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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
龍 安明

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32/353

5-4

 挑戦的な言葉を投げかけるスバルを、龍老人はうすら笑いを浮かべたまま言い返した。


「おう、奴らの親が呼んどるからじゃ」


 龍老人が真っ直ぐにスバルを見て、そう答えた。


「え?呼ぶ?親?」


 意外な答えにスバルが混乱している。


「親……とは?」


言葉に詰まってしまったスバルに替わり、ダイゴが龍老人に問いかける。


 ダイゴの問いに龍はほっほっと笑う。


「まあまあ、そう急きなさんな。スイレンや、皆さんにお茶のお替りと何かお茶請けがなかったかの?それとあれを持ってきなさい」


 龍老人がそう言うと、スイレンは驚き一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに一礼して奥へ消えて言った。


「さて、さっきも言うたが、儂にもなんでもわかるわけではない。あくまで感覚じゃ。どういえばいいかのう、あの山の向こうに明らかに他と違う気配を持つ者がおる。それがまるで呼んどるように死人達が集まるから、儂はそれを親と呼んでおるのよ。」


 龍老人はそう付け加えたが、どっちにしても、カナタ達には理解できない世界だ。曖昧な返事をするしかなかった。

 

 ダイゴの方を見ると同感だったのか苦笑して見せるし、スバルは腕を組んで難しい顔で考え込んでいる。


「くう……」


 その気の抜けた声と、太ももにかかる重みで気づいた。

 難しい話に飽きたのか、疲れが溜まっていたのか……カナタに寄りかかってきたゆずが、太ももを枕にして眠っている。話している最中に少し強引にカナタの隣に来たが、眠たかったのかもしれない。

 

ダイゴと微笑み合いながら、ゆずの頭を撫でていると、翠蓮さんがお茶を持って戻ってきた。龍老人に言われたものを持ってきたのか、大きなかごを抱えていた。スイレンはゆずが寝ている事に気づくと、物音を立てないように気を使ってくれた。


「ほっほっ……結論を言うとじゃな、儂らに危険はないからここを動く必要はないという事じゃ。説明が難しいと思うが帰ってそう伝えてくれんかの?もちろん儂の言う事が全くの的外れで、死体共がここにくるような事があれば、それは儂のせいじゃ。どうか気にせんでくだされともな」


 龍老人も先ほどより少し音量を落としてそう言った。が、そう言われたカナタ達は困惑を隠しきれない。

 

「いや、だからってはいそうですかって訳にはさぁ…」


 困った顔でスバルが言う。確かに山が教えてくれるとか、感染者の親みたいな奴が呼び寄せているとか……そんな話を持って帰っても松柴を困らせるだけだろう。


 悩みだしたカナタ達を横目に、お茶を飲みながら龍老人は、横にあった棚から古ぼけた紙を取り出して、何か書いている。


 少し不安になりながら、スイレンが配ってくれたお茶を飲む。凄くおいしいお茶なのに、少しも気分が落ち着かない。

 

そうしているうちに、龍老人がその紙をカナタに渡した。カナタがそれを見ると、恐らくこの鍛冶小屋の周辺の地図だという事はなんとなくわかった。


 三人で頭を寄せ合って、龍老人が書いた地図を眺めていると、龍老人が穏やかな顔をして言った。


「そなた達も立場があろうかなら。儂が言った世迷言を持って帰っても聞き入れてもらえまい。それゆえ、なにか証拠となるものがあった方がいいじゃろう?」


 少し楽しそうな顔になった龍老人に、そこはかとなく嫌な予感を感じながらカナタが頷く。

 

「それは……そうですが、証拠といっても……」


 カナタがそう言うと、龍老人はニヤリと笑って、今しがた自分が書いた地図を指しながら話してくれた。


「その地図の真ん中の上の黒く塗った丸があるじゃろ。それがこの小屋じゃ。そしてその右上の丸、それが儂が言う親じゃ。奴はそこにおる。今は動かず、子が集まるのをじっと待っておる。そして、その右下に神社があるじゃろう?少し高台になっとるから、そこからなら奴らに気付かれずに、その姿を見る事が出来るじゃろう」


「え?ここから……という事は?」


 そう言われてカナタ達はハッとした顔になる。

 

「うむ。そなたらが実際に見て、そこに集まっている者達を、実際に見て戻れば、儂が言う事の証左にもなろう?もし、一目で親と分かるものがいればなおさら良しじゃ」


 龍老人は実際に「親」と集まった感染者達を見てから、それを報告しろ。そう言っているのだ。「親」の存在が明らかになり、それを示したのが龍老人だと言えば少しは納得してもらえるだろうというつもりのようだ。

 確かに話だけ聞いて帰るよりも、その方が真実味は増すだろう。


 納得して、地図を見ながらルートを話し合うカナタ達に龍老人が声をかけた。


「時にそなた、腰の物を見せてくれんか?」


 突然に龍老人はカナタの座っている脇に置いている刀を見て、そう言いだした。


 少しだけ迷ったが、カナタは刀を差しだした。鍛冶師の興味だろうし、武器を手放したところで今更だ。もし彼らがカナタ達を害そうと思っていたならば、とっくにやられてる自信がある。


