11-8
「どうする、カナタくん。あの蜘蛛、巣に捕まえてる感染者を自分のコロニーに加えて前線に送ってる」
ゆずがさっき見た光景を伝えると、カナタもダイゴも渋い表情になる。
「……二類感染者を量産してるって事か。宿儺は強そうだったけど、人間のグループが心配だね」
カナタ達がいる一つ向こうの通りでは、宿儺と感染者のコロニー、建物に立て籠った生存者のグループが衝突している。
ここでマザーが自分の部下を増やして送り出している。しかも嚢腫格から生みだされた感染者は二類感染者と分類されて、走ったりジャンプするようになったりと、より手強くなる。
「生存者のグループかぁ。まともな奴らならいいけどな。なんとか説得してマザーのコロニーか、宿儺からか。どっちか片方から離れれば、戦闘も避けられそうなんだけどなぁ」
頭をかきながらぼやきが口に出る。遠目から見た限り、宿儺の進行ルート上に生存者グループの立て籠もる建物があって、近寄ってきた宿儺に対応しているうちに、マザーのコロニー内の感染者を呼び寄せた。そんな感じだった。
宿儺と争わなければ、コロニーからの感染者はそのうち自分たちのエリア内に帰るだろう。
「……よし、ここで無闇にマザーに手を出すより、生存者グループに接触してみようか。うまくいけば戦闘を避けられるかもしれないし」
カナタがそう言うと、蜘蛛の姿をしたマザーに近寄りたくないヒナタはすぐにその案に飛びついた。
「マザーに迂闊に手を出さないのは賛成だね。僕の気のせいかもしれないけどさ?マザーって相手に合わせて強力になってないかい?僕たちが最初に接触したマザーも、再戦した時には刀に対応していただろ?明石大橋のマザーはめちゃくちゃだったし……」
ダイゴもマザーに手を出さないと言う点で賛成のようだ。ダイゴが言うように、マザーはどんどん強力になっていっている。
そこにゆずはわずかに反対意見を出した。
「その計画は、生存者のグループが話のわかる奴らじゃないと成立しない。そして、ここまで会った生存者は高い確率で友好的じゃないのがほとんどだった。接触は慎重にすべきと思う」
ゆずが言う事も理解できる。下手をしたら話をするどころか、こっちを攻撃しだすかもしれない。
全員の意見を聞いて、しばらく考えたカナタは口を開く。
「よし、なら生存者のグループを観察できるくらいまで何とか接近して、善良そうなら話を持ちかける。話を聞かなそうな奴らだったら……その時考えよう。ハルカ達も宿儺を目指して移動してるなら合流できるかもしれない。そんな感じかな?」
みんなの意見をまとめて言うと、ダイゴもゆずも頷いた。ヒナタはいまだにカナタにしがついたまま、頭をグリグリと押し付けている。
そんなヒナタを見て、苦笑いになりながらカナタとヒナタの荷物をダイゴが持ってくれた。ヒナタがまだ降りようとしないので、気を使ってくれたようだ。
「悪いな、ダイゴ」
カナタがそう言うと、ダイゴは優しい笑みを浮かべた。
「たまには甘えさせてやりなよ。いつも頑張ってるんだから」
ダイゴがそう言って、自分の荷物からポリカーボネイトの盾を取り出すと腕に固定する。
「おい、ダイゴ……お前腕は」
確か骨折、しかもひどい骨折をしているかもしれないとヒナタが言ってた。
「大丈夫だよ。しっかり固定すれば衝撃も和らげられる。こうして緩衝材もつくってもらってるし。それに僕は人の後ろにいるのは性に合わないみたいだしね」
骨折しているであろう部分をしっかりとテーピングで固定して、ダイゴはにこやかに腕を動かして見せた。
「……無理はしないでくれよ。」
何かを飲み込むように言ったカナタにダイゴは笑いながら返した。
「お互いにね」
◆◆ ◆◆
マザーのいた所で生まれた感染者が進む方向に移動していくと、それは見えてきた。
「病院だったのか……」
それほど大きくはないが、四階建てのコンクリートの建物。田嶋医院という看板が外れかかって垂れ下がっている。
「……一階は完全にダメだな。感染者を止めきれなかったんだろう、中まで入ってる。階段で抑えてるんだろうが……」
