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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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11-7

 「うげ……」


 崩壊したビルの壁だったコンクリートによじ登り、その先を見たカナタの第一声がそれだった。


「カナタ君。それじゃ何もわからない。報告は素早く正確に!これは基本」


 少し下からゆずの声が聞こえた。カナタがいる場所は足場が狭く、一人しか登れなかったから一番近くにいたカナタがのぼってみたのだが……。


「お前の口から基本とか聞くとは思わなかったよ……。少し先に……おい、わかった。ごめんってば、そう叩くな」


 ポカポカと叩いてくるゆずをカナタはやんわりと押し戻した。

 そして、もう一度さっきの方向を見ると、顔を歪める。


「……カナタくん?」


「ああ……。まぁ見た方が早い。ほら」


 カナタはそう言って、すぐ下にいるゆずに手を伸ばす。そしてゆずを引き上げると、自分はゆずがいたところに降りた。


「ヒナタも見るか?お前達ならちっこいから二人乗れるだろ」


「む……ちっこい」


「おにいちゃん?」


上下から不穏な気配がただよう。そこでようやく失言に気づいたカナタが慌てて言い直した。


「あ、悪い。お前達は体格的に……その、あれだ。余分な肉もついていないし、あいた!」


「もう!悪かったね、余分な肉ついてなくってさ!」


「私達は発展途上。もう何年かしたらカナタくんがタジタジになるくらいナイスバディになってる!」

 

訂正して、余計に顰蹙を買ったカナタは、下からヒナタに、上からゆずに責められている。


「相変わらず君達は仲良いねえ」


 それをダイゴがニコニコと笑いながら見ている。


「いて!悪かったってば……ほらヒナタ手貸せ」


 ゆずからゲシゲシと蹴られ、ヒナタからは執拗に足の甲を叩かれていたカナタはたまらないとばかりにヒナタと位置を入れ替わった。


「もう!お兄ちゃんはレディの気持ちをもう少し理解しないとだめだよ!」


「……善処します」


 そう言ってヒナタと場所を入れ替わったカナタが、下に降りる。隣のダイゴが苦笑いで迎えてくれた。


「レディねぇ……」


「カナタくん、次は素手じゃなくなるよ、きっと」


 思わず口からこぼれた、カナタのセリフを拾ったダイゴが

そう言うと、カナタは慌てて口を押さえた。

 幸い上の二人には聞こえていなかったようだ。


 まぁ、聞こえていても気にはならなかったかもしれない。


「で、何があったの?」


 ダイゴがそう聞くと、カナタの表情がスッと引き締まる。


「群れ……と言っていいのかわからんけど、大量の感染者とそれを()()()()マザーだな」


「……」


 ダイゴは無言でヒナタとゆずを見上げた。二人は先を見通せるところまで上がって……呆然としていた。


「なに……あれ」


 ポツリとこぼれた言葉が、無言で様子を見ている仲間達の中に落ちて広がった。


「クモ?」


 ゆずが嫌そうな顔をして言う。

 二人の視線の先、およそ100mくらい離れたところにそれはあった。

 元はちゃんとした普通の街並みだった基礎は残っている。ただ地面から50cmほど上がったところに放射状にロープのようなものが拡がっていて、そこから上は綺麗さっぱり何もない。

