11-6
受け取った刀を見た花音は息を呑んだ。
カナタが持っている「桜花」にも似た美しい刀だ。黒みがかった刀身に乱れ気味の刃紋。銘がないというところも似ている。桜花の作者はあまり打った刀に銘を入れないらしい。
カナタさんの「桜花」も、ヒナタお姉ちゃんの「梅雪」も、師匠の刀を打ち直した鍛治師の龍さんがつけたって聞いた事がある。
「どう?受け取ってくれるかな?」
酒井が花音の顔を窺うようにして、そう聞いてくる。さすなにこんな高価で貴重な物は受け取れないのだけと……見てしまった。しかも握った感じもちょうどいい。
真面目に悩む花音を見て、ハルカが助け舟を出した。
「とりあえず、ここにいる間は借りとけば?使ってみて、そこまでじゃなかったら返せばいいじゃない。……それでもいいですか?」
花音に代わり酒井に聞くと、酒井は快く応じてくれた。
◆◆ ◆◆
「鍵かかってるわね。ここの鍵は?」
さっきの署長とやらが逃げ込んだ部屋ノブは回らない。中から鍵をかけてしまったようだ。
「この建物鍵は、全部館長室のキーボックスの中です」
首を振りながら酒井はそう言った。
「出てきなさい。今なら命だけは取らないって約束してあげる」
ドア越しに、ガタガタと音はするが、返事はない。
「あれ?この音、まさか!」
ドアの近くに立っていたハルカは、一度後ろに下がって綺麗な後ろ回し蹴りをドアに叩き込んだ。
鍵がかかっていても、蝶番が弾け飛んでしまえばドアとしての役割は果たせない。
そして部屋に乗り込んだハルカ達がみた物は……
持てるだけの物を持って、窓から逃げようとしていた署長だった。
「呆れた……」
そう言うハルカの脇を抜けて、ツカツカと酒井が近寄り……署長を思いっきりビンタした。
◆◆ ◆◆
「じゃあ、詳しい事は知らないと?」
「ああ、そうだ!友愛の会の連中は時々人手がいる時にやって来て対価を出して、うちのモンを使っていたんだ!それだけの関わりしかない!あ、あの感染者も少し前に誰かを捜索するからって、人を借りに来た時に置いて行ったんだ。言う事は聞くからって言って……」
署長は壁際に正座させられ、尋問されていた。館長室のには他にも三名ほどの偽警官がいたが、署長と一緒に逃げる気だったのか全員が荷物を抱えていた。
「あれだけのことをして、自分がやばくなったら逃げるなんて……」
握った手を震わせながら、署長に詰め寄ろうとする酒井をアスカが止めている。
「あ、当たり前だろう!死んでしまっては何もできん!時には恥を忍んででも生き延びるしかないんだ!」
言ってる事はそれっぽいが、劣勢になって逃げようとしただけにすぎない。
スバルがその辺から見つけた、警官の備品らしき手錠を持って来て、署長達を後手にして手錠をかけた。
「ここに来た人たち百人以上も命を奪っておいて、そんな事許されると思ってるんですか!」
声を荒げる酒井を、署長は冷たい目で見ている。
「だまれ!この裏切り者が。貴様が……ひっ!」
酒井を罵倒しようとしたので、ハルカが喉に刀を突きつけた。
酒井はそんな署長を睨みつけると、ハルカに話しかけようと近づく。
「この人達が偽の警官の格好をしだしてから大人も子供も関係なく、たくさんの人が犠牲になりました。罪は償うべきだし、この男達を放てば他のところで同じ事をやるだけです。それに、私も見てみぬふりをしていたわけですから、当然一緒に処罰されるべきです」
酒井にそう言われて、ハルカは正直なところ困っていた。襲ってくるならば、当然反撃をするが、人を裁く事と鳴ると話が違う。そんな権利が自分にあるとも思えない。
「どう思いますか博士……あれ、博士は?」
さっきまで近くにいた喰代博士の姿がない。
「あの……喰代博士はスバルさんを護衛に捕まえて他の部屋の捜索に行かれました。友愛の会が感染者を持って来た時の書類があるって聞いた時からソワソワしてましたから……」
言いにくそうに由良が教えてくれる。
「ああもう……」
相変わらずの自由すぎる動き方に、頭を抱えてしまう。博士の一応大人としての意見を聞きたかったけど……
署長達を処罰するのには、抵抗はない。法が機能していない今、一番わかりやすいのは因果応報だ。署長達は罪もない頼って来た人を騙して、荷物をだけでなく命まで奪っている。
