12-2
「はあ…….、こんな日でもあいつら関係ないんだよな……」
スバルが窓から外を見てぼやく。それも無理はない。夜が明けてからしばらくして降り出した雨がだんだんひどくなり、現在外ではずっと激しい雨が降っている。今も外を眺めるスバルの目の前の窓に結構な勢いで叩きつけられている。
「雨だとこっちに不利な事ばっかだよね。動きづらいし、視界も悪くなるし。感染者には動きが少々制限されても視界が悪くなっても関係ないもんね」
スバルの後ろから、同じく外を眺めながらダイゴがそう言った。
「やりづらいけど仕方ない。向こうは少しずつこっちに迫ってるんだから。……ゆず、もう少し気合い入らないか?」
中心になってみんなを見渡しながら、話していたカナタが部屋の一部を見て、乾いた笑顔になった。
そのカナタの視線の先では、花音に起こされたゆずがテーブルに座っているが、やる気が出ないのかテーブルに身を投げ出すようにして座っている。
目の前の席にいる花音の目があるので、眠る事はできないだろうが、その目は半分ほどしか開いていない。
「……雨はダメ。標的は見にくいし、弾道も変化する。こんな時はお休みに……。そうだ、カナタくん。私は有給休暇を申請する」
まるで、いい事を思いついたと言いそうな顔でゆずが言った。
「そんなもんあるか……」
何を言ってるんだとばかりに、カナタが言い返すと、ゆずは衝撃を受けたような顔をする。
「そんな……この前廃墟にあった漫画に、働いてる人はそういう制度があるって書いてあったのに……。はっ!もしかしてそれに書いてあったブラック企業ってやつ?」
口に手を当てて、信じられないといった顔をしてくるゆずを、そろそろ疲れてきたカナタは半目で睨む。
「おい、動きたくないからって話を引き延ばすのやめろ」
カナタがそう言うと、チッと舌打ちしてゆずは目を逸らした。
狙撃手という役柄のせいもあってか、ゆずは雨の日を異常に嫌う。
動きが鈍くなるから嫌だ。相手が見えにくいから嫌だ。と何かしらの理由をつけて、雨を避けようとしてくる。
しかし、今回ばかりは延期はできない。こうしているうちにも宿儺は少しずつ前に進んでいる。そしてこのままでは、ヒナタが接触した病院を抉っていくことになる。ヒナタが話した今野という看護師やそこに避難している人達が、生きる事を諦めて、望んだ通りになってしまう。
「ゆずちゃん……悪いけど、時間がないから……」
ヒナタが済まなそうに言うと、ゆずは少しの間下を向くと、席を立った。
「おい、ゆず!」
カナタが呼び止めると、ゆずはリビングの入り口で足を止めた。
「……準備をする。ライフルはあまり濡らすと、手入れが大変だから」
言葉少なめにそう言うと、部屋のほうに戻っていった。一瞬だけ見えたゆずの顔は、何かに耐えるような……そんな表情をしていた。
その様子を眉を落として見ていたカナタは、ゆずの態度に違和感を覚える。
――なんで、そこまで嫌がるんだ……。
しかし、時間がない。考えを切り替えて再びみんなの方を向いて話しだした。
「今回の目的は、大きな目標としては宿儺にされた女の子達の救済だが、それはすぐには難しいだろう。今回は小目標として、現在のルートを逸らす。理想は一本向こうの道まで誘導できたら満点だ。最悪でも、道の反対側……病院に接触しないようなルートを取らせたい。みんなの意見を聞きたい」
そう言って、全員の顔を見渡す。
「まず周りの感染者の群れをどうにかしないとね。二手に分かれて、感染者を誘導するチームと、宿儺に当たるチームと分けるしかないんじゃないかなぁ」
腕を組んでダイゴがそう言った。ただ、その表情は険しい。
感染者を誘導すると言っても、蜘蛛型マザーの嚢腫格から生まれてきたという事は、宿儺とやり合ってる感染者達はほとんどが二類感染者だと思われる。
マザーに取り込まれ、嚢腫格から出てきた感染者はそのマザーのコロニーに組み込まれ、集団的な行動をとるようになる。
個体としても走ったりジャンプしてきたりと、運動能力はそれまでの感染者より数段上がっている。
宿儺に当たる方も、自我を取り戻した階が交戦するのを目の前で見たが、宿儺が出す頭の中に直接響いてくるような声は、一時的にカナタ達の平衡感覚を狂わせ、動きを止めてしまうくらいの衝撃があった。