 そして、放射状のロープの中心にそれはいた。

 八本の足、平たい体に丸まったおしり。見た目は完全に蜘蛛だ。ただその蜘蛛の上には普通に見える女性が、まるで眠っているかのように横たわっている。


「蜘蛛の化け物?やだキモチワルイ」


 蜘蛛が苦手なヒナタが心底嫌そうな顔をしている。


「ヒナタ、少し違うかもしれない。確かに蜘蛛に見えるけど、ほらあそこ」


 そう言ってゆずが指した先。放射状のロープ、つまり蜘蛛の巣の中心。そこには、その蜘蛛がマザーであると思える証拠のようなものがあった。


「……嚢腫格」


 蜘蛛の巣を構成する縦糸が集まった場所に内臓のような雰囲気の蠢く物体があった。


「あっ!」


 ちょうど二人が見ている先で、嚢腫格がもぞりもぞりと動いて……産道から感染者が産み落とされた。


「なんとなく蜘蛛っぽくない?」


産み落とされた感染者はぎこちない動きで立ち上がり、蜘蛛の巣の縦糸に乗ると、その上をスルスルと移動して行った。

 その動きはまさに蜘蛛そのものだった。


「よし、帰ろう!」


 そう言って振り返るヒナタをゆずが止めた。


「だめ。多分さっきの感染者が向かった先が人と宿儺と感染者が争ってた場所。宿儺を追うならどっちみち無視してはいられない」


「うう……どうにかなんない?私蜘蛛だけはちょっと」


 感染パニックが起きた当日でも鉄パイプを片手に、何の情報もなかった感染者相手に大立ち回りをしてのけるヒナタでも、苦手なものに対してはまるで普通の女の子だ。


「ふふ……ヒナタはかわいい。だいじょぶ!多分カナタくんが何とかしてくれる」


 ひどい無茶ぶりである。自分で大丈夫と言っておきながら対応は、カナタに丸投げしてきた。


「そうだね。今回はお任せするよ。」


 ヒナタもいつもの元気は出ないようで、しゅんとしてそう言った。


 


「一体マザーって、何なんだろうね」


 一方、ヒナタ達の下では、カナタが見た物をダイゴに話していた。

 話を聞いたダイゴはしばらく考えた後、ポツリと言った。


「何なんだろって……マザーはマザーだろ?」


 意味がわからず、そのまま返したカナタにダイゴは苦笑いする。


「いや、なんか統一性がないって言うか……最初見た奴はもう少し人に近かったけど、明石大橋のマザーなんか植物みたいだったじゃない?そして、今度は蜘蛛。ジャンルが違いすぎて……」


 確かにこれまでみたマザーはどれひとつとして似たような物はいなかった。


「まぁ、それを考えるのは喰代博士みたい人達だ。俺らは、あれをどうすれば倒せるか考えればいい」


「倒せるかなぁ、ああいう虫ってなかなか死なないよね」


 さすがにダイゴも嫌そうな顔になっている。確かに脚が何本か取れても平気で動くし、ムカデなんかは真っ二つにされても動いているしな。

 あれがサイズが小さいからまだいいけど、仮に人と同じ大きさになったら……この世界の筆頭は人間じゃなくなっていただろう。


 そこに観察を終えたゆず達が降りてきた。二人とも身軽なので、人の背丈くらいの段差なら、ヒョイヒョイと飛び降りてくる。


「なんか、ヒナタちゃんの顔色が悪いような……」


 ダイゴがそれにすぐ気づく。カナタはその原因にすぐ思い至った。


「ああ、あいつ、虫が大の苦手だからな。家でも虫が出ると大騒ぎだった」


 今は懐かしい光景だ。そう思って見ていると、ヒナタと目が合う。

 ……その顔が無理だと言っていた。いつもの元気がないし、すがるような目でカナタを見てくる。


 カナタと目が合ったヒナタは、一瞬動きを止めて……カナタに向かって飛び降りてきた。


「おおい!」


 慌てて抱きとめると、ヒナタはカナタにしがみついて顔を埋め(うずめ)た。


「無理ぃ……」


 たまには泣き言を言って、頼ってくれるのは嬉しいんだけど……


「ヒナタ……お前、ズボンに替えたらどうだ?」


 カナタが言った言葉にヒナタの肩がピクっと跳ねた。


「……かわいくないからやだ。」


 顔を埋めたままヒナタはそう言う。


「いつも言ってるけど、それなら高いところから……「誰も見てないもん」


 虫を見てだいぶ参っているようだ。まるで子供みたいな事を言っている。


「俺が見てるだろ。俺に向かって飛び降りたんだから……」


「お兄ちゃんは……家族だから」


 カナタにしがみついたまま、ぐりぐりと顔を押し付けて、ヒナタはそう言った。


 ――家族でもダメだから……

 小さくそう言って、ヒナタの頭をポンと叩くカナタだった。



 

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