から包むように支えた。ゆずがチラリとカナタをみたので、精一杯の顔でニコリとほほ笑む。

 それに安心したのか、手の震えが若干収まった。

 よく電池がもっていたなと思ったが、どうせ使えないからと電源を切って持っていたらしい。すでに充電の表示部には赤色になっている。


 そのまま数分撮影してスマホは電池切れとなり真っ黒になった。

 しかしとても貴重なデータである。何としても持ち帰ってみんなに見せなければならない。しかしその前に重要なやるべきことが二つあることにカナタは気づいた。まずは……


 緊張のあまり、スマホを両手で構えた状態で手が固まっているゆずの頭に手を置いた。震えながらこちらをみるゆず。


「よく気付いたな、ゆず。俺らそんな事考えもしなかったよ。」

 

「ほんとだね。ぼくなんかもうどこに置いたかも忘れてるよ」


「しかしよく電池残ってたな。普通とっくに切れてるだろ」


 それぞれがゆずに言葉をかける。それを聞くたびに、だんだんとゆずの腕の緊張が柔らかくなっていく。


「どこかで充電ケーブルとモバイルバッテリー探さなきゃな。どこかにあるだろ」


 そう言ってゆずの頭をなでると、ようやく緊張が解けたのか、大切そうにポケットにスマホをしまう。やがてうれしそうな顔になって「うん!」と、大きく頷いた。

 

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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