12-3
カナタ達、感染者を誘導するチームは屋根の上を移動して、宿儺が進んでいる道から一本向こうの小道に降りた。
そこから感染者たちが宿儺に向かって移動する列を自分たちに向ける計画だ。
「おい、こっちだ!ここにいるぞ!」
小道から顔を出してそう叫びながら、手近にいた感染者に向かって、小道に置いてあった飲み物のコンテナを投げつけた。
コンテナをぶつけられた個体はもちろん、カナタの声を聞いた感染者たちは、それまで宿儺に向けていた視線をぐりんとカナタに向ける。
まるで練習したように同時に視線を向けられて、思わずカナタの背筋に悪寒が走る。複数の感染者から視線を向けられる恐怖は実際味わってみないと理解できないだろう。
カナタに気付いた感染者たちは宿儺に向かう列から離れ、カナタに向かって移動を始めた。うつろな目で見ながら手を伸ばす。カナタを捕まえようとふらふらと定まらない足取りで向かって来るのを見ていると、その中から走る個体が飛び出してきた。
「来たぞ!」
カナタが叫んで、体を壁に寄せると同時に小道の奥から射撃音が聞こえて、数発の弾丸を食らってその個体はカナタに届かず倒れた。
小道の奥では、支給用のライフルを構えてアスカと由良が立てひざで狙いをつけていたのだ。
カナタ達の作戦では、途中の小道に誘い込んで少しずつ倒しながら逃げるというものだ。感染者たちは協力するという事をしないので、狭い路地に入るとお互いに邪魔し合って極端に動きが悪くなるのだ。
案の定狭い道に入った瞬間、お互いの体がぶつかり合い移動を邪魔している。
「アスカ!由良!」
「撃ちます!」
スバルの号令に合わせて、アスカと由良のライフルから弾丸が吐き出され、小道で押し合っている感染者の首の周りに着弾して、感染体に当たった個体から順にその場に倒れていく。
「よし、移動するぞ!」
動かなくなった感染者が後続の進行をある程度阻害しだしたところで、カナタは隠れていた場所から飛び出してそう言った。
このままここで迎え撃ってもいいのだが、相手の数が多すぎるのでいつか圧力に負けるとの判断だ。
カナタが先頭になって小道を走る。時々後ろを振り返って感染者が着いてきているのを確認しながら……。
カナタが何回目か振り返って、前を向いた時だった。小道に面した建物から感染者が姿を現している。
「コロニー外の感染者か」
一人そう呟きながら、そのままの速度で走り寄った。カナタに気付き、手を伸ばしてくる感染者に対して、カナタは滑るようにその手をかいくぐり、懐に入ると「桜花」を抜きながら横に回転する。
かつて道場に通っていた頃、アマネに習った技だ。刀を抜く前に相手に懐に入られた時どうするかという話題になった時にアマネが見せた。
刀を鞘から抜くには、刃の長さの分の距離が必要だ。その距離を殺されると抜刀できない。
アマネが示した技はその距離を、前にではなく横に稼ぐのだ。
昔の道場を思い出しながら、カナタが回転しながら抜刀した『桜花」で、今にもかみつこうと口をかけた感染者の首筋を薙ぐ。
回転した勢いを乗った斬り払いだった。
カナタの手に骨ごと斬った感触が伝わり、感染者の首は勢いで後ろの方に転がって行った。カナタはそれを確かめる事もなく、首を失った感染者の体を横に向かって蹴ってそのまま走り続けた。
定期的に後ろから銃声が聞こえる。いまは一切の音を消していないので、誘導する感染者達だけではなく、他の感染者も呼び寄せてしまうのが問題だ。
「桜花」を持ったまま先頭を走るカナタが、すれ違いざまにもう一体の感染者を切り伏せた。
『ゆず!感染者はどれくらいこっちに来ている?』
走りながらインカムで、宿儺のチームで、全体を俯瞰できる場所にいるであろうゆずに聞いた。
『こっちに向かっていた半分くらいは横に逸れてる。半分くらいはかわらずこっちに来てるけど、さっきよかだいぶんマシ。気をつけてカナタ君』
ゆずからそう返されて、半分は誘導できた事に少し安心する。これで最初の何体かだけしかこなかったら泣けてくる。
「半分も誘導できたと言うべきか、半分しか誘導できなかったと悔やむべきか……」
そう独り言ちながら、カナタは一定の速度で走り続けた。時折現れる感染者を斬りながら……
◆◆◆◆
「おい、こっちだ!ここにいるぞ!」
道向こうからカナタの声が聞こえる。それと時を同じくして、感染者達の動きが変わった。
「やった!小道にそれていくよ!」
嬉しそうにヒナタが言ったが、ゆずの顔は険しいままだ。その視点の先では、小道に逸れていく奴らとそのままこっちに向かってくる奴らがいる。
『ゆず、感染者はどれくらいこっちに来ている?』
インカムからカナタの声が聞こえる。ゆずが見たところ半分より少し多いくらいは引きつけている。
『こっちに向かっていた半分くらいは横に逸れてる。半分くらいはかわらずこっちに来てるけど、さっきよかだいぶんマシ。気をつけてカナタ君』
そう言ってゆずはインカムのスイッチから手を離す。
「あと半分くらいはこっち来てるけど……いける?」
振り返ってそうヒナタに聞くと、ヒナタはニコリと笑って頷いた。
「見てて。やって見せるよ」
それだけ言うと、立ち上がったヒナタが装備を確かめて、少し先で待ってるハルカ達の所に移動して、状況を伝えた。
「半分か……まぁ、最初よりはましと思うしかないわね。上手く使えば感染者も誘導に使えるかもしれないし」
そう言うとハルカも立ち上がった。その視線の先には宿儺が群がる感染者を引き剥がすように、投げ飛ばしている。
「行くよ!ヒナタちゃん、花音ちゃん。無理だけは絶対にしないで。ダイゴ君も」
そう言うが早いか、ハルカは屋根から飛び降りる。ついでとばかりに下にいた感染者を脳天から斬り下ろして倒している。
「ちょっとハルカちゃん!もう……うちの部隊の隊長やる人はなんで自分から先に突っ込みたがるかなぁ」
少し呆れたようにヒナタが言うと、くすくすと花音が笑っている。
「じゃ、私たちも行こっか?」
ちょっとそこまで出かけるくらいの調子で言うヒナタもどうかと思う。
声をかけられた花音はそう思ったが口には出さず、黙って頷いた。
二人して飛び降りて、手近な感染者を斬りつける。
ダイゴは無理をせず、足場を探してゆっくり降りてきた。
後ろからはまだ少なくない数の感染者が迫ってくる。
前では五体ほどの感染者に群がれている宿儺。
近くで見ると、さすがに無傷とはいかず宿儺も傷ついているのがわかる。
着ていた洋服は裂けてぶら下がっているだけになっているし、あちこちに傷の跡が見える。
近づいたハルカ達に気づいたのか、あるいは周りの感染者達と同じように見ているのか……。それはわからないが、宿儺の四つの瞳が先頭のハルカを捉えた。
「美鈴ちゃん、絢香ちゃん……。そんな姿にされて、つらいよね、苦しいよね?……絶対に私が止めて見せるから!」
その宿儺の姿を近くで見て、泣きそうな顔になったハルカはそう言うと、気合いを入れ直した。
宿儺の周りにいる感染者は残り三体……。
いまだ雨は、激しく道路とハルカ達に叩きつけられている。