問題は、自分も同罪と主張する酒井だ。署長を罰しようとしたら、間違いなく自分もと言ってくるに違いない。
「ハルカお姉さん、酒井さんは同罪ではないと思います。直接協力していたわけじゃないし、むしろ刀を守るために非協力的だったんじゃないかって思うんですけど……」
花音が遠慮がちにそう言ってくる。その言葉はハルカが思っている事と同じだ。その花音の言葉に背中を押されるようにハルカは口を開いた。
「あなた達の命は私の手の内にある。それは理解いただいてるかしら?」
まずは署長たちにに向かって、冷ややかな声色でそう言った。署長は何か言いたげな様子だったが、結局口をつぐんだ。残りに三人の偽警官はすっかりおびえている。
「酒井さん。花音ちゃんが言う通りだと私も思う。それでも納得できない?」
ハルカが声音を和らげて酒井に言ったが、酒井は悲しそうな顔をして首を振る。
「いえ……たしかに積極的な協力はしていませんが、たくさんの人を見殺しにしたのは変わりがありません。このままのうのうと生き延びるには、少し……重すぎます」
酒井の言葉を聞いてハルカは眉を下げる。酒井はすでに罰を受けているのだ。いまもずっと後悔という重しを背負って……
「酒井さん。では私が代わりにあなたに罰を与えます。よろしいですか?」
ハルカがそう言うと、心なしか酒井がホッとした顔をしたようにも見える。やはり酒井は罰を求めているのだろう……
「酒井さん。この署長たちをあなたの部下につけます。拘束したままならおかしなことはできないでしょう。そしてあなたは……この博物館にあった貴重な刀を守ってください。」
ハルカの言った事に、酒井の顔が歪む。
「それは……バツとはとても」
そう言ってうつむく酒井にハルカは言葉を続ける。
「私も刀を振るう身として、ちゃんとした技術を身に着けてない人が貴重な刀を振るう事が許せないんです。はるか昔から今まで生き抜いてきた刀が雑に扱われるのは……だからこれは私のお願いでもあります。もちろんこれだけじゃないですよ?」
それを聞いて酒井は顔を上げた。
「さっきの部屋に会った荷物……不遇な死を遂げてしまった方たちを弔ってあげてください。やり方はお任せします。……あなたが見ない振りをした人たちです。つらいですよ?そしてあれだけの数です。大変ですよ?これでも足りませんか?」
ハルカが酒井を真っ直ぐに見てそう言うと、やがて酒井の目から涙がこぼれだす。
「あ、ありがとう。贖罪の機会までくれるなんて……時間はかかるかもしれませんけど必ず……この人たちにも手伝わせますから」
チラリと署長たちの方を向いて酒井は言った。もう後ろ向きの感情は見えなかった。署長はすごく嫌そうな顔をしていたが……。
「酒井さん、もし彼らが言う事をきかなかったら、容赦なく処分する事をすすめます。この場で斬られていない事を感謝すべきなんですが……一応聞いておきましょうか」
そう言うと、ビュン!と刀を一振りして、署長たちに近づく。
「聞いていたでしょ?あなた達に選択肢を与えます。選びなさい?ここで私に斬られるか、酒井さんに従うか……拘束されたまま外に放り出すというのもいいわね」
とぼけた表情でハルカが言うと、署長たちの顔色が変わる。
「お、おい!いらん選択肢が増えてるじゃないか!わ、わかっているおとなしく従えばいいんだろう」
署長はそう言って悔しそうに視線を横に向けた。
「そう、残念。覚えておいてね?私はあなた達を斬りたいんだってことを……」
普段まったく想像もできないくらいの冷たい声で、ハルカが署長の耳元でそう言うと、署長たちは震えあがって顔を真っ青にさせている。
それを見て満足そうにハルカは戻ってきた。
「それで、あとは花音ちゃんの刀のことなんだけど……」
「それは持って行ってください。それも贖罪の一部だと私は思ってます。その刀で一人でも多く人を救ってくれれば祖父も喜ぶかと」
そうまで言われるとさすがに断りにくいと思ったのか花音は、酒井に向かって頭を下げた。
そこに喰代博士が難しい顔をして戻ってきた。むりやり護衛として引っ張って行かれ、横を歩いているスバルは考え込む博士を不安げに見ていた。
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