膂力や動きも、二類感染者と比べてもさらに強く、速い。
「どちらか片方でも、めちゃくちゃ困難なのに、部隊を分けた少ない人数でやんないといけないって……無理ゲーじゃん……」
こちらも雨が嫌なのか、いつもより元気がないスバルが憂鬱そうに言う。
「感染者もマザーも、存在自体が無理ゲーだよ。戦略兵器と考えたら優秀だけどね。敵対してる気に食わない国にこっそり一人置いてくればいいだけだ。あとは勝手に増えてくれる」
喰代博士が冗談ともつかない事を言う。思わず想像してゾッとした。
もしこの事態がどこかの国が引き起こした事だったら……
全員が想像したのか、しばらく無言になった。それを喰代博士自身が壊す。
「まぁ、噂ではどの国も同じような状況で、平和なところなんてないらしいけどね。」と。
「今平和な国があっても大変だよね。きっと周りの国から逃げてきた人が殺到するんじゃない?」
ハルカが冗談ぽく言うと、そうだよなと誰かが言って、少しだけ空気が弛緩した。一人をのぞいて。
「そうやろか……。」
そう言ったのは夏芽だ。作戦にも打合せにも積極的に関わってこようとしない彼女が言葉を発するのは珍しい。
「仮に平和な国があったとしても、周りの国から避難してきた人が押し寄せるよ。……そして、その中には感染しているのに、それを隠して逃げようとする人が絶対存在する。……いくつもの避難所がそれで崩壊したようにね」
喰代が少し目を伏せながら言った。それは都市にいた頃から何度も聞いた話だ。
感染者に噛まれたり傷をつけられたとしても、受けた傷が小さいほと発症までの時間が長くなる。
例えば爪や牙でかすり傷を負ってしまった程度であれば、発症まで2日かかった事もあった。
「おい、話がズレてる。と、言っても特にいいアイデアもないか?」
話の流れが違う方向に行こうとしているので、カナタは修正しようとそう言ったものの、苦笑いになって自嘲するように言った。
誰もがカナタを見て、話を止めた中で一人さらに呟いた者がいた。
「No.都市みたいに国境を固めて、入る事も出ていく事も制限してしまえば……閉鎖的な国家、特に小さい途上国なんかだったら、世間体も無視して入ろうとする奴ら全員撃ち殺して……ないやろか?」
そう言った人に全員の視線が集まる。言った当人は視線を落として、テーブルを見つめながら言ってるので、見られている事に気づいていない。
「どうした夏芽?」
訝しげにカナタがそう聞くと、夏芽はハッとして顔を上げた。
そして自分が注目されている事に気づいて顔を逸らした。
「いや……別に。」
それだけ言って。
誰もが言葉を失っていた。ただ外から聞こえる雨音だけがやけに大きく聞こえていた。
◆◆ ◆◆
『そっち見えるか?』
誘導するチームになり、位置についたカナタが宿儺側のチームにインカムで問いかけた。
『見える……けど。ちょっと近寄るのに色々と勇気がいるねぇ』
それに答えたのはダイゴだったが、同意しかなくてカナタは思わず苦笑する。
あの後、準備を終えてゆずも参加して話を続けたが、結局いいアイデアは出なかった。結局いつものように、とりあえず当たってみて臨機応変に対処する、となった。
臨機応変と言えば聞こえはいいが、要は行き当たりばったりである。
宿儺に当たるチームと感染者の気を引いて誘導するチームと二つに分かれて待機地点に着いたところだ。
薬局の二階から屋根伝いに移動して、宿儺から少し離れた民家に侵入して様子を見ている。
誘導チームは、カナタ、スバル、アスカ、由良。宿儺チームはハルカ、ヒナタ、ダイゴ、ゆず。
ちなみに夏芽とリョータは薬局に隠れているが、喰代博士は何度危険と言ってもついてくると言って宿儺チームにいる。
この人は、放って置いて目を離すほうが危険だというゆずの意見もあって同行している。
……昨日見た位置より50mほど宿儺は前進していた。障害さえなければ、走れば十秒とかからずに病院に届く距離だ。
二手に分かれたチームは、それぞれの場所で息を殺す。肌に張り付く隊服の感触に顔をしかめながら……
ふふふ…寝落ちって怖いですね。考えはまとまって入力するだけだったのに、次の瞬間には朝になっていた。(笑)