 龍老人は刀を受け取ると、懐紙を口にはさんで鞘から抜いた。そして慣れた手つきで扱いだした。

 龍老人は、それを色々な角度で眺めていたが、やがて鞘に納めてカナタの前に返した。


「……良い物を見せてもらった。」


 口数少なく龍老人はそう言った。目を閉じ、余韻に浸っているように見える。


 この刀は教育委員会の倉庫に入ってたって聞いてるが、なんか謂れのある刀だったんだろうか。けっこうぞんざいに扱ってきたカナタは少し不安になってきていた。


 しばらぬして、龍老人は自分の後ろにあった包みを取った。先ほどスイレンが持ってきたものだ。その包みをゆっくりとほどく。


 形を見て刀だろうとは思っていた。細長い1.5mくらいの物で鍛冶師が持って来る者なんて刀しか浮かばないだろう。

 出てきた物は、古く年代を感じさせる箱だった。龍が蓋を開けると箱の長さにしては短い刀が入っていた。


「そなたが持つその刀は、おそらくさっきも話していた、儂の師匠が打った物じゃ。師匠は名を残すことに興味がないお方でな。作ったものに銘を入れる事はほとんどなかった。そして、この刀も師匠が打った物で銘は『桜花』。珍しく銘が入ってる一振りじゃ。しかし、あいにく折れてしまっていてのう。元々立派な「太刀」だったらしいのじゃが……これは折れた片割れを儂が打ち直した物じゃ」


 そう言うと龍老人は、カナタが持っていた無銘の刀と「桜花」を並べて、眺めている。折れたと言っても、「桜花」の刃渡りは1mくらいはある。

 目を細め、どこか懐かしそうな顔で龍老人は二振りの刀を眺めている。


「ここで師匠の刀を見たのも縁じゃろうし、それを持つ者に儂らの言い分を通すために足を運ばせるのじゃ。儂にできるはこの程度よ」


 そう言うと、龍老人はその刀をカナタの前に置く。


「偶然にも、その刀は同じ時に打たれているようでもある。余計な道草の礼として持って行ってくれ」


「いや!お師匠様の大事な刀なんじゃないですか?そんなもらえませんよ」


 慌ててカナタは固辞しようとするが、龍老人は真剣な様子でさらに付け加える。


「もう一つ理由があっての、そなたが持ってる刀は、どうも長く放置されていたようでな。あまり使われてはおらんようだが、手入れもされていない。という状態じゃ。だからできればこれからは桜花を使って、いつか儂の所に二振り共、手入れをしに持ってきてくれんかのう?」


 龍老人が言うには、カナタが持っていた刀はあまりいい状態ではないらしい。これまでに何回か使ったカナタには全く分からなかったが。

 今回は時間もないから、今度時間のある時に持って来てゆっくり手入れをさせてほしい。龍老人は再度そう言って、「桜花」をカナタの前に差し出した。


 そう言われると、師匠の遺品でもあるし心情的には協力したくもある。カナタとしても、日本刀の手入れなんてできる心当たりはないので、渡りに船と言えない事もない。


「わかりました。そういう事でしたら遠慮なく使わせて頂きます。そして、時間ができたら必ず二振りとも持ってきます」


 カナタがそう言うと、龍老人は目を細めて頷いてくれた。


 ◆◆ ◆◆

 

「ではまいりましょうか」


 そう言ってスイレンが歩き出す。今度は隠しもせず腰にあのきれいな刀を下げているが、服装は元のままだ。

 

 少し和風ではない拵えの刀で、1mくらいの刃渡りがある。


「あの……スイレンさん?俺ら道さえ教えてもらったら大丈夫ですよ?」


 スバルが何度目かの言葉を口にするが、スイレンは薄く微笑んだだけで、聞き入れてはくれなそうだ。


 スバルがそう言うのは、神社に行くまでに「親」に向かう感染者のルートと交わる事に気付いたからだ。

 別のルートを探したが、どうしてもどこかで交わってしまう。

 だから道だけ教えてもらって、自分達だけで行くと言い出したのだが、何を言っても「先生のお言い付けですので」と、頑なに同行すると言うスイレンにカナタ達が折れた。


 複雑な顔をして、スイレンの案内に従い、カナタ達は龍老人が示した神社を目指して出発した。


 少しのどかな空気が流れていた鍛治小屋から一歩出ると、そこはもう人の支配する領域ではない。

 生い茂る草木とその間を駆け抜ける風が、枝を左右に揺らして、まるでこの先に進むなと行くてを阻んでいるように感じる。

 それは、この先に龍老人が言う「親」と、そこに呼び寄せられる感染者の群れがいるからだろう。


 誰かが鳴らした喉の音を聞きながら、カナタは足を踏み出した。

 

読んでいただいてありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

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