カナタが双眼鏡を見たながらそう言った。
カナタ達は、交戦地域に程近いアパートの一室に入って様子を見ていた。
宿儺のルートに田嶋医院があったのか、近づくするに攻撃をして呼び寄せてしまったのか……今は田嶋医院も宿儺も押し寄せる二類感染者達の対応に追われている。
蜘蛛型のマザーから生まれたからか、動きが蜘蛛っぽくその上飛び上がってくる個体もいるので、宿儺はともかく田嶋医院側は、二階の窓から必死に中に入られないように防いでいる状態のようだ。
「あれはいつまでも持たないね。二階は……病室なのかな、窓に板を貼り付けてるけど、破られてる」
飛び上がった感染者が建物の出っ張りに取り付いて、木の板で塞いである窓の部分を何箇所も破っている。そこから入られないように必死で攻撃しているけど、後から来た個体が他の窓を破ろうとしている。
「見た所……看護師か?女性もいるな。あそこに勤めている人がそのまま立て籠った感じか。どう思う?」
様子を見ながら周りに意見を求める。
「んー、様子を見る限りは略奪者っぽくはないけど……こればかりはわからないからね」
ダイゴはそう言いつつも、性格的に放って置けない気持ちが出て、さっきからソワソワしている。
世界が変わって、昔みたいに困ってる人を無条件に助けるような真似はしなくなったが、本質的な部分はなかなか変わらないようだ。
「どっちみち困ってるみたいだし……通りすがりに来ましたーって手を出してみたら?」
ようやく復帰したヒナタはそう言い、ゆずも同じ意見なのか頷いているし、リョータはヒナタの服を掴んで大人しくしている。
「カナタくん、私達の事を気にする事は仕方ないけど、少し考えすぎてる。無理しないでポーンとぶつかればいい。私たちはついて行く」
意見を聞きながら悩んでいると、見かねたようにゆずがそう言ってきた。
――無理してる……ように見えたか。確かに仲間の安全を優先するあまりに、少し臆病になってる自覚はある。明石大橋のマザーに会う前なら、とりあえずやってみて考えよう。とすぐに決めていただろう。
正直に言って俺は怖くなっている。自分の死が、仲間の死が……親しい身内の死が。
「そうだな……、俺が接触してみる。ゆず、援護を……」
「まって、お兄ちゃん」
援護を頼むとゆずに言おうとしていたところを、ヒナタが遮った。
「接触ってどうやらつもりだったの?」
「そりゃ……病院の一階は感染者だらけだからな。このアパートの屋根に上がって、それから向こうの二階に何とかして飛び移るか、少なくとも会話くらいはできるだろ」
カナタ達がいるアパートは田嶋医院とは道を一本挟んでいる。
カナタが言うように屋根を伝っていけば、高さは二階くらいでちょうどいいが、飛び移るには道幅分の距離をどうにかしないといけない。
「そういう役目なら身の軽い私やゆずちゃんが最適じゃない?でもゆずちゃんは射撃で援護しないといけないから、残るは私。でしょ?」
「それは……そうだが、相手がどんな奴らかもわからないんだぞ?そこに若い女の子を一人行かせられるか」
ヒナタの言う事はもっともではあるが、心情的受け入れきれないカナタだったが、あまり時間をかけていると病院側が侵入されて、目の前で虐殺を見る事になる。
ヒナタとカナタがそう言っていると、間に割り込むようにゆずが入ってくる。
「ヒナタ、ヒナタは強い。それは認めるけど、少し気が走りすぎ。一人で行かせるカナタくんの気持ちも考えるべき。カナタくん、仲間の安全を優先するのはわかるけど、ぐずぐずしてたら病院に感染者が入る。接触すると言うなら急ぐべき。だいじょぶ、ヒナタに何かしようとしたら、ここからでもそいつの脳天を撃ち抜いてみせる」
お互いの意見を冷静にまとめて言われ、カナタもヒナタも沈黙する。
「……わかったよ。ヒナタもゆずも信じる。ただし、絶対に無理はするな!戻って来いと言ったらすぐに撤退するんだぞ?」
しばらくの沈黙の後に、折れたのはカナタだった。
くっ、ストックが…頑張